第二十七話
私の腕の中でしくしくと泣き続けたルーは、今ようやっと落ち着いて、涙を擦りつけるように私の肩に懐いている。
彼が落ち着いたのを確かめ、ヨランダに寝室に下がることを伝えて、膝から降りるよう彼に囁きかける。不安定になっているルーを刺激しないよう、穏やかに顰めた声で。
「降りられるな? 部屋まで送ろう、酔っているから、今日はシャワーは浴びなくていい。朝までゆっくり休みなさい」
「や。やだ…はなさないでよ、セデュ…」
「……しかし」
「だっこして、はこんで? おねがい…」
「……」
甘えたように懇願されて顔に熱が上がっていく。食器類を片付けるワゴンを用意しつつ微笑ましそうに見守るヨランダにもごもごと夜の挨拶を告げ、私はルーを抱き上げた。
応接を過ぎ、ホールの階段を一段ずつ上がる。ルーの身体は身長に比してひどく軽い。羽のようにとまではいかないが、もう少し食べさせて肉をつけさせなければ。身体を壊しがちな彼が心配だ。
「セデュう、ゆらゆらしてる…ぶらんこみたい、」
「…うん」
「きもちいいな、すごく…」
「そうか」
腕の中でルーは既にうとうとしている。全身の力を抜いて私にすべてを委ね、虚ろな目で私を眺めて、微かに笑う。
ルーを柔らかな夢の裡にいさせてやれるのならば、どんなことも苦ではない。私は夢心地の彼の額に軽く口づけて、また階段を上った。
清潔なシーツに彼を下ろし、夜具を掛けてやってから引き返そうとする私を、彼の手が留める。頼りなげな指先が、夜具からはみ出て、私の袖をシッカリと握りしめていた。
「…どうした、目が醒めたか? 眠りに就くまで、傍にいようか」
「…んーん」
「ルー?」
「そばにいて…ぼくがねても、どこにもいかないで…あさ、めがさめたときに、いちばんにぼくをみてほしい…」
夢見るような口調のままで、彼は強請る。それこそ、5歳のこどもが親に強請るような調子で。
「おね、がい…だめ、かな? やっぱり…」
ふと不安になったような声が掠れて彼の指が外される。夜具にしまい込まれる寸前に私はその手を捕らえて、握りしめる。彼を不安のままにさせてはおけない。そこから救い出せるのなら何だってやる。室内履きを脱ぎ捨ててシーツに膝をつくと、自分で言いだしたことなのに、信じられないものを見るような目でルーは私を見る。
「いいの? ぼくのわがまま…いやじゃない?」
「嫌ではないよ。わたしもお前の近くにいたい」
「ほんと?」
「朝起きた時に、一番にお前の顔を見たい。お前が目覚めたら、最初におはようを言わせてほしい」
「えへへ、うん…」
ルーは力が抜けたように、解けるように笑って、私の胸に頬を寄せる。背中に腕を回し抱き寄せると身体を添わせるようにくっついてくる。ドクドクと鼓動が聞こえる。それがどんどん落ち着いて、やがてルーはその愛らしい唇から寝息を零し始める。
私は彼の、苦悩を忘れ果てたようなあどけない寝顔を、何時間でも見つめていたいと思った。
ぱちりと目が醒める。面前に、薄く開かれた唇が見える。微かな寝息が聞こえる。目を上げると通った鼻筋と、伏せられた長い睫毛が見える。眉間の皺は今は消えて、穏やかな寝顔だ。
そこまで見て、僕は飛び上がった。だって、セデュが、僕のベッドにいる。久しぶりに、僕と一緒に寝てる。きょろきょろあたりを見回す。どう見ても僕の部屋だ。いつもセックスするキングサイズベッドのある部屋じゃない。
なんだろう、僕は昨夜何をしたんだ!? ぜんぜん思い出せない。ダイアナと杯を交わして何杯も飲んだあたりから記憶がぼやけてる。もったいない。セデュとこっそりイケナイことしたりしちゃってたのかなあ!? なんで覚えてないんだ僕! ずるいぞお、昨晩の僕!
「ん、…」
セデュが微かに呻って、ぱちりと瞼を開ける。幼く見えていた顔が精悍さと色気を増して僕を見上げる。
僕は慌ててごしごしと口元を拭う。半開きの口でガーガー寝てたみたいで、涎がかなりの量、顎を濡らしてる。恥ずかしっ…さすがに人前に出せる顔じゃない。目ヤニとかついてないかな? 鏡どこだっけ?
「おはよう、ルー…」
「えあ、おは、おはよ、セデュ…」
きょろきょろ部屋を見回す挙動不審な僕をセデュはとろんとした目で不思議そうに見てる。いや、なんでそんな冷静なんだろう。久々の接触(?)に僕はめちゃめちゃ戸惑っているんだけど!?
「なん、で、きみがここに?」
「…覚えていないのか…」
「え、あ、ぼく、酔ってまた、きみになにか、しちゃったかな?」
まさか、むりやりベッドに引きずり込んだのか? 嫌がって抵抗するセデュを襲って、食べちゃったとか? 「ダイアナがいる、ダメだ」「いーじゃん、やろーよーぼくもうがまんできないよー」「ダメだと言って…こら、どこを触って…ッ、」「えへへーいただきまーす」パクリ。みたいな。
「ごご、ごめん、あの、ぼくほんとにおぼえてなくて…あの、きみの貞操を奪ったのだとしたらほんとうに申し訳ない…セキニンはとるからさ…あの…一生きみをたいせつにするから…」
「貞操? …」
ドサクサ紛れにプロポーズする僕である。僕のケツに違和感はないから、ヤったとしたらそっちかなーって直観での言葉だ。あんまりピンとこないけど…僕はセデュに抱かれたいのであって、積極的かつ大切に彼に触れられたいのであって、抱きたいと思ったことは正直一度もなかったから…。
いやでもわかんないな。僕のことだから、タガが外れたら何をしでかしてもおかしくない。僕は自分を信用していないのだ。あんまりこれまでの行状がひどすぎたので。
「痛くなかった? えっと、どうしよ、ぼくヤったまんま寝ちゃったんだよね? うわあ最悪だ、ゴムもたぶんつけてなかったよね…」
「……。なにを考えているのか知らんが、いや大体想像はつくが、そういったことはない…」
「あ、そうなの? よかった…いやまじで…」
「寝入りばなにお前に乞われただけだ。朝まで共にいてほしいと」
「あっ、そう…ふーん…」
ひとまず僕がセデュに無体を働いたわけじゃないらしいことが分かって僕は心底ほっとする。それと同時に、じわじわ恥ずかしさが込み上げてくる。朝まで一緒にいたいって、なんだそれ。母親に縋りつく赤ん坊でもあるまいし、一人で寝られないのかって話だよ。この屋敷にはダイアナもいるのに。僕だけヌケガケして、セデュに甘ったれてるみたいで、なんだか居心地が悪い。
セデュは昨日着ていた服のままだ。スーツのジャケットは脱いで、ハイネックの臙脂色のセーターとグレーのスラックス。シャワーを浴びずに昼間の服のまま寝るなんて、潔癖症っぽいセデュはきっと嫌だったろうに。僕がむりやり彼をベッドに引きずり込んだのは結局一緒だ。どうしようもないやつだな…。
どうしようもないついでに、セデュとのめくるめく夜を妄想したせいで、僕はちょっと勃っちゃってる。いわゆる朝勃ちってヤツだ。仕方のない男の生理現象だ。セデュもわかってくれるとは思うんだけど、あれやこれやまとめて全部恥ずかしすぎて、僕はベッドの上でじりじり後退る。ちょっと前屈みで。うう、みっともない、なんつーザマだ。昨夜はあんなに良い気分だったのに…。
「ご、ごめんね、誤解して…あっ、ぼく、シャワーあびて、こようかなア…うわ、」
「ルー!」
平衡感覚が崩れてベッドからずり落ちそうになる僕をセデュが引き寄せる。力強い腕に抱き寄せられてドクンと心臓が跳ねる。そのままバクバク、飛び出しそうなくらい鼓動が煩い。ぴったりとくっついた胸からきっとセデュにも伝わっちゃってる。ついでにぴったりくっついた下半身の反応も。セデュの膝が僕のあそこにあたって、僕は微かに呻く。やばいやばい、どんどん硬くなってる。だって久しぶりなんだ、セデュのにおいも、体温も! 仕方ないだろう!? あああ、どうしよう、絶対に引かれてる。恥ずかしいやつだって思われる。セックスのことばっかり考えてるビッチめ。鎮まれ、とっとと鎮まって!
「ルー、おまえ…」
「はな、して…あ、そーだ。ぼ、ぼく、ちょっと、マスかいてこようかなー! なーんて…えへ、へへ…」
セデュに向ける笑顔が引き攣る。もー嫌だ、とっととお風呂に逃げ出したい!
「ひとりでか?」
「へあ? え、それって…」
「手伝いは必要ないか?」
「……」
ぐいとまた彼が僕の腕を引く。僕の手を取って、セデュの胸に触れさせる。ドクドクと脈打つ鼓動は、僕のものと同じくらいか、もしかしたらそれ以上の速さで高鳴っている。
「あ、わあ、すっごい…」
「手伝わせてくれないか」
「ヒエッ」
頭がぐるぐるする。眩暈しているみたいな感じだ。久しぶりだから、久しぶりにセデュに触れられたから、もしかしたらもっと深くまで、触れてもらえるかもしれないから。期待に腰の奥が疼く。思わず膝を擦り合わせてしまう。下半身はもう完全に勃ちあがって、放出を求めてる。
いいのかな、セデュに、出すのを手伝ってもらっちゃっても。いいんだよね? セデュもそうしたがっている、みたいだし。頭の芯がぶよぶよにふやけて、マトモな思考ができなくなってくる。
「浴室に行こう。声は抑えられるな?」
「ふぇぇ…はひぃ」
下半身だけギンギンに勃起して、上半身の方はぐにゃぐにゃになっちゃった僕はセデュに抱きかかえられて部屋に付属しているシャワー室に運ばれる。
浴槽に下ろされて、彼に服を脱がされて、彼もまた同様に衣服を脱ぎ捨てて――室内のくちゃくちゃした水音を誤魔化すようにシャワーのノズルを捻ってお湯を出しっぱなしにして、僕は両手で口を塞いで、セデュは僕の上に屈みこんで――それで、セデュは僕が出すのを、手伝ってくれた。両手で抑えてもどうしても漏れてしまう吐息と嬌声は最後は唇で塞いで、啼いて悶える僕を見てたぶん勃ってしまった彼のものも同様に扱いて、びちゃびちゃになりながら、重なり合って――挿入はしなかったけど、それ以外は結局全部やっちゃった。
ダイアナを泊めてるホストの分際でだ。僕のせいでセデュはどんどんイケナイ男の人になっちゃってる気がする。悪影響ってやつだ。どこのタブロイド紙も触れないけど、それだけは紛れもない真実だ。




