第5話 「Live On spielen!!!」 その1
動画投稿騒ぎから翌朝。
姫嶋学園高等部、一年A組。
「にへへ〜。」
登校してからというもの、ミソラはずっとスマートフォンを眺めていた。
その顔は、どう見てもご機嫌そのものだ。
「……何をニヤけてらっしゃいますの。」
呆れたように紅茶を口へ運ぶピスケ。
ミソラは勢いよくスマホを突き出した。
「見て見て!」
「私の動画、トレンド入りしたんだよ!」
「これで人気者間違いなしだよ!」
「あぁ……あの動画ですのね……。」
ピスケは遠い目をした。
コメント欄は大盛り上がり。
『歌うまっ!』
『応援してます!』
『可愛い!』
『姫嶋学園ってどこ!?』
『この子が大型Noise倒した子!?』
「ふふふ……。」
ミソラはすっかりその気である。
「ファン第一号にはサインくらいしてあげてもいいかな〜。」
「まだ一人も頼んでおりませんわ。」
「えぇー。」
その時。
ガララッ!!
教室の扉が勢いよく開いた。
「識戸ー。」
クラスメイトがひょいっと顔を出す。
「職員室から呼び出しー。」
「…………。」
ミソラの笑顔が固まる。
「……なんでぇ!?」
ピスケは深くため息をついた。
「当たり前ですわ。」
◇ ◇ ◇
――呼び出し明け。
「あうぅ〜……。」
ミソラは机に突っ伏したまま、目を点にしていた。
魂が半分抜けている。
「今度はどうしましたの。」
ピスケが呆れたように紅茶を口へ運ぶ。
「めっっっちゃ叱られた……。」
「叱られただけで済んで良かったですわね。」
「冷たくないかな!?」
「実際、動画を削除されてもおかしくありませんでしたし、停学にならなかっただけ温情ですわよ。」
「て、停学ぅ!?」
「そこまでかなぁ!?」
「むしろ、何故許されると思ってましたの。」
「うっ……。」
ミソラはぐうの音も出ない。
「とりあえず動画はそのままで、今後はメディアへの露出を控えるようにって……。」
「ワタクシが教師の立場でしたら。」
ピスケは優雅に微笑む。
「ミソラさんをドラムの一部にしておりますわ。」
「こわっ!?」
「安心してくださいまし。」
「安心できる要素あった!?」
その時だった。
「識戸……ミソラ。」
聞き慣れない声が教室に響く。
二人が振り向く。
そこには、銀髪の少女が静かに立っていた。
凛とした瞳。
どこか近寄りがたい雰囲気を纏っている。
ミソラはぱっと表情を明るくした。
「えっ!?」
「ファン第一号!?」
「絶対違いますわ。」
ピスケが即座に切り捨てる。
「留学生の……ミスティ・クロウリーさんでしたわね。」
「……。」
ミスティは小さく頷いた。
「少し、話がある。」
その一言だけ告げると、教室の外へ視線を向けた。
ミソラとピスケは顔を見合わせる。
「……え?」
「どういうこと?」
ミスティは振り返らない。
「来い。」
短く、それだけ言って歩き始めた。
――姫嶋学園・屋上。
フェンス越しに街並みを見下ろしながら、銀色の長い髪が風に揺れる。
その背中を見つめながら、ミソラはおずおずと口を開いた。
「え、えっと……写真なら事務所を通して頂いて……」
「要らん。」
「えぇっ!?」
「驚くことではありませんわよ。」
ピスケは小さく肩を竦める。
「識戸ミソラ。」
「は、はいっ!」
低く落ち着いた声。
ミスティは振り返ることなく問い掛けた。
「昨日の、あれは何だ。」
「き、昨日の……?」
「動画のことですの?」
「それもある。」
ミスティは静かに続ける。
「Noiseと戦う時だ。」
「なぜ、お前は歌だけで立ち向かっていた。」
ミソラは少しだけ目を伏せた。
「あ……私、奏器の適性が全然なくて……。」
「だから歌しか出来ないんだ。」
「ふぅん。」
短く鼻を鳴らす。
「奏器の一つも扱えぬ者が魔奏少女を名乗るなど……烏滸がましいな。」
「ガーン!」
ミソラは大げさによろめく。
「ミスティさん!」
「本当のことでも言って良いことと悪いことがありますわ!」
「そこ認めないでよぉ!」
「フォローになってないよぉ!」
しかしミスティの表情は変わらない。
ただ真っ直ぐミソラを見る。
「……それでも。」
「それでも、お前は歌うのか?」
その一言だけが、妙に重かった。
試すように。
確かめるように。
ミソラは少しだけ考えてから、ゆっくり笑った。
「うん。」
「私は……Noiseを倒したいから歌ってるんじゃない。」
「え?」
思わずピスケが聞き返す。
「もちろん倒せたら嬉しいよ?」
「でも、それだけじゃない。」
ミソラは屋上の空を見上げる。
「私ね。」
「歌ってる時に誰かが笑ってくれるのが、一番嬉しいんだ。」
風が吹き抜ける。
「私の歌で笑ってくれる人がいるなら。」
「その笑顔を守るために歌いたい。」
「だから……私は歌う。」
「Noiseを倒すためじゃなくて。」
「誰かを笑顔にするために。」
その言葉を聞いた瞬間だった。
――脳裏に、遠い日の景色がよぎる。
夕焼け色のステージ。
力強く、それでいて優しい歌声。
『Noiseさえ倒せれば、それでいい。』
若かった自分はそう言った。
すると隣で歌っていた少女は、小さく笑って。
『違うよ。』
『魔奏少女はNoiseを倒すためだけの存在じゃない。』
『心を救えなかったら、歌う意味なんてないでしょ?』
眩しい笑顔。
あの頃は、その意味が分からなかった。
――回想は一瞬で途切れる。
「あいつも……。」
ミスティは小さく呟く。
「そんなことを言っていたな。」
「えっ?」
ミソラが首を傾げる。
「……なんでもない。」
ほんの少しだけ。
本当にほんの少しだけ。
ミスティの表情が柔らかくなったような気がした。
(歌で……笑顔を。)
(そんな綺麗事で世界は救えない。)
そう思っていた。
いや。
そう思おうとしていた。
「…………。」
小さく息を吐き、踵を返す。
その時だった。
キーンコーンカーンコーン――。
「あっ!」
「予鈴ですわ!」
「やばっ!」
ミソラが慌てて駆け出す。
「急がなきゃ!」
「また奏音先生に怒られるぅーー!」
「今度は本当にドラムになりますわよ。」
「それだけは嫌ーー!!」
二人が騒がしく屋上を飛び出していく。
その背中を見送りながら、ミスティは小さく笑った。
「……少しだけ。」
ぽつり、と零れる。
「見直した。」
しかし、その言葉が二人に届くことはなかった。
風だけが静かに、屋上を吹き抜けていった。




