第三話
砂利を軋ませて車が停まる音がする。夕暮れ時、セデュがやっと帰ってきた。
外のパパラッチはまだ散らない、半分くらいには減ったけど、それでもいつもよりも格段に多い数の人の頭が、門の外に犇めいている。
カーテンの隙間からチラと覗くと、パシャパシャ焚かれるフラッシュが目を射る。すらりと長い脚をもてあますように車を降りたセデュは淡々とした、いつもと変わらないしぐさで邸内に脚を向ける。濁流のような質問、「マドモワゼル・ローズとの撮影はいかがでしたか」「結婚秒読みと伺いましたが、その後進展は」「ご両親にはもう紹介されたのですか? あなたのご家族は、どういった反応を?」「レヴォネ家にアメリカ人の血が入るのは初めてですね、それについてはどう思われます?」等々の質問の渦に特にこれといった反応も示さず完全黙秘の状態で。バタンと扉の閉まる音が遠くで聞こえて、僕は階段ホールへと駆けだす。
カーテンを閉め切った部屋でピアノを弾く気にもならず、半日鬱々とすごしていたんだ。この鬱憤をセデュに会って散らしたい! 彼に抱きしめられて、安心したい!
「セデュおかえり! もー聞いてよ、朝から外があんな調子でさあ!」
入口でジャケットを脱いでメイド長のヨランダに渡していたセデュが、階段を駆け下りる僕を見上げて微笑む。いつもの彼だ、特に状況に乱された様子もない、冷静で尋常なセデュだ。
「外にも行けないし、ピアノ弾く気にもなれないし、もー最悪だよ。いつまでこれがつづくのかなあ!」
ぴょこんと跳ねてセデュの首っ玉にかじりつくと彼はがっしり受け止めてくれる。外の空気に触れてきた彼の甘い体臭と香水の匂いに包まれて、その心地よさに、僕は解けるみたいにため息を吐く。ヨランダはセデュのジャケットを抱えてそそくさと席を外し、天井の高いホールは僕らふたりだけになる。
「当面は騒がしいだろうな。煩雑な思いをさせてすまない」
「まあ、いつかはバレることだったろうだから、しょーがないとは思うけどね…離婚のこととか、婚約破棄のこととか…僕たちのことはまだバレてなさそうだから、それは不幸中の幸いかなア! 僕の活動がやりづらくなることはないわけだしね! いやーよかったよ、巻き込まれたダイアナには悪いけど、君がゲイだってバレたら仕事にも差し障るだろうしねえ! なにしろ君は、全世界の女の子たちの、憧れの的なんだから!」
へらへら笑いながら口の動くままに並べ立てる僕をじっと見て、セデュは真剣な顔になる。真面目な顔になるとその端正な美貌が際立って僕は思わず彼に見惚れる。
「ルー、悪かった」
「なになに? なんで謝ってるの? 君はなんにも悪くないだろー? え、謝らなきゃいけないようなこと何かしたの?」
「お前を不安にさせた」
眉を少し顰めて、苦々しげにセデュは言う。好奇の目に晒されているのは自分だっていうのに、僕のことだけ心配しているみたいに。…四六時中、僕のことだけ、考えているみたいに。
「…なってないよ。べつに。大丈夫だよ。君が僕のこと一番好きなのは、ちゃんとわかってるから…ほんとだよ?」
「…うん、」
「でもダイアナには…悪いことしちゃったな。記事に書かれてる、僕の悪行のほとんど全部、彼女がしたことにされちゃって…」
「お前は何も悪くない。離婚も婚約破棄も、私の決断だ」
きっぱりしたその態度にはなんの迷いも躊躇もない。愛されてんなアってむず痒くなるけど、だからこそ余計に、ダイアナに申し訳ないなアって思いが募る。
「世間はそういうふうに見ないでしょ、君は悪女に誑かされた被害者だって、記事には書いてあるようにみえた…」
「…別の記者を買収して訂正記事を出させるか…まあ、このことはなんとか治められると思う。当分の間は、お前に窮屈な思いをさせるが」
「一生この状態がつづくんじゃなければ、ガマンできるよ! 君と離れるのも嫌だし…」
「……うん」
ここから出て行かなくてもいいんだって思ったら僕はほっとして、セデュにまたきつくしがみつく。カーテンの引かれた邸内で、扉のすぐそばで、外には大勢パパラッチが詰めかけていて、ファインダーを覗き込んだ記者が、攻め込む隙がないかって待ち構えているそのそばで。
なんだか悪いことしてるみたいな気になって、それもぞくぞくするみたいに刺激的で、僕は興奮の赴くままにセデュにキスした。僕の腰あたりに回されたセデュの指がもどかしそうにぴくりと揺れて、宥めるみたいに動く。
ゆっくり背中を撫でおろされると身体の奥が痺れたみたいになって、ビクビク跳ねてしまう。
「お夕飯の前に、…シよ? もうぼく、待てないや…」
間近にある耳元に囁くと、そこをぼっと真っ赤に染めたセデュが咳払いする。わかりやすい反応だ。うんうん、初々しい、いつものセデュだ。安心する…。
「……クロードに声をかけてくる。夕食の時間を遅らせてもらおう、2時間ばかり…」
「2時間で足りるう?」
にやにや揶揄うと僕の目を見られないように視線を彷徨わせたセデュはぼそぼそ口の中で呟く。
「…つづきは、夕食の後で」
「えー、もお、エッチなんだからなあーセデュは!」
「先にシャワーに行っていてくれ」
「はーい、すぐに来てね♡」
くすくす笑いながら離れる僕の手をぎりぎりまで掴んだままのセデュはどこか夢見るような眼差しで僕を見て、それから僕の指にひとつキスして離れて行った。




