プロローグ
ある朝のことだ。がやがやと外から聞こえてくる喧噪に起こされた僕は眠い目を擦りつつ、窓辺に寄ってカーテンを開く。ちなみに昨夜はセデュとたーっぷり愛し合ったので、僕は真っ裸だ。一応カーテンの陰に隠れるような感じで外をチラと覗いて、カシャカシャ焚かれるフラッシュの嵐に僕は目を白黒させる。
セデュの豪邸の、アールヌーヴォー風装飾のある鉄門の外には黒山の人だかりができている。薄汚れたコートに鳥打帽を身に着け、ばかでかいカメラを抱えた面々が押し合いへし合いしている。久しぶりに見る光景に僕は目を瞬いて、シャッとカーテンを引いた。
――今まで平穏無事に暮らせてきたのは、ここがセデュの家だって知られてなかったからなんだろうな。セデュは今や世界的に注目されてる実力派の映画俳優で、はちゃめちゃにセクシーな色男で、ファンはフランスだけに留まらず、恋文の類も事務所に連日届いていて、だけど、幼馴染の僕を囲って家に住まわせていて…
こうして並べると、今までパパラッチが騒ぎ立ててこなかったのが不思議なくらいだ。囂々と燃え盛る業火に発展する火種をわんさか抱えてる。今更だけど。
僕とのことが遂に世間にバレちゃったかな? あんまりコソコソ隠れて会ったりはしてなかったし、わりと堂々と一緒にデートしたりもしたし、バレるのも時間の問題だったか。
…どーしたもんかな。これからほとぼりが冷めるまで別々に暮らすとか? また新しいアパートを借りなきゃいけないなら、マネージャーのマチウに相談するか。それともセデュの持ってる別荘に避難しようか…でもイタリアは遠いなア。仕事でパリから離れられないセデュとしばらく会えなくなっちゃう。ボクもパリからは離れたくない。今までみたいに堂々と外で手を繋いだりハグしたりはしないようにして、あくまでの友達の距離感で…同性同士なんだから、ちょっとの間宿を借りてただけってことにして、切り抜けられないかな?
往生際が悪い僕はベッドに片膝立てて腕を組んでうんうん考える。時計の針は10時を指している。セデュはもう仕事に出かけた後だろう。生真面目なヤツだから、家の前にパパラッチの大群が押し寄せていても遅刻したりはしないハズだ。今セデュはパリのスタジオで新作の映画を撮影してる。アガサ・クリスティの『検察側の証人』、セデュは敏腕弁護士の役で、ヒロインはダイアナが演じている。ハリウッドから、なんやかんやあってパリのセデュの事務所に移籍してきたアメリカ生まれの美人女優だ。おっぱいが大きくて可愛い顔と声を持っている。口が悪いけど義理堅くて世話焼きで、僕も色々お世話になった(性的な意味でなく)…たぶんまだ、セデュに恋をしている、僕と同い年の女の子だ。
今回の映画は、二人の間に特に恋愛感情は生まれない設定だから、僕は安穏としていられる。…別にセデュの仕事相手に嫉妬するとか、そんなことはないんだけどね? 仕事は仕事だし! セデュは今のところは、僕一筋だから!!
しかし、マフィアの本拠地から救い出されてひと月も経たずにこの騒動だ。いい加減うんざりするけど、報復を恐れて外出を控えていたのは、逆によかったかもだ。セデュの家を我が物顔に出入りする僕を激写される機会はなかっただろうし。
ちなみにマフィアの本拠地については僕の供述から警察のガサ入れが入って逮捕者も何人か出たらしい。僕を探し求める途中でバロットがマフィアのひとりを半死半生の目に遭わせたらしいけど、警察の協力者となった僕らに対するお咎めはなかった。
シチリアマフィアがガタガタになったタイミングで別のファミリー? からの襲撃とかもあったみたいで、とりあえず、逃げた僕を連れ戻しに追ってくるような余裕は奴らにはなさそうで、ほっとしたのはついこの間のことだ。
やっと元通りの日々が戻ってきたと思っていたのに、儚い平穏だった。
僕はハアとため息を吐いて、ぱたりとベッドに倒れ伏した。




