第二話
「ローズさん、バレちゃいましたねえ~。パパラッチ凄くなかったですか? ご愁傷様ですゥ~」
現場に入るなり、メイクを終えた端役女優が寄ってくる。へらへらした笑顔には底意地の悪さが感じられ、私はツンとそっぽを向く。
「あなたの出番は今日は終わったの? お疲れ様」
「まだですよお。もー知ってるくせにー。はあ、でもいいなあ、あの方と熱愛なんて、女の子の夢そのものってカンジじゃないですかあ。しかもあの方が既婚者だった頃からなんでしょお? いいなー羨ましいなー! わたしもあの方と禁断の、道ならぬ不倫! してみたい!」
「何の話をしてるの。私は不倫したことなんてありません」
「もー今更取り繕わなくったっていいですってばー。ハリウッドからこっちに来たのも、あの方に熱烈に求愛されたからだって、バッチリ書いてありましたもんねー」
「……」
胡乱に見つめる私に、端役女優は開いたタブロイド紙を掲げて見せる。
「ほら見てくださいココ、もう同棲秒読みだとかプロポーズ済とかありますけど、ホントのところ、ドコまで進んでるんですかあ?」
寄り添ってカフェに入る私とセデュイールの写真がそこには載っている。仕事の合間に打ち合わせで一緒に出掛けた時のものだ。かっちりとしたグレーのスーツ姿のセデュイールと、衣装にコートを引っ掻けただけの恰好の私。前を歩く眼鏡姿のセデュイールがカフェのドアを開けて私を先に通している図だ。
趣味の悪い悪戯。憶測に塗れた記事には事実なんてひとつもない。
…というか、せっかく私がセデュイールを諦めて、やっと彼と平静に会話できるくらいにまで落ち着いたっていうのに、こんな記事が出るなんて、一体全体どういうこと!?
「ヤアこんにちはマドモワゼル・ローズ! 今朝は災難だったねえ。あんな記事が載るなんて…」
タブロイド紙を端役女優から奪い取ってワナワナする私に声をかけたのは今回の映画のプロデューサーだ。暇なのか、しょっちゅう撮影現場に遊びに来ている。私は彼をじっとり睨みつけてタブロイド紙を閉じる。
「映画の宣伝に私たちを売った、とかじゃないですよね? プロデューサー…」
「まさか! 私たちだって寝耳に水だったんだよ、信じてほしいな…でもまあ確かに、この記事はいい宣伝になるね。熱愛報道の出た俳優二人の共演映画だ! 観客は押し寄せるぞう。二人が恋愛する映画じゃなかったのが惜しいくらいだねえ!」
「……」
怪しい。怪しすぎる。この男は大企業のCEOで、色々とよくない噂も出ている人間だ。私たちを売るくらいのことは、片手間にやるだろう。
…もし彼じゃなかったとしても、誰かに嵌められたのは間違いない。おそらく業界の人間だ。セデュイールの身辺事情について、あまりに詳しく書かれすぎている。
犯人捜しはひとまず置いておいても、仕事にも私生活にも影響は必至で、私は重いため息を吐く。
セデュイールはこのことを、もう知っているのだろうか?
スタジオに入ると、スタッフと一緒にカメラチェックをしていたらしいセデュイールが顔を上げる、私が声をかける前に足早に近づいた彼は、私の前でぴたりと脚を留め気遣わし気な声をかける。
「おはよう、ダイアナ、…大丈夫だったか、ここに来るまで」
「おはよう。まあこんなことは、よくあることですからね」
ふふんと私が嘯いてもセデュイールは心配そうな目を注いだままだ。こういうところが、女達に誤解をさせるのよね…ひょっとしたら彼に特別に思われてるんじゃないかって…その端正な美貌で、無防備なところを不意に見せるの、ほんとにやめてほしい…諦めたとはいえ、私はまだ、セデュイールが好きなんだから…。
「すまない、君にまた迷惑をかけた」
「迷惑なんて…別にそんな、罵詈雑言が書かれていたわけでもないですし? あなたと結婚秒読みなんて書かれて、悪い気持ちはしなかったわよ! それよりどこから情報が漏れたのかが気になるわね。あなた心当たりある?」
「…業界の関係者だろう、おそらく…」
「まあそうね、この映画か、別の映画か…私たちに関わりのあるやつであることは間違いなさそうだわ…そういえば今週末は、アレも公開になるし…」
額突き合わせてぽそぽそ囁き合う私たちを好奇の目線が取り巻いている。スタッフや共演者、プロデューサー、監督までも。まるで雑誌の記事が事実であるかのように。
真実を知らない人からしたら、判断基準も何もないんだから、仕方ないことなのかもしれないけれど。
「帰りは送ろう」
「いいわよ、余計に火に油を注ぐ結果になりそう」
「ひとりで帰るのは危険だ」
「まあ確かにね、こんなことがあると運転手付きの便利さがよーくわかったわ…そろそろ引っ越し時かもね」
「内覧する時間もないだろう。バロットに探させようか」
「大丈夫、自分でできます。ありがとう」
大金稼ぐ身分になっても、役者のはしくれとして、庶民の感覚は忘れないようにとアパート暮らしをつづけてきたわけだけど、そろそろ限界なのかも。だからってセデュイールやバロットにおんぶにだっこってわけにはいかないから、自立した女として私は彼の申し出を断る。…こういうところが、イマイチ可愛げのない女って印象に繋がってるのかもしれないけど。
私はハアとため息を吐いて憂鬱を逸らして、セデュイールを見上げた。私より20センチも上にある、その黄金色の瞳を。
「私のことより、あなたのところの、あのバカを気にかけてやった方がいいんじゃない? 絶対面倒くさいことになってるだろうし…」
「……」
ルーシュミネの話題を出すと、セデュイールはひどく無防備な顔で苦笑する。ワガママなあいつに面倒を掛けられても、それが幸せとでもいうみたいに。
あいつのことを想っている時のセデュイールはいつもそうだ。花が綻ぶみたいに微笑んでいたり、大切で仕方ないものを見つめているみたいな眼差しをしたり――それを羨ましいと感じる気持ちが、完全に消えたとは言わないけど、ある程度距離を置いて眺められるようになった今は、こう思う。
あいつのことを愛している今のセデュイールが、私はどうしようもなく好きなのだと。




