第一話
「見てください、コレ、コレ…ルーシュミネ様ア!」
フラッシュが焚かれまくる中を藻掻くようにして邸内に帰り着いたパールが差し出したのはタブロイド紙だ。売店で見かけたのを素通りできず入手したのだと彼女は語った。パールの差し出すタブロイド紙――僕も10年くらい前にスキャンダルをすっぱ抜かれたその同じ雑誌――をぱらぱら捲って、該当のページに行き当たり、僕は紙面を凝視する。
そこに僕は映っていなかった。それはひとまずよかった。セデュがゲイであるってことも特にバレてはいないみたいだ。
――紙面に映っていたのはセデュとダイアナだったから。二人が一緒に歩くどぎついカラー写真の上に煽情的な文字が躍る。曰く、『ハリウッド俳優同士の蜜月』だとか、『セデュイール・レヴォネ氏の婚約破棄の真相』だとか。『5年越しの熱愛』なんて文字もあった。
「ふーん。へーえ。ほーお」
「こ、こーゆー雑誌ってホント、火のないところに煙を立てるのがうまいんですねえ!? どこからこんな発想が出てくるんだろー! 不思議ですねえ!」
「……」
チベットスナギツネみたいな目で紙面を睨む僕に不穏なものを感じたらしいハウスメイドのパールが慌てたように捲し立てる。
いやいや、べつにこの記事が事実無根だってのはわかってるから。二人が熱愛なんてあるわけないから。そんなに慌てなくってもいいんだぞう? なんせ昨夜もセデュはもう、これでもか! ってくらいに僕に愛を囁いて、ぐちゃぐちゃに僕のナカを掻き回して、たーっぷり射精してくれたわけだしね? 僕が眠りに就くまでずっと手を握っていてくれて、朝起きた時もそのままで、寝ぼけ眼で僕を見て微笑んで、「おはよう、私のウンディーネ」とか「身体は大丈夫か」とか、囁いてくれたんだからね! あのセクシーな声でね! そんなセデュがウワキなんて、ないない、あるわけない! ないんだって知ってんだよこっちは! チクショウめ!
「ないことないこと書き立てやがって、どこのどいつだこの野郎…」
「はわわ、ルーシュミネ様、お顔が怖いです…」
怯えたような視線を寄越すパールに僕はにこりと笑いかけてやる。一瞬「ヒッ」とパールが息をのむ音が聞こえたけど、僕は全然気にしてないよって顔を作る。
「いやー、僕のことはバレてないみたいだ! よかったねえ、セデュが不倫してた時期も、相手はダイアナってことになってるよ! 婚約破棄も、ダイアナとの熱愛のためだってさア! なんかどっかで聞いたことあるな、まあなんであれ、セデュのゲイバレがないなら喜ばしいことだ! 僕もこれで心置きなく、仕事できるよ! イヤーヨカッタヨカッタ…」
「ルーシュミネ様…ご無理はなさらないほうが…」
「なにが無理さ!? どっこも無理なんかしてないからね!? もー心配性だなーパールは! こんな雑誌、こうして、こうして、こうだ! へへーんざまーみろだ!」
紙面をグシャグシャに揉みこんで握ってポイと屑箱に捨てる僕に、パールは心配そうな目を向けたままだ。もーやめてくれよな! 僕は全然、ちっとも、これっぽっちも、気にしてなんてないんだってば!
パパラッチに追われるのは慣れてる。それこそ、ハリウッドにいた頃から。
四六時中監視されてるみたいで鬱陶しいは鬱陶しいけど、それでもあの記者たちが撮りたいのはセレブのゴージャスな私生活なんでしょうから、まあ覗き見くらいは許してやるわ。
ミネソタのド田舎で暮らしていた頃、ハリウッドに憧れていた子供の私が貪るように読んでいたのも、そういったタブロイド紙だったわけだし。
そういう、都会やらセレブやらに憧れる少女の夢を後押しするような雑誌なら、全然問題ない…とは言わないけど、まあ、見て見ぬふりくらいはしてあげます。
パリに移住して1年、そろそろこっちの記者たちの顔も覚えたって頃。けれどその日は、何かが違っていた。
部屋を出るなり撮影中のライトみたいな眩しさが私を襲って、思わず手を前に翳す。ここはシャンゼリゼのアパート。越してくるときにセデュイールは郊外の一軒家を勧めてくれていたのだけど、使用人を大勢抱える生活は性に合わないから、家政婦一人だけを雇って3LDKのここで私は暮らしている。事務所からも近いし、…セデュイールの豪邸も、目と鼻の先だし。
まあだからって、私が彼らの愛の巣に訪ねていく気はないんだけど! セデュイール一人ならともかく、あの鬱陶しい、悲観主義でガキっぽいゴミクズ男が一緒だからね。まったくセデュイールにめろめろに愛されていながらいつまで経ってもグチグチウジウジして不安定で自己評価が低くて自罰的で、そのくせ甘えん坊の子供みたいで…
ああ、あいつのことを考えたらムシャクシャしてきた。故郷に置いてきた弟を思い出すせいかしら。もうしばらく帰っていないけど、あいつらももうティーンにはなっているはず――ミネソタのダイナーに暮らす、弟4人と妹2人を思い出すと郷愁と同時に、ちゃらんぽらんな父さんと呑気な母さんの顔も浮かんで、二度と帰ってやるもんかって思いも湧いてくる。
…さすがにティーンになったあいつらはそう手がかかることもないのでしょうけど。
ともかく、家を出た私を襲ったフラッシュの嵐は、今までにない類のものだった。
どこか悪意を含んだようなそれを私に浴びせる記者は、半数以上が初めて見る顔だ。フランスだけじゃなく、イタリアとか、イギリスの記者もいるのだろうか。投げつけられる英語に特有の訛りがある。
「退いて、通してください。今はプライヴェートですよ。権利の侵害です!」
フランス語と英語で同じ言葉を繰り返して人垣を分ける。通りで流しのタクシーを拾うまで、パパラッチは私についてきた。




