第二十六話
「もお、のめよお、ダイアナ、ぼくばっかりのんでるよお? このおさけ、のみきっちゃうよお? ヒック」
「もうそのへんにしときなさい。呂律が回ってないじゃない…」
「やだねー! もっとのむもんねー! きょうはおいわいなんだよお! いーっぱいのんで、やったーってよろこぶんだあ!」
「…セデュイール、なんとかならないのこのバカは」
「どうにもならんな。まあ久方ぶりのことだ。目を瞑ってやってくれ」
「もう、あなたはコイツに甘いんだから…」
デザート――イチゴのケーキ、レモンシャーベット添え――まで食べ終えてナプキンで口を拭きながら私は苦言を呈す。セデュイールは困ったように苦笑しながら、それでも手酌で杯を重ねているバカを愛おしそうに見つめている。
あのバカは顔を真っ赤にして目をとろんとさせながら杯を離さない。たいして強くもないのに私に付き合って杯を干して、10杯を越えたあたりでこの有様だ。酒に強くないなら無理することないのに、セデュイールのように下戸を貫いても全然かまわないのに――いや、コイツは酒が好きなだけね。酔っぱらってフラフラになる酩酊状態が好きなのよ。ちゃらんぽらんでいい加減な私の親父のように。
「…私は絶対酒好きとは結婚しないわ…結婚相手は下戸に限るわ…」
「ん?」
「こらあダイアナあ! どさくさまぎれにセデュをくどくなー! ぼくのセデュだぞお!」
ふにゃふにゃになってだらしなく背凭れに寄りかかっていたはずのバカが立ちあがって私を指さし喚きたてる。あーはいはいと聞き流す私の態度に怒り心頭に達したのか、がたりと椅子を押して歩き出す。何よ、やろうっての? 受けて立つわよ。喧嘩じゃ負けないわ。あんたみたいな細っこい腕になにができるもんですか――
立ち上がろうとした私はぽかんと静止する。つかつかとテーブルを回ったバカは、落ち着く場所を見つけたとでもいうようにすとんと腰を落とした。セデュイールの膝の上にだ。彼の首に腕を回して、私をじろりと睨みつける。
「セデュはあ、ぼくのだからあ、きみにはあげないんだ…ずえったい、だめらからなあ…ヒック」
「……」
膝に座られたセデュイールは唖然としつつ、それでもバカを振り落とすこともなく戸惑った顔をしている。マナー違反――というか、それ以前の問題というか――をしたあいつを叱るべきなのか、宥めて杯を取り上げ寝かしつけるべきなのか、迷っているような様子だ。
…いやそこは迷わないでよ! 目の前でいちゃつかれる私の身にもなってみて!?
「あんたどこに座ってるの。どきなさいよ…」
「やあだよお。どかないもん。ここはぼくのとくとーせきだもん」
「セデュイールが困ってるじゃない。あんたいくつよ。5歳のコドモじゃないんだから…」
「ぼくはあ、セデュのお、さいあいのあいじんだからあ、いーんですう。セデュだってこまってないもん。ね? そおだよねえ?」
「…いや、それは、…」
セデュイールは掠れた声で何か言いかけ、取り乱したように水を煽り、器官に入ったのか咳込んでいる。…もう、何をやってるの。いつもの冷静なあなたはどこへ行ったの?
「セデュう、ぼくきみがすきなんだあ、ずーっとずーっと、きみだけがすきなんだよ…」
「…けほ、こほっ…」
懐くように真っ赤に染まった頬を擦り寄せられて、セデュイールがわざとらしく重ねて咳込む。あー何を見せられてるのかしら私は。なんだか空しくなってきたわ…。
「私は先に休むことにするわ、あなたたちはごゆっくり…」
「だ、ダイアナ、今回のことでは君にも世話になった。いつか改めて、礼をさせてほしい」
とろんとした瞳のバカに纏いつかれながら慌てたようなセデュイールの声が追いかけてくる。義理堅い人だから、今回の席くらいのことでは私の労苦に見合わないとでも思っているのでしょう。まったく、可愛い人なんだから。
「じゃあデートしてもらおうかしら、今度」
「ああ、そんなことで良いのならいつでも、…」
「だぁめえええ! ずえったい、だめええええ!」
何気なく言ったつもりの言葉にあっさりと返されて動揺したのも束の間、地の底からのような恨みがましい声が絶叫する。腹から声出してやがるわね。こいつこんな声も出せたの。
「セデュはあ、ぼくのだっていったばかりなんだぞお! ダイアナには、あげないんだからなあ! ヒック」
「しゃっくりしながらよくも吠えるじゃない。いつでもそういう風に素直でいたら、もっと可愛げも出てくるんじゃない?」
「どおせぼくは、かわいくないよ! おんなのこじゃないし、おっぱいもないし、こどもだってうめないしっ…」
眦を釣り上げて私を睨んでいたはずの瞳がみるみるうちに涙で揺らぐ。怒り上戸に泣き上戸か。もうつきあっていられないわ。
「おやすみなさい、また明日」
「あ、ああ、おやすみ、ダイアナ、また明日…」
「ほかのひとをみないでよお、ぼくだけみててよお、やだよお、セデュ、すてないで…」
途端にバカに縋りつかれて、セデュイールはおろおろと手の中のバカを見やる。私はくるりと踵を返してぴったりひっついた彼らを後にする。
「捨てるわけがない、私はお前だけいればいいんだ」
「なんでもするから、きみの靴をみがくよ、おそうじだってがんばるよ…」
「お前はそんなことしなくていい」
「ぼくにはなにもするなってこと? ぼくがやくにたたないから? きみをこまらせてばかりだから? ぼく、ぼくは、女中だっていい、なんだってやるんだ、こそだてだって、きみのためなら…」
「ルー、」
「やだよ、ぼくをすてないで、ぼくをおにわにうめないで、ぼくはにんげんだよ、いきてるよ、きみがすきなんだよぉ…」
「大丈夫、もう何も怖いものはない、私がいるよ、だいじょうぶだ…」
支離滅裂なことを喚きたてて泣くルーシュミネの声の後に、宥めるようなセデュイールの声が重なる。バカバカしい。まるで子守だわ。あのひとはあいつの何が良くて、あんな苦労を背負い込んでいるのかしら。もしかしてマゾヒストなの? あの子に振り回されることに快感を覚えているとでもいうの?
…もどかしいけれど、仕方がない。あのひとはあいつを愛しているんだから。手のかかる子ほど可愛いってことかもしれないわね。私にはまったく、理解できないけど。
私は灯りの煌々とついた応接間を抜けて自分のために割り当てられた部屋へと急ぐ。今夜も耳栓が必須のようで、呆れたような溜息が出た。




