第5話 「Live On spielen!!!」 その2
ミソラの動画がトレンド入りしてから数日後。
休日の朝。
けたたましい着信音が部屋に響く。
「んぅ……。」
パジャマ姿のピスケは、まだ眠そうな目を擦りながらスマートフォンを手に取った。
「……もしもし。」
『ピスケちゃーーーーん!!』
「朝から元気ですわね。」
『街に繰り出そう!!』
「……いきなり何ですの。」
『街歩く!』
『声かけられる!』
『オデ!』
『人気者!』
「なんで原始人になってますの。」
『とりあえず!』
『話しかけられたいんだよー!』
ピスケは大きくため息を吐く。
「承認欲求がバーストしておりますわね……。」
『動画トレンド入ったんだもん!』
『絶対誰か気付いてくれるって!』
「また奏音先生に怒られますわよ。」
『今日は休日だからセーフ!』
「どういう理論ですの……。」
『30分後に駅前集合ねー!』
ブツッ。
一方的に通話は切れた。
「……嵐ですわね。」
再びベッドへ倒れ込もうとした、その時。
スマートフォンがもう一度震える。
「……?」
画面には、
『ルナ』
の文字。
「もしもし。」
『ピスケ。』
珍しく、ルナの声は真剣だった。
『今日さ。』
「はい。」
『……いや。』
『何もなければ、それでいいんだけど。』
「ルナさん……?」
『ま、気にしないで。』
『じゃあね。』
通話は切れた。
「……。」
胸の奥に、小さな違和感だけが残る。
しかし、その理由は分からない。
ピスケは首を傾げながら、ゆっくりと制服ではなく私服へ着替え始めた。
◇ ◇ ◇
休日の市街地。
「ここなら私のこと知ってる人も居るかも!」
ミソラが楽しそうに辺りを見回す。
「また怒られますわよ。」
「今日はプライベートだからセーフ!」
「だからどういう理論ですの……。」
その時だった。
「あの……。」
二人の前で、一人の少女が足を止める。
「識戸ミソラさん……ですよね?」
ミソラの目が一気に輝いた。
「ファン第一号!?」
「違いますわ。」
(第一号はワタクシですわ。)
心の中だけでそっと訂正するピスケ。
少女は柔らかな笑みを浮かべた。
「初めまして。」
「阿部野真理です。」
「この前の動画、見ました。」
「すごく勇気を貰える歌声でした。」
「ドョフフハフー♪」
「どうやって発音してますの、それ。」
真理はくすっと笑う。
「私ね。」
「歌を聴くのが好きなんです。」
「それだけじゃない。」
「木々のざわめきも。」
「頬を撫でる風も。」
「命の香りも。」
「私は、この世界が好き。」
「ほ、ほへー……。」
隣でピスケの髪飾りが小さく揺れた。
「……ピスケ。」
「ルナさん?」
「……いや。」
「何もなければいいんだけど。」
その声はどこか警戒しているようだった。
しかし、真理は何も気付いていないように笑う。
「もちろん。」
「ミソラちゃんの歌も、大好きですよ。」
「ホミョホフヘヘー♪」
「ミソラはあんなんだし」
「ミソラさん……。」
「なんか今失礼なこと言われた気がするー!?」
「せっかくですし……少し、ご一緒してもいいですか?」
真理がおずおずと尋ねる。
「もちろん!」
ミソラは即答だった。
「えっ。」
真理が少しだけ目を丸くする。
「いいの……ですか?」
「うん!」
「だって、友達になりたいって言ってくれたんでしょ?」
「だったら、もう友達じゃん!」
屈託なく笑うミソラ。
その言葉に、真理はほんの一瞬だけ目を伏せ、小さく笑った。
「……ありがとうございます。」
「では、本日からお友達ですね。」
「もちろんですわ。」
ピスケも静かに頷く。
「それじゃあまずは!」
「クレープ!」
「食べたーい!」
「結局食べ物ですのね。」
三人は商店街を歩き始めた。
休日の街は、多くの人で賑わっている。
子ども達の笑い声。
行き交う家族連れ。
どこからか聞こえるストリートミュージシャンの演奏。
真理は周囲を見回しながら、どこか嬉しそうに目を細めた。
「賑やかですね。」
「休日だからね!」
「みんなお休みの日なんだよ!」
「……素敵です。」
その一言は、とても自然だった。
「私ね。」
「歌を聴くのも好きなんですけど。」
「木々が揺れる音も。」
「風が吹く音も。」
「子どもが笑う声も。」
「全部好きなんです。」
ミソラは感心したように頷く。
「ほへー。」
「なんだか詩人さんみたい。」
「詩人……。」
真理はその言葉を噛み締めるように繰り返す。
「そういうものなのでしょうか。」
「違うと思いますわ。」
ピスケが即座に訂正した。
「そこは否定早いね!?」
三人は思わず笑う。
商店街を抜け、公園の前を通りかかった時だった。
一人の小さな男の子が転んでしまう。
「あっ……。」
真理は迷うことなく駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
そっと膝についた砂を払ってあげる。
「いたい……。」
「すぐ治りますよ。」
優しく微笑む真理。
男の子は泣き止み、そのまま母親の元へ走っていった。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
元気よく手を振る男の子。
真理も小さく手を振り返す。
「……よかった。」
その笑顔を見て、ミソラも自然と笑顔になる。
「真理ちゃんって、優しいんだね。」
「そうでしょうか。」
「うん!」
「なんか見てて安心する!」
「……安心。」
真理はその言葉を静かに繰り返した。
「そう思っていただけるなら……嬉しいです。」
少し歩くと、小さな雑貨屋の軒先で風鈴が揺れていた。
――ちりん。
涼しげな音色が風に乗る。
真理は足を止める。
「綺麗……。」
風鈴を見つめる瞳は、どこか懐かしむようだった。
「音って、不思議ですね。」
「目には見えないのに。」
「ちゃんと心まで届く。」
「……だから私は、この世界が好きなんです。」
ミソラは少し照れくさそうに笑う。
「えへへ。」
「なんか真理ちゃんと話してると、私も歌いたくなってきちゃった。」
「ぜひ。」
「また聴かせてください。」
「もちろん!」
「今度はもっと近くで!」
「ドョフフハフー♪」
「その鳴き声はまだ健在でしたのね。」
「えへへ!」
そんな他愛もない会話を交わしながら、三人は歩き続ける。
その時だった。
ピロン。
三人のスマートフォンが同時に震えた。
『緊急警報』
『市街地にてNoise反応を確認』
『付近の住民は直ちに避難してください』
街の空気が、一瞬で変わる。
「……Noise。」
真理が小さく呟く。
その表情から、さっきまでの穏やかな笑みが静かに消えていた。




