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第7話 Sirius その2

 ライブ当日。


「えっ!?智佳ちゃん来れないの!?」


 スマートフォン越しに弱々しい声が返ってくる。


『ごめん……。』


『昨日、半身浴四時間やってたら熱出した……。』


「何してるの!?」


『シリウスのライブだよ!?』


『ファンとして最高のコンディションで行くのは当然でしょ!』


「初耳オブ・ザ・イヤーだよ!?」


「当然ですわね。」


「ピスケちゃんまで!?」


『本当にごめん……。』


『チケット無駄にしちゃって……。』


「身体の方が大事だから!」


「また今度一緒に行こう!」


『うぅ……。』


 通話を切る。


 ミソラは封筒の中のチケットを見つめ、小さくため息をついた。


「一枚余っちゃったねぇ……。」


 ライブが行われる羽波ドーム。


 会場周辺は朝から熱気に包まれていた。


 シリウスのロゴが入ったタオル。


 ペンライト。


 海外から訪れたファンの姿まで見える。


「すごい人だぁ……。」


 ミソラが辺りを見回す。


「発売開始三十秒で完売したライブですもの。」


「当然ですわ。」


「三十秒!?」


 ミソラが目を丸くした、その時だった。


「あれ?」


 聞き覚えのある声。


「ミソラちゃん!」


「あっ!」


「真理ちゃん!」


 人混みの向こうから、小さく手を振りながら駆け寄ってくる。


「偶然だね!」


「真理ちゃんもライブ?」


「うん!」


 少し照れくさそうに笑う。


「でも……。」


「チケット取れなくて。」


「あぁ……。」


「やっぱり人気なんだね。」


 ミソラは少し考え込む。


 そして、手に持っていた封筒を見る。


「あ。」


「そうだ。」


「一枚余ってるんだけど……。」


「良かったら一緒に行かない?」


 真理は目をぱちぱちと瞬かせた。


「……え?」


「いいの?」


「もちろん!」


 ミソラは笑う。


「友達だもん!」


 その言葉に。


 真理は一瞬だけ息を呑み。


 やがて、柔らかく微笑んだ。


「……うん。」


「ありがとう。」


 その笑顔は。


 どこか、本当に嬉しそうだった。


 羽波ドーム内部。


 巨大な会場へ足を踏み入れた瞬間、ミソラは思わず足を止めた。


「うわぁ……!」


 何万人もの観客で埋め尽くされた客席。


 天井近くまで伸びる巨大なステージ。


 開演前だというのに、会場全体が熱気に包まれていた。


「すごい……。」


「これが世界トップクラスのライブですの。」


 隣ではピスケが、シリウスのロゴ入りTシャツを身にまとい、四色のサイリウムを十六本抱えて既に臨戦態勢だった。


「気合い入りすぎじゃない?」


「推しは全力で応援するものですわ。」


「一本ずつじゃ駄目なの?」


「四人全員分です。」


「一人四色ずつ振りますわ。」


「腕足りないよ!?」


「気合いで何とかします。」


「気合い万能説!」


 三人はチケットに書かれた座席番号を探しながら通路を歩く。


「あっ。」


 一番奥の席には、既にミスティが腰掛けていた。


「ミスティちゃん!」


「待った?」


「……五分。」


「まだ開演まで三十分あるよ?」


「だから五分。」


「厳しいなぁ。」


 ふと気が付くとさっきまで居た真理が居ない。


 その時。


「あっ、ミソラちゃん!」


 聞き覚えのある声に振り返る。


「真理ちゃん!」


 阿部野真理が小走りで駆け寄ってきた。


「迷子になっちゃうかと思った。」


「広いもんねぇ。」


「紹介するね。」


 ミソラはミスティへ振り向く。


「この子が阿部野真理ちゃん!」


「街中で仲良くなった友達!」


 真理はぺこりと頭を下げる。


「初めまして。」


「阿部野真理です。」


「……。」


 ミスティはほんの一瞬だけ真理を見つめた。


「初めまして。」


 短く返事をする。


 その沈黙は一拍にも満たないほどだった。


「?」


「どうしました?」


「……いや。」


「気のせいだ。」


 真理もまた、小さく首を傾げる。


「不思議な人だね。」


「そう?」


「うん。」


「でも……。」


 真理は少しだけ笑った。


「なんだか、優しそう。」


「……。」


 ミスティは何も答えない。


「ミスティちゃんはね!」


「見た目よりずっと優しいんだよ!」


「えっ?」


「そうなんですの。」


「見た目より、ですの?」


「二人とも。」


 ミスティは小さくため息を吐いた。


「聞こえている。」


「あはは、ごめんごめん!」


 そんなやり取りに、真理も楽しそうに笑う。


 その笑顔を見て、ルナはミソラの肩の上でほんの少しだけ目を細めた。


「……。」


「ルナ?」


「いや。」


「なんでもない。」


 しばらく談笑していると、やがて場内の照明がゆっくりと落ち始める。


 会場中から歓声が湧き上がった。


「始まる……!」


 五万人の視線が、一斉にステージへと集まった。


 会場の照明が完全に落ちる。


 五万人の歓声が、羽波ドームを揺らした。


 ――ドン。


 重低音が腹の底まで響く。


 暗闇の中、一筋のスポットライトがステージ中央を照らした。


 そこに立っていたのは、一人の少女。


 長い緑髪を揺らし、静かにマイクを握る。


「皆さん。」


 凛とした声が会場全体へ響く。


「本日は、シリウスのライブへようこそ。」


 たった一言。


 それだけで、五万人の熱気がさらに膨れ上がる。


「うおおおおおおおっ!!」


 リーチェは客席をゆっくり見渡し、穏やかに微笑んだ。


「今日は最後まで、一緒に楽しもう。」


 その言葉を合図に。


 四本の光がステージへ降り注ぐ。


 ギター。


 ベース。


 サックス。


 そしてキーボード。


 四人の魔奏器が淡い心奏力を纏い、美しく輝き始めた。


「一曲目。」


「――『Astral Resonance』。」


 静寂。


 次の瞬間。


 轟音。


 ブレェネリのギターが火花を散らすように鳴り響いた。


「うおおおおおおおおおおおっ!!!!」


「ブレちゃあああああああん!!!!」


 ピスケの絶叫が周囲の歓声に負けないほど響き渡る。


「ピスケちゃん!?」


「始まりましたわぁぁぁぁぁ!!」


 四色のサイリウム十六本が、もはや意味不明な軌道を描き始める。


「腕どうなってるの!?」


 そこへ重なるように、リーチェの歌声が響いた。


 調律されし銀河の鼓動。


 濁りなき音色が、会場全体を包み込む。

## シリウス楽曲:『Astral Resonance』


調律されし 銀河の鼓動 

濁りなき音色が地平を浸食する

計算されし美学の その極致 

乱れなき無欠のシンフォニー

感情という名の 不確定なノイズは 

ここには存在(あり)得ぬ

星の巡り 時を刻む 

完璧なる宇宙(そら)の法(おきて)

抗う術を持たぬ 絶対の秩序が 

いま、あなたを支配する

**(サビ)**

響き渡れ Astral Resonance

星々の意志が ここで結実せん

響き渡れ Astral Resonance

この旋律こそ 全(すべて)の理(ことわり)

崇高なる 宇宙の調べを 刻み付けよ

抗うこと能(あた)わぬ 絶対の調和*


個(わたし)を捨て 群(すべて)に溶けゆく

境界は霧散し 真理だけが鳴り響く

さあ、跪(ひざまず)き 光の一部となりなさい


(サビ繰り返し)


 ブレェネリの荒々しいギター。


 アイネの芯を支えるベース。


 ペトルーシュカの澄み切ったサックス。


 そして、それら全てを束ねるリーチェの歌声。


 四人の音は互いを打ち消すことなく溶け合い、一つの巨大な旋律となって羽波ドームを満たしていく。


「これが……。」


 ミソラは息を呑んだ。


 演奏というより。


 まるで、一つの宇宙が目の前で生まれているようだった。


 歌が終わる頃には、観客全員がその世界へ飲み込まれていた。


 惜しみない拍手。


 割れんばかりの歓声。


 誰もが笑顔で、誰もがシリウスの音楽に魅了されている。


 ――そして。


 ライブは、そのまま熱狂のまま進んでいった。


 ◇ ◇ ◇


 二時間後。


 アンコールを含め、ライブは終盤へと差し掛かっていた。



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