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第5話 「Live On spielen!!!」 その4


 一方その頃。


 ミソラたちから数百メートル離れた交差点。


「ジェミニ。」


 銀色の旋律が街へ響く。


 ギター。


 ベース。


 二つの音色が絡み合い、巨大な螺旋となってNoiseを飲み込んだ。


 轟音。


 次の瞬間。


 数体のNoiseがまとめて霧散する。


 ミスティは静かに魔奏器を肩へ担いだ。


「……終わりか。」


 歩き出そうとした、その時。


 別の通りから再びNoiseが姿を現す。


「……。」


 一閃。


 また消える。


 さらに別方向。


 またNoise。


 さらに奥。


 またNoise。


 ミスティは小さく眉をひそめた。


「数が多いな……。」


 これほど同時に出現することなど、今まで無かった。


 その時。


 風向きが変わる。


 空気が震える。


 遠くから、禍々しいディソナンスが街を貫いた。


 ミスティの表情が変わる。


「……!」


「このディソナンスは……。」


 通常個体ではない。


 身体が考えるより先に動いていた。


 ビルの屋上へ飛び乗る。


 さらに屋上から屋上へ。


 黒髪を風になびかせながら駆け抜ける。


 そして。


 視界の先。


 黒煙が立ち昇る交差点。


 そこでは。


「ミソラさん!」


「ピスケちゃん!」


 二人が強化型Noiseに追い詰められていた。


 異形の拳が高く振り上げられる。


 ミソラは立ち上がれない。


 ピスケも間に合わない。


 振り下ろされる、その寸前――。


「……全く。」


 屋上から静かな声が響いた。


「お前たちだけで無茶をするな。」


 黒色の髪が夕日に揺れる。


 ミスティ・クロウリーが、ゆっくりと魔奏器を構えた。


 「ミスティちゃん!?」


 ミスティの奏でるジェミニ。


 ギターとベース。


 二つの旋律が絡み合い、巨大な二重螺旋となって強化型Noiseへ襲い掛かる。


「はぁぁぁっ!!」


 轟音。


 アスファルトが抉れ、黒い霧が吹き飛ぶ。


「ブァァァァァッ!」


 強化型Noiseの身体が大きく削れた。


 しかし。


 完全には消えない。


 異形は咆哮を上げ、なおも立ち上がる。


「まだ倒れませんの!?」


「硬すぎるよ!」


 その間にも。


 別方向では通常Noiseが街へ溢れ出していた。


 悲鳴。


 逃げ惑う人々。


 倒壊する看板。


 ミスティは舌打ちする。


「……数が多すぎる。」


「一人では捌き切れん。」


 ミソラとピスケが立ち上がる。


「私も戦う!」


「当然ですわ!」


 ミスティは二人を一瞥し、小さく息を吐いた。


 ミスティがゆっくりとジェミニを構える。


 ギターとベース。


 二つの音色を宿す魔奏器。


 その切っ先が強化型Noiseへ向けられる。


「識戸ミソラ。」


「は、はい!」


「綾小路ピスケ。」


「何ですの?」


「ドラムとボーカルだけで、バンドを名乗るな。」


「ガーン!」


「今言いますの!?」


 ピスケが思わずツッコミを入れる。


 だがミスティは表情一つ変えない。


「足りないなら埋めればいい。」


 ジェミニの弦へ静かに指を添える。


「お前たちは全力で演奏しろ。」


「私が合わせてやる。」


 その一言。


 不思議と胸の奥が熱くなる。


 ミソラは顔を見合わせた。


 ピスケもふっと笑みを浮かべる。


「……ようやく、その気になってくださいましたのね。」


「勘違いするな。」


「これが一番効率がいいと思っただけだ。」


 素っ気ない返事。


 それでも。


 その言葉だけで十分だった。


 ミソラは拳を握りしめる。


「よーし!」


「初めての三人ライブだね!」


「ライブなどではない。」


「Noise討伐ですわ。」


「細かいことはいいの!」


 ミソラは大きく息を吸い込んだ。


 胸いっぱいに広がる期待。


 緊張。


 そして高鳴る鼓動。


 三人は互いに頷き合う。


 ギター。


 ベース。


 ドラム。


 歌。


 バラバラだった音が、一つの意思へと重なっていく。


 心奏力が共鳴した。


 眩い光が三人を包み込む。


 それぞれの輝きは渦を巻きながら空へと昇り、一本の巨大な光柱となって青空を貫いた。


「これって……!」


 ミソラが目を見開く。


「心奏力の共鳴……!」


 ピスケの頬が緩む。


「来ましたわ!」


 ミスティは静かに目を閉じる。


 そして、小さく呟いた。


「……やるぞ。」


 三人の息が重なる。


「「「――Live On spielen!!!」」」


 その瞬間。


 光柱が弾けるように街中へ広がった。


 ミスティのギターが唸る。


 鋭く、力強く。


 ベースがその土台を支え、大地を震わせる低音が響く。


 ピスケのドラムが鼓動のように刻まれる。


 一定だったリズムは少しずつ熱を帯び、街全体を包み込んでいく。


 そして。


 ミソラは歌い出した。


『――大空デフラグメンテーション!!!』


 誰かへ届けたい。


 ただ、その想いだけを乗せて。


♪『ねえ、聞いてよ 昨日の夜中に見た映画の話――』


 歌声が空へ舞い上がる。


 ギターが応える。


 ドラムが背中を押す。


 ベースが優しく支える。


 ♪『誰かが支配する数式 そんなの興味ないし』


 誰かが前に出るのではない。


 誰かが誰かを消すのでもない。


 三つの音は互いを認め合い、一つの大きな旋律へと姿を変えていく。


♪『教科書には載ってない 落書きみたいなコード進行

お腹が空いた リズムで始めよう せーので!』


 それはもう、ソロではなかった。


 一つのバンドだった。


 通常Noiseたちが一斉に振り返る。


 まるで歌に惹かれるように動きを止める。


 ♪『完璧な論理(セオリー)も 計算外のノイズには勝てない

君の鳴らすリフで 定義なんて書き換わっちゃうよ

溜め込んだ不平不満 全部ドラムにぶつけて

バグだらけのこの空に 未完成な歌を歌おう』


 次の瞬間。


 歌声が光となって街を駆け抜けた。


 ギターの旋律が黒い霧を切り裂く。


 ドラムの鼓動がディソナンスを打ち砕く。


 ベースの低音が街全体を包み込み、人々の恐怖を優しく塗り替えていく。


 光の奔流が通常Noiseを次々と飲み込んだ。



♪『加速する 私たちの ネバーエンディング・ストーリー!』

 一体。


 また一体。


 黒い身体は霧となり、青空へ溶けるように消えていく。


 ♪『解析させない この気まぐれなハーモニー』


「すごい……。」


 避難していた人々が思わず立ち止まる。


「Noiseが……。」


「消えていく……!」


 ♪『完璧なプログラミング? そんなのつまんないよ』


 街を覆っていた黒い霧は、みるみる晴れていった。


 誰もが笑顔を取り戻していく。


 その中心で。


 三人の音だけが、どこまでも高く、どこまでも澄み渡る空へ響いていた。


 ♪『今夜は 何を話そうかな 終わらない夜に

「大好き」も「ムカつく」も 全部重ねて

予測不可能な 奇跡を奏でよう!』


 ――だが。


 ただ一体。


 強化型Noiseだけは、その光の中でもなお立ち尽くしていた。


 歌は続く。


 けれど。


 光の奔流の中で、ただ一体。


 強化型Noiseだけは未だ立ち尽くしていた。


「ブァァァァァァァァッ!!」


 禍々しいディソナンスが街へ溢れ出す。


 吹き荒れる衝撃波。


 ガラスが軋み、街路樹が大きく揺れる。


「そんな……!」


 ミソラの歌が止まった。


 光が僅かに弱まる。


「まだ……倒れないの?」


 三人の演奏は続いている。


 ピスケはドラムを叩き続ける。


 ミスティはジェミニを鳴らし続ける。


 止まったのは。


 ボーカルだけだった。


「ミソラさん!」


「もう一度ですわ!」


「で……でも……。」


 喉が震える。


 歌えば届くと思っていた。


 歌えば、みんな笑顔になれると思っていた。


 それなのに。


 目の前の怪物は、まだ立っている。


(私の歌じゃ……。)


(届かない。)


 その瞬間。


 強化型Noiseが腕を振り上げた。


 黒く禍々しい波動が収束していく。


 この一撃が放たれれば。


 街も。


 みんなも。


 守れない。


「識戸。」


 短く。


 けれど真っ直ぐな声。


 ミスティは前を見据えたまま言う。


「歌え。」


 それだけだった。


 励ましでもない。


 慰めでもない。


 ただ。


 お前なら歌える。


 そう信じているような一言。


 ピスケも笑う。


「ワタクシたちが居ますわ。」


「だから。」


「前だけを向いて歌ってください。」


 ギターが鳴る。


 ベースが支える。


 ドラムが鼓動を刻む。


 三人の音は。


 まだ終わっていない。


 ミソラは二人を見た。


 そして。


 小さく笑う。


「……うん。」


「ありがとう。」


 大きく息を吸う。


 心奏力が再び溢れ出す。


 歌は止まらない。


♪『続いてく 私たちの ネバーエンディングストーリー』


 空へ。


 どこまでも高く。


♪『邪魔はさせない 遥か彼方大空に』


 歌声に応えるように。


 三人の心奏力が再び一つとなる。


 光柱はさらに大きく。


 まるで大空へ羽ばたく翼のように広がっていく。


♪『もうこれでおしまいなんて そんなの認められないよ』


 街の人々が見上げる。


 その歌を。


 その光を。


 その奇跡を。


♪『明日は 何を話そうかな 終わらない日々に』


 ピスケのドラムがさらに熱を帯びる。


 ミスティのギターが空を裂く。


 ジェミニのベースが街全体を優しく包み込む。


 そして。


 ミソラは笑った。


♪『「大好き」も「ありがと」も 全部纏めて』


 その笑顔を見た瞬間。


 街中から溢れる想いが、三人の心奏力へ重なった。


 助かった人々の安堵。


 家族を守れた喜び。


 明日も笑って過ごしたいという願い。


 すべてが歌へ溶け込んでいく。


♪『君が望んでた 奇跡を奏でよう!』


「今だ!」


 ミスティが叫ぶ。


「合わせますわ!」


 ピスケのスティックが振り下ろされる。


「届けぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 ミソラの歌声が、空を貫いた。


 轟音。


 光。


 そして。


 街を覆っていた漆黒の霧は、一瞬で掻き消えた。


「ブァ……。」


 強化型Noiseの身体に無数の光の亀裂が走る。


 やがて。


 その巨体は静かに崩れ落ち、黒い粒子となって風へ溶けていった。


 街に静寂が訪れる。


 青空だけが。


 どこまでも澄み渡っていた。




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