第7話 Sirius その3
アンコール最後の一曲を歌い終え、リーチェが静かにマイクを握る。
「今日は、本当にありがとうございました。」
会場いっぱいの拍手。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「終わらないでぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「落ち着いてピスケちゃん!」
「あと三時間くらいお願いしますわぁぁぁ!!」
「無茶言わないの!」
その隣では。
「……ふすぅ。」
「……むにゃ。」
ミスティが腕を組んだまま静かに寝息を立てていた。
「なんでミスティちゃん、この状況で寝られるの!?」
「大物ですわね……。」
ミソラは苦笑しながら辺りを見回す。
「……あれ?」
「真理ちゃんは?」
さっきまで隣にいたはずの姿が見当たらない。
「お手洗いですの?」
「かなぁ……。」
その時だった。
――ビーッ! ビーッ! ビーッ!
場内にけたたましい警報が鳴り響く。
『緊急警報。』
『羽波ドーム周辺にNoise反応を確認。』
『強化型Noiseの出現を確認しました。』
『観客の皆様は係員の指示に従い、速やかに避難してください。』
ドームの天井を突き破るように、黒い影が夜空から降り注ぐ。
「ブアァァァァァッ!!」
強化型Noise。
観客席から歓声が上がる――
「よっしゃぁ!!来たぁ!!」
「えっ?」
観客達が満面の笑みで避難を開始する。
「これだからシリウスのライブはやめらんねぇ!!」
「いや楽しみにするものじゃありません!」
アイネは慣れた様子でマイクを取る。
「皆さーん!」
「いつも通り避難お願いしまーす!」
その一言だけで。
五万人の観客は慌てることなく、整然と非常口へ向かい始める。
「誘導はこちらで行います!」
「押さないでくださーい!」
「走らなくても大丈夫ですよー!」
「……。」
ペトルーシュカは既にサックスを構えていた。
ミソラはその光景を呆然と見つめる。
「観客……訓練されてるねぇ……。」
黒い靄が夜空を覆う。
羽波ドームの上空。
無数のNoiseが羽音のような不気味な唸り声を響かせながら現れる。
その中心には。
四体。
通常個体より遥かに巨大な黒い影。
強化型Noise。
「デカブツが四体か!」
ブレェネリがレオを肩へ担ぐ。
「一人一体で十分だな!」
「まとめてやった方が早いと思うけどぉ。」
アイネは苦笑しながらヴァルゴを構える。
「どちらでも構わん。」
ペトルーシュカも静かにサックスへ口を添えた。
リーチェは小さく笑う。
「じゃあ。」
「誰が一番早く倒せるか競争ね。」
「負けねぇぞぉ!!」
四人が同時に駆け出す。
眩い心奏力。
歌声。
轟音。
たった数秒。
ミソラ達が三人掛かりでようやく倒していた強化型Noiseを、シリウスはそれぞれ一人で圧倒していく。
「す……凄い。」
ミソラは思わず息を呑む。
「ミソラさん!」
「私達も避難誘導へ向かいませんと!」
「これが夢にまで見たシリウスライブ避難ですわぁぁぁ!!」
「来て良かったですわーーー!!」
「ファンも凄いんだねぇ!?」
その横では。
ミスティが静かにジェミニを構える。
「私は避難経路を確保する。」
「お前たちも変身しろ。」
「うん!」
「ここはシリウスさん達に任せて、私達はみんなを守ろう!」
「ドラムの準備は既に出来ております、お嬢様。」
「ありがとう、堂道。」
「……堂道さん!?」
ミソラが目を丸くする。
「なんで居るの!?」
堂道は軽く一礼した。
「ピスケお嬢様のご命令で、本ライブのチケットを大量に確保しておりましたので。」
「…………。」
「三十秒で完売したの、お前らのせいかーーーっ!!」
(綾小路家の力でチケットはファンの元へ届けられました)
◇ ◇ ◇
ミソラ達がその場を後にして数分。
ライブ会場では、最後のNoiseが光となって消えていった。
「よっしゃ!」
ブレェネリがレオを肩へ担ぐ。
「オレが一番速かった!」
「君はその一体しか倒してないだろ。」
ペトルーシュカは肩をすくめる。
「他のNoiseまで片付けた私の勝ち。」
「ふ、二人とも……。」
アイネは苦笑しながら周囲を見回す。
「まだドームの中にNoise残ってるから……ね?」
しかし。
「……。」
リーチェの表情は笑っていなかった。
「ん?」
「どうした、リーダー。」
「……。」
リーチェは静かに辺りを見渡す。
「何か……。」
「いつもと空気が違う。」
「空気?」
「Noiseが暴れる時って、もっと滅茶苦茶なんだ。」
「でも今回は……。」
「まるで何か目的があって動いてたみたい。」
「おー!」
ブレェネリは気にも留めず笑う。
「色んなもんぶっ壊してたじゃねぇか!」
「まぁ、オレらの敵じゃなかったけどな!」
「……。」
その時だった。
「っ!」
ペトルーシュカが右目を押さえる。
「ルーちゃん!?」
アイネが慌てて駆け寄る。
「どうしたの!?」
「……来る。」
低く呟く。
Noiseに侵された右目が、疼くように赤黒く脈打っていた。
「なんかルーには甘くねぇか?」
「ブレちゃん!」
「今はそんなこと言ってる場合じゃ――」
その瞬間。
――バリンッ!!
破壊されたドーム天井から、一人の少女がゆっくりと舞い降りる。
白い髪。
赤いワンピース。
まるで羽根が生えているかのように、音もなくステージ中央へ降り立つ。
着地音すらしない。
少女は楽しそうに周囲を見回した。
「初めまして。」
にこりと微笑む。
「とってもいい演奏だったわ。」
その笑顔は、あまりにも無邪気で。
あまりにも、人間らしかった。
リーチェの表情が変わる。
「……誰。」
少女は胸の前で両手を合わせ、嬉しそうに笑う。
「私はね。」
「あなた達と、お友達になりに来たの。」




