第二十八話
それから間もなく、セデュの撮影は終了し、ダイアナが出ていく日がやってきた。新居はまだ決まっていないみたいだけど、とりあえず前のアパートに戻って荷物の整理をしたりいろいろ、始めるらしい。新居が決まるまで滞在してはどうかというセデュのすすめには首を振って、
「あんまりあなたにお世話になりすぎるのもね。これまでじゅうぶんよくしてもらいました」
と断っていた。
持ってきたトランクに衣類とかいろいろ荷物を詰めて、重そうなそれは運転手のセラノが車まで運ぶ。
「じゃあ、行くわね。長らくお世話になりました」
「ああ、こちらこそ、君には世話になった。ありがとう」
「またいつでも来てよー。君なら大歓迎さ!」
別れを交わすふたりに僕はにこにこ笑いながら割り込む。ダイアナはじろりとお邪魔虫の僕を見て、
「じゃあ、毎週末、ご馳走になりに来ようかしら。とーっても居心地が良かったから。泊りがけで」
と嘯いた。
「ああ、構わない」
「……。そぉだねえ! いいよーどんと来いだよー!」
歓迎するようなセデュの声に内心引き攣りつつアハハハハと白々しい高笑いを返す僕をイジワルそうに見て、ダイアナはにやりと笑う。なんだよ、わざとかよ? それとも本気? 本気だったらどうしよう。セデュは彼女を拒まないだろうし、ずーっとそのまま居ついちゃったりとか…。
「やっぱり素面のあんたは可愛げがないわね。もうちょっと素直になってみたら?」
「ええ? なんだよそれぇ…」
ダイアナはセデュに目配せして、セデュのほうは、なんかちょっと苦笑してる。ふたりだけしかわからないサインかよ。疎外感がすごいぞ。僕の知らない間に二人の距離はぐっと縮まった感じだ。…いやべつに気にしてないけどね! 僕はセデュの最愛の愛人だからね!
「じゃあセデュイール、また事務所で。Salut!」
「ああ、また…」
ひらりと一度手を振ってダイアナは車に乗り込み、セラノがこちらに黙礼して扉を閉める。
ガラガラとヨランダが開けた門扉からダイアナを載せた車はゆっくりと出て行った。
僕はセデュとそれが見えなくなるまで見送って、ふと、隣に立つセデュを見上げる。僕より5センチだけ背の高いセデュを上目遣いで見て、甘えるように言ってみる。
「…ぼくも、君の事務所に移ったら、だめかなあ?」
「うん?」
「いま、ダイアナと君だけ、なんだろ、所属してるの…」
マフィアがらみの僕の移籍騒動がひと段落したタイミングで言い出すことじゃなかったかもしれないけど、だって、気になっちゃったんだから仕方がない。セデュとダイアナふたりだけのための事務所なんて、そんなの、羨ましすぎる。もともとは、独立したセデュの個人事務所で、前の事務所と揉めたダイアナを誘って、こっちに移籍してもらったっていう関係なんけど。スタッフさんもいるだろうし、ふたりきりになる機会なんてそうそうないだろうけど!
「やっぱり、まずいかなあ? 事務所の社長さんに相談しないとだめ?」
「打診は必要だろうな。今後のためにも…お前は安定した事務所にいたほうがよさそうだが」
「セデュの事務所は、安定してないの? ダイアナを誘うくらいなのに?」
「……。例の騒ぎも落ち着いたし、そろそろいい時期かもしれんな。うちは人手不足だから、大規模な募集をかけるか…」
「え、それって、いいってこと?」
「ああ。社長には私からも話をしてみよう」
穏やかに微笑んでセデュが言う。セデュは僕のこんなふうな突発的な思いつきにも、こうやって真剣に応えてくれるんだ。僕は嬉しさに舞い上がって、ぴょんと跳ねてセデュの頬にキスした。
「やったぁ! これでもーっと一緒にいられるね!」
「…。うちの事務所に来るからには、おまえのオファーにも口を出すぞ、私は…覚悟しておけよ」
「ええ? それってたとえば?」
「まず、過度な肌の露出は禁止する。水着での撮影などは以ての外だ」
「……。音楽家にその手のオファーはまず来ないと思うぜ?」
「わからんぞ、PV撮影などの機会が増えれば…」
「ないない、まず需要がないって! 誰が見たがるのさこんな貧弱な身体!」
セデュの懸念をけらけら笑い飛ばす僕に、彼は眉間に皺を寄せ仏頂面になる。お小言開始の合図かな。わーなんか久しぶりだなあ! お小言でも嬉しいぞ。
「おまえは警戒心がなさすぎる。それで痛い目に何度も遭って来ただろう。いい加減学習しなさい。いいか、男は皆ハイエナだ。女性も時にはそうだ」
「…それは偏見がすぎるってものじゃないの…?」
「経験則だよ」
「……」
きっぱり言い切られて僕は黙り込む。まあ確かにセデュも、芸能界でレイプ未遂とか(マルセルとのことだ)…脅迫されてデートをさせられたりとか(こっちは例の変態監督だ)…いろいろあったからなんだろうけど…。
「じゃあセデュが守ってよ…僕から目を離さないで」
もじもじとセデュの袖を摘まんで呟く。なんか、とてつもなく恥ずかしいことを言っているみたいな気になってきてセデュの顔が見られない。僕ってこんなに恥ずかしがりやだったっけ? セデュと心置きなくふたりきりでいられるのが、久しぶりだから?
「…あまり可愛いことを言ってくれるな。抑えが効かなくなる」
「あ、そ、外だもんね。うん…」
どこか熱を帯びたようなセデュの声にぞくぞくとなにかの予感が駆け上がって、僕はますます下を向く。どうしよう、セデュの色っぽい声に反応して、またちょっと勃ってきちゃったかもだ。外なのに! バカバカ、鎮まれ、今はパパラッチがいないけど、いつ誰に見られるかわかんないんだぞ…。
「今日は一日オフだ。昼食と夕食は、クロードに部屋まで運ばせよう」
「うん…。…え?」
「夜までたっぷり時間がある。…久しぶりに、お前を愛させてくれないか」
「……、」
頭に血が上ってクラクラする。発熱してるみたいに暑い。つまりそれって、セデュも、僕が欲しかったってこと? わ、わ、わあーどうしよ、嬉しさで空が飛べそうだ。僕は目の下にあるセデュの掌をぎゅっときつく握りしめる。あたたかい。セデュの体温だ。僕の大好きなセデュの。
「夜まで、だったら、何回もできるね。あの、それだったら、いつもみたいに2回とか、3回とかだけじゃなくて…もっといっぱい、していーよ。きみの好きなように、ぼくの身体を使って…」
「…ん」
「どんな過激なやつでも、かまわないよ。普段できないようなプレイも、ぼくなら、だいじょうぶだから…キメセクとかは、きみは好きじゃなさそうだから、おすすめしないけど…でもきみとのセックスは、クスリがなくても、いつもぶっ飛んじゃうから、かんけーないか。道具挿れたりとか、してもいーよ。縛ったりとか、目隠ししたりとか、なんでも…ぼくはNGとかないから。なんでも経験あるからね。スパンキングとか、首絞めとか、あと、あとそれから…」
「ルー、静かに」
密かな声が言って、僕のくちびるにセデュのピンと立った人差し指が当てられる。
思わず見上げたセデュの目は切なげに潤んで僕を見ていた。お月様みたいな飴色の瞳。舐めたら美味しそうな…
「つづきはベッドの中で聞こう。おまえの声をたくさん、聴かせてくれ」
セデュの囁きにふにゃふにゃになっちゃった僕は彼に手を引かれるまま、邸内に戻った。寝室に直行しても、もう何も言えなかった。
それでぼくは、セデュにたっぷり愛してもらった。
久しぶりに身体の準備をして、お水を大量に用意して、お昼と夜ごはんは、クロードにサンドウィッチを作ってもらって、部屋の外まで届けてもらって。性行為の合間に、ベッドの上で食べた。
声が嗄れるくらい何度もして、ぼくが気絶する度に中断して、目が醒めたら再開して、寝室に常備してたコンドームのストックが尽きるくらいの回数、やった。
久しぶりで加減がわかんなくなっちゃったのか、タガが外れたみたいなセデュは情熱的でハチャメチャにエロくて、激しくベッドを軋ませて、ぼくは初めてのときみたいにメロメロになっちゃって、ひたすら喘いで。
セデュは道具も使わなかったし過激なヤツもしなかったけど、お腹にたっぷり出してもらって、コンドーム越しでも、ぼくはじゅうぶん満足した。後半はほとんど、されるがままの、マグロ状態だったけど…セデュも何回も硬くしてたから、満足してはくれたのだと思う。思おう。
それで、翌朝になってシャワーを浴びて着替えるまで、一度も下着を付けなかったんだ。ちょっとすごいだろ?




