第5話 「Live On spielen!!!」 その5
強化型Noiseが消滅すると同時に、街を覆っていた黒い霧も静かに晴れていく。
張り詰めていた空気が、嘘のように和らいだ。
「……終わった。」
ミソラがその場にへたり込む。
「はぁぁ……。」
「足が……動かない……。」
ピスケもドラムスティックを下ろし、小さく息を吐いた。
「流石に疲れましたわ……。」
ジェミニを背負い直したミスティは、静かに周囲を見渡す。
信号は止まり、街灯は折れ、ショーウィンドウのガラスは無数のひびを刻んでいた。
それでも、人命に関わるような被害は奇跡的に免れていた。
避難していた人々も、少しずつ街へ戻り始めている。
救急隊のサイレンが遠くで鳴り響く。
「ありがとう!」
幼い男の子が三人へ駆け寄る。
「お姉ちゃんたち、すっごくかっこよかった!」
「えっ?」
ミソラが目を丸くする。
続いて、拍手が聞こえた。
一人。
また一人。
やがて、その拍手は街中へ広がっていく。
ありがとう。
助かった。
そんな言葉が、あちこちから聞こえてくる。
ミソラは少し照れ臭そうに笑った。
「……えへへ。」
ピスケも柔らかく微笑む。
「皆さん、ご無事で何よりですわ。」
ミスティだけは何も言わない。
踵を返し、その場を立ち去ろうとする。
「あっ!」
ミソラが呼び止めた。
「ミスティちゃん!」
ミスティは足を止める。
「……なんだ。」
「今日は、本当にありがとう。」
「一緒に演奏してくれて。」
少しだけ沈黙が流れる。
「礼を言われることではない。」
「私は私のやるべきことをやっただけだ。」
そう言い残し、歩き出す。
けれど。
その横顔は、戦う前よりどこか柔らかく見えた。
ミソラはその背中を見送りながら、小さく呟く。
「……また、一緒に演奏したいな。」
その一言を。
風だけが静かに運んでいった。
◇
夕暮れ。
オレンジ色に染まる河川敷。
三人の影が、ゆっくりと長く伸びていた。
街の喧騒を離れ。
夕焼けに染まる河川敷を、三人はゆっくりと歩いていた。
川面を渡る風が心地いい。
さっきまで街を包んでいた緊張感が、まるで嘘のようだった。
しばらく沈黙が続く。
やがて。
ミスティが立ち止まった。
「……何故付いてくる。」
「えっ!?」
ミソラが足を止める。
「え、えっとぉ……。」
視線が泳ぐ。
助けを求めるようにピスケを見る。
ピスケは小さくため息をついた。
「ミソラさん。」
「言いたいことがあるなら、はっきり言いませんと。」
「えぇぇ!?」
「ピスケちゃんこそ何か言いたいことあるんじゃないの!?」
「人任せにしない!」
「棚上げ!?」
「うぅ……。」
ミソラは頭を抱える。
深呼吸を一つ。
そして、意を決して顔を上げた。
「あ、あの!」
「ミスティちゃんの演奏……すっごく格好良かった!」
「……。」
「今日、一緒に演奏して思ったの!」
「すっごく楽しかった!」
夕焼け色の風が吹く。
ミソラは思い切り頭を下げた。
「私たちと!」
「バンド組んでください!!」
静寂。
川の流れる音だけが響く。
「おー。」
「言えましたわね。」
ピスケがミソラの頭をぽんぽんと撫でる。
「えへへ……。」
照れ笑いを浮かべるミソラ。
しかし。
ミスティは何も答えない。
その瞳が、わずかに揺れた。
(お前、すごいな!)
脳裏に蘇る、眩しい笑顔。
(アタシとバンド組もうぜ!)
楽しそうに笑う少女。
あの日の夕焼け。
そして。
(……お前とは、もう歌えない。)
「――っ。」
ミスティの肩が小さく震えた。
無意識に拳を握り締める。
「……いや。」
絞り出すような声。
「バンドは……。」
その続きを、口にすることができなかった。
重々しげにミスティが口を開く。
「識戸ミソラ。」
夕焼けの河川敷。
ミスティは静かに振り返る。
「今日のLive。」
「お前だけでは、何も救えなかった。」
その言葉に、ミソラは俯かない。
「……うん。」
「知ってる。」
「私は歌うことしか出来ないから。」
「ギターも弾けない。」
「ドラムも叩けない。」
「一人じゃ、あのデッカいNoiseも倒せなかった。」
ミスティは続ける。
「なら。」
「自分が無力だと思い知った時、お前はどうする。」
迷いはなかった。
「そんなの!」
ミソラは一歩踏み出す。
「もう充分思い知ってる!」
胸に手を当てる。
「私、楽器も苦手。」
「勉強も運動も得意じゃない。」
「落ち込むことなんて、しょっちゅうだよ!」
それでも。
笑う。
「挫けそうになることはあっても。」
「私は歌うことだけは止めない。」
「だって。」
「私の夢は!」
「世界一の魔奏少女になることだから!」
風が吹く。
長い銀髪が揺れる。
ミスティは目を閉じた。
(日本へ行ってみないか。)
(君の探している答えが、そこにあるかもしれない。)
教師の言葉が蘇る。
目の前の少女は。
あの日の誰かと同じように。
馬鹿みたいに真っ直ぐだった。
「……分かった。」
短く息を吐く。
「ただし。」
「条件が一つある。」
「え?」
ミスティはゆっくりとミソラを見据える。
「リーダーは、お前だ。」
「ミソラ。」
「えぇぇぇぇぇっ!?」
素っ頓狂な声が河川敷に響く。
「む、無理無理無理!」
「私そんなタイプじゃないよ!?」
「今さら逃げるのですか?」
ピスケが肩をすくめる。
「だってぇぇ!」
「今日だってピスケちゃんが居なかったら喋れなかったし!」
「知りませんわ。」
「リーダー頑張ってくださいませ。」
「裏切ったぁぁぁ!」
夕焼けの河川敷に、三人の笑い声が溶けていった。
「それじゃ!」
ミソラが勢いよく振り返る。
「バンド名決めようよ!」
「……好きにしろ。」
「じゃあ!」
「ミソラバンド!」
「好きにしろとは言ったが……。」
ミスティが思わず眉をひそめる。
「ダサいですわね。」
ピスケが即答する。
「ダサいと思います。」
堂道さんが賛同する。
ルナも小さく頷く。
「ダサいにゃ。」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
ミソラはがっくりと肩を落とした。
「えっと……えっと……。」
頭を抱えながら空を見上げる。
夕焼け。
さっきまで三人で奏でていた空。
「あっ!」
「今日、歌う前に何て言ってたっけ!」
「……Live On spielen。」
ミスティが静かに答える。
その瞬間。
ミソラの目が輝いた。
「それだ!!」
「私たちのバンド名!」
「――ミソラシュピーレン!!」
少しだけ沈黙。
ピスケは微笑む。
「悪くありませんわね。」
ミスティも小さく息を吐く。
「……好きにしろ。」
その言葉は。
もう否定には聞こえなかった。
夕暮れの河川敷。
三人の笑い声が、ゆっくりと風に溶けていった。
――これが。
後に世界中へその名を轟かせることになる。
伝説のバンド。
『ミソラシュピーレン』の始まりだった。
◇ ◇ ◇
とある地下深くの1室、白いワンピースを揺らしながら黒髪の少女が言葉を紡ぐ
「ただいま戻りました。」
「お帰りなさい。」
「阿部野真理。」
真理は少しだけ困ったように笑う。
「……失敗しちゃいました。」
「識戸ミソラと、お友達になれませんでした。」
ほんの少しだけ悔しそうな声。
「もっと仲良くなれると思ったんですけど。」
「まだ警戒されちゃいました。」
「そうですか。」
無機質な声は淡々と答える。
「ですが。」
「接触は完了しています。」
「行動。」
「思考。」
「戦闘。」
「十分な観測データを取得しました。」
真理は少しだけ頬を膨らませる。
「そういうことじゃないんですけどね。」
モニターには。
三人で笑い合うミソラたちの姿。
「私は……。」
「もう少し一緒に遊びたかったです。」
「次の機会は用意されています。」
「……はい。」
「ステラ様。」
ー第6話に続く…
【5話おまけ】
「ミスティちゃん!」
「……なんだ。」
「せっかくバンド組んだんだし、ご飯食べに行こう!」
「必要ない。」
「えぇー!行こうよー!」
「……分かった。」
ミスティは小さくため息をつく。
「ただし。」
「リーダーはお前だ、ミソラ。」
「そんな仰々しい役職みたいに言わなくても!?」
◇
「じゃーん!」
ミソラが目の前に皿を差し出す。
「これね!」
「カレーって言うんだよ!」
「知っている。」
ミスティはスプーンを手に取る。
「食べるのは初めてだが――」
一口。
「!!!!!!????」
「えっ!?辛かった!?」
「…………。」
無言。
もぐ。
もぐもぐ。
もぐもぐもぐ。
もぐもぐもぐもぐ。
もぐもぐもぐもぐもぐもぐ。
「めっちゃ食べてる!」
「ふん。」
「口の周りべっちゃべちゃだよ!?」
ピスケがハンカチを差し出す。
「そんなに気に入ったんですの?」
「気に入ってなどいない。」
「それは無理がありますわ。」
その時。
『ライス大盛無料!』
店内の張り紙が目に入る。
「……。」
ミスティの視線が止まる。
「えっ。」
「ミスティちゃん?」
静かに立ち上がる。
「店員。」
「ライス大盛を。」
「二杯目食べようとしてる!?」
「気に入ってるでしょ!?」
「気に入ってなどいない!」
「なんでそこ頑ななのぉーーーっ!!」




