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第7話 Sirius その5

 羽波ドームの通路。


 避難する観客を誘導しながら、ミソラ達は迫り来るNoiseを次々と浄化していく。


「右通路クリア!」


「皆さん、慌てずこちらへ!」


「この先は安全ですわ!」


 歌声とドラムが響くたび、黒い靄は光へと還っていく。


 その時だった。


「……。」


 通路の奥から、一人の少女が姿を現した。


「ペトルーシュカさん!?」


 肩には気を失ったアイネを担ぎ、服は所々破れ、息も乱れている。


「ど、どうしたんですのその怪我!」


「リーダーが……。」


 短く息を整え、


 ペトルーシュカはミソラ達を真っ直ぐ見た。


「助けてくれ。」


 その一言だけだった。


「え……。」


 ミソラは思わず言葉を失う。


 世界最高峰の魔奏少女。


 あれほど圧倒的だったシリウス。


 その一員が、自分達へ助けを求めている。


「何があったんですの!?」


「……勝てない。」


 ペトルーシュカは静かに首を振る。


「リーダーが時間を稼いでいる。」


「相手は……Noiseじゃない。」


 ルナの表情が変わる。


「Noise ANOMALY……。」


「知ってるの!?」


「説明は後にしよう。」


 ミスティはジェミニを構えた。


「私はリーチェの元へ行く。」


「私も!」


 ミソラは迷わず一歩踏み出す。


「危険だ。」


「ここで観客の誘導を続けてくれ。」


「それはミスティちゃんだって同じでしょ!」


「なら私も行く!」


 ミスティは険しい表情で首を振る。


「私に任せておけばいい。」


「何故……。」


 その声には僅かな苛立ちが混じる。


「お前達は。」


「何故いつも、自ら危険へ飛び込もうとする。」


「友達でしょ!」


「!」


 ミソラの言葉に、ミスティは息を呑む。


「ミスティちゃんだって!」


「リーチェちゃんが友達だから助けたいんでしょ!」


「私だって!同じだよ!」


「……っ。」


 返す言葉が出ない。


 研究施設で教えられた合理性。


 生き残るための最適解。


 それらが、ミソラのたった一言で揺らぐ。


「こうなったら。」


 ピスケが肩をすくめる。


「ミソラさんは聞きませんわよ。」


「しかし……。」


「言い争っている時間も惜しいんじゃありませんの?」


「……。」


 ミスティは静かに目を閉じる。


 数秒。


 そして小さく息を吐いた。


「……分かった。」


「ただし。」


「無茶はするな。」


「うん!」


「さ、行きますわよ。」


「えっ!?」


「ピスケちゃんも行くの!?」


「ここまで言われたら。」


「放っておけませんわよ。」


 ピスケは堂道へ振り返る。


「堂道。」


「あとは頼みましたわ。」


「合点承知の助。」


「誰ぇ!?」


 ミソラのツッコミを背に。


 三人はペトルーシュカとアイネをその場に残し、再びライブ会場へ向かって走り出した。


「急いで。」


「嫌な予感が当たってる。」


 いつもと違うルナの真剣な声色に事態の異常さを感じ取りながら。


◇     ◇     ◇


 ライブラが深緑の輝きを放つ。


 リーチェは鍵盤へ指を走らせるたび、幾重もの心奏力が波紋となって広がり、アノマリーから放たれる不可視の衝撃を受け流していく。


 轟音。


 衝撃。


 床が砕け、照明が揺れる。


 それでもリーチェは一歩も引かない。


「すごーい。」


 アノマリーは嬉しそうに拍手をした。


「今までみんな、すぐ壊れちゃったのに。」


「貴方、いっぱい遊べるね。」


「遊びじゃ……ないっ!」


 ライブラの音色がさらに力を増す。


 深緑の光が渦を巻き、衝撃波を切り裂いていく。


 しかし。


 時間が経つにつれ、リーチェの呼吸は徐々に乱れ始めていた。


(重い……。)


(一撃一撃が……。)


 受け流しているだけ。


 それなのに心奏力は凄まじい勢いで削られていく。


「まだまだぁ」


 アノマリーが両手を広げる。


 空気そのものが震えた。


 目には見えない衝撃が四方八方から押し寄せる。


 リーチェはライブラを強く抱き締めた。


「くっ……!」


 受け流す。


 逸らす。


 弾く。


 それでも。


 一発。


 ほんの一発だけ。


 死角から放たれた衝撃が右肩を捉えた。


「がっ……!」


 鈍い音。


 身体が大きく流される。


 踏み込んでいた右足が浮く。


 その一瞬。


 僅かに生まれた隙を。


 アノマリーは見逃さなかった。


「つかまえた。」


 白い腕が伸びる。


 気付いた時には。


 リーチェの首は細い指に掴まれていた。


「っ……!」


 足が床から離れる。


 呼吸が止まる。


「ふふ。」


 アノマリーは嬉しそうに微笑む。


「これで。」


「もっと仲良くなれるね。」


 黒い靄がゆっくりとリーチェへ絡み付こうとした。


「……あれ?」


「おかしいなぁ。」


「怖いはずなのに。」


アノマリーは首を傾げる。


リーチェの胸へそっと手を当てる。


黒い靄が心へ触れる。


しかし。


吸えない。


まるで空っぽだった。


「何で……?」


リーチェは苦しそうに息をしながら笑う。


「怖いよ。」


「痛いし。」


「今すぐ逃げたい。」


「でも。」


「みんなが無事なら、それでいい。」


アノマリーは初めて困ったような顔をする。


「……。」


「変なの。」


「初めて。」


「こんな人間。」


その瞬間。


「リーチェぇぇぇぇっ!!」


 ライブ会場の入口から、一つの歌声が響き渡る。


 二重螺旋の心奏力が一直線に駆け抜ける。


「え?」


 アノマリーが振り向く。


 光はリーチェとアノマリーの間を裂くように炸裂し、その衝撃でリーチェの身体が解放された。


「ごほっ……!」


 床へ転がるリーチェ。


 その前へ飛び出したのは。


「間に合った……!」


 識戸ミソラ。


 その隣にはドラムを構えたピスケ。


 そして静かにジェミニを握るミスティ。


 三人はアノマリーを真っ直ぐ見据えた。


 アノマリーはぱちぱちと瞬きを繰り返し。


 やがて嬉しそうに笑った。


「また、お友達が増えた。」


「ミソラちゃん。」


 アノマリーは嬉しそうに微笑んだ。


「また会えたね。」


「……!」


 その笑顔を見た瞬間。


 ミソラの脳裏に、一瞬だけ赤いワンピースの少女の姿が過った。


(どこかで……。)


(見たことが……。)


「話は後ですわ!」


「ミソラさん!」


「えっ、う、うん!」


 三人は同時に魔奏器を構える。


「「「Live on シュピーレン!!」」」


 三つの心奏力が重なり、一つの大きな光となる。


「届けぇぇぇっ!!」


 ――大空デフラグメーション。


 金色の旋律がライブ会場を貫き、アノマリーを包み込んだ。


 眩い閃光。


 轟音。


 やがて光が晴れる。


 アノマリーはそこに立っていた。


 傷一つなく。


 穏やかな笑みを浮かべたまま。


「それ。」


「前も聞いたよ。」


 赤黒いディソナンスが身体を包み込む。


 その中には、純白の心奏力が混ざっていた。


「Anomalis Phase。」


 瞬間。


 世界が反転した。


「なっ……!」


 大空デフラグメーションの光が逆流する。


 音が砕ける。


 心奏力が打ち消される。


「そんな……!」


 ミソラの歌が掻き消えた。


 ピスケのリズムが崩れる。


 ジェミニの旋律さえも霧散していく。


 アノマリーは一歩前へ踏み出した。

 

 「今度は。」


 「私の番。」


 赤黒いディソナンスがライブ会場を覆い尽くす。


「来ますわ!」


「散って!」


 三人は同時に飛び退く。


 しかし。


 ――ドォンッ!!


 空気そのものが爆ぜた。


「きゃあぁっ!」


 ミソラが壁へ叩き付けられる。


 受け身を取る暇すら無かった。


「ミソラさん!」


 ピスケがドラムを構える。


「止まりなさい!」


 力強いリズムが会場へ響く。


 だが。


「その音も。」


「もう知ってる。」


 アノマリーが指先を軽く振る。


 赤黒い衝撃がピスケの演奏を打ち消した。


「えっ……!」


 次の瞬間。


 衝撃波が直撃する。


「きゃあぁぁっ!」


 ピスケの身体が床を転がった。


「ピスケ!」


 ミスティがジェミニを掻き鳴らす。


 二重螺旋の心奏力。


 一直線にアノマリーへ向かう。


 しかし。


「ジェミニも。」


「覚えたよ。」


 赤黒い心奏力が重なる。


 美しい二重螺旋は音もなく掻き消えた。


「っ……!」


 ミスティの表情が初めて揺らぐ。


 次の瞬間。


 目にも止まらぬ衝撃が腹部へ突き刺さった。


「がっ……!」


 身体が宙を舞う。


 ステージ脇の機材へ激突し、そのまま膝をついた。


 リーチェは歯を食いしばる。


「まだ……終わらない!」


 ライブラを掻き鳴らし、最後の心奏力を放つ。


 深緑の光。


 だが。


「もう。」


「聞いた。」


 赤黒い波動が一瞬で飲み込む。


「ぐっ……!」


 ライブラが弾き飛ばされる。


 リーチェも床へ転がり、立ち上がれなくなった。


 静寂。


 立っている者は、もう誰も居ない。


 瓦礫の中。


 ミソラは震える腕で身体を起こそうとする。


 だが、力が入らない。


「そんな……。」


 アノマリーは四人をゆっくり見渡した。


 そして。


 口元へ手を添え。


「ふふっ。」


 笑う。


「ふふふ……。」


 笑い声は少しずつ大きくなり。


「あはははははっ!」


 ライブ会場いっぱいに、高らかな笑い声が響き渡った。


 まるで。


 遊び相手を見つけた子どものように。


 ――第8話へ続く。


第7話おまけ


「オイイイィィィィイス!!!」


「ブレェネリさん!?気絶してるはずじゃ!?」


「今!お前の心に直接話しかけてるぞ!」


「世界観めちゃくちゃだよ!」


「ってか……体の方は大丈夫なんですか?」


「頭かち割られて気絶してるだけだろ?」


「オレの地元じゃ日常茶飯事だぜ!」


「世界観が辛辣!」


「ブレェネリさんって確か……非魔奏地帯出身でしたよね?」


「ああ。」


「あの頃の生活は本当に酷かったぜ……。」


「やっぱり……そうなんですね。」


「毎日のように死ぬほど長距離走らされるし。」


「うん……?」


「楽器の練習は二時間までって決められてるし。」


「練習はさせてくれるんだ……しかも二時間も……。」


「しかも毎食野菜まで食わせてくるんだぞ!」


「正に地獄だったぜ!」


(……割と健康的な生活してない?)


「あと毎日八時間寝ろとか言われてた。」


(めちゃくちゃホワイトだ……。)


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