第二十五話
「あんたたちの関係は、セデュイールが既婚者だった頃からつづいていたって、考えていいのよね?」
「関係、関係かア…何をもって関係とするのか。哲学的な問題だねエ」
「鬱陶しいわね。さっさと吐きなさい」
空とぼける僕に取り合わず、ダイアナは紙面にペンを走らせる。何が書かれているのか、果てしなく嫌な予感がする。
「あの、いちおう念のため言っておくけど、僕たちは幼馴染で、昔から関係はあったよ。君には話していなかったっけ?」
「…初耳よ。え、なに、じゃあいつから…」
「えーと、僕が5歳で、セデュが11歳だから…もう20年以上前だねえ」
「5歳!? 5歳ですって!? ガキんちょじゃないアンタ! そんな頃からって、嘘、嫌、嘘でしょう!? 冗談よね!? セデュイールが小児性愛者だったとでも言うつもり!?」
「いやいやいや! そういう関係!? 肉体関係ってこと!? んなわけないだろう、常識的に考えてみてよ!」
取り乱して立ちあがるダイアナに僕もアワアワ言い募る。こういう言い争い、前にもしたことがあるな。あれはそう、スイスの療養所だった…。いやあ偏見で見られすぎてるな僕ら。僕らが何をしたってんだ…。ちょっと神様に背いて、男同士で愛し合ってるってだけなのにさ…。
「ち、ちがうのね。よかったわ…じゃあやっぱり、セデュイールが結婚してから?」
「既婚者だったときは、セデュは僕に手は出さなかったよ。離婚協議中に、1回キスしただけで」
「……。じゃあハリウッドに来る前後に?」
「ううん。そのときもまだ」
「……。その話が本当なら、ずいぶん盛られているようじゃない。本当に真実なんでしょうね?」
「真実だよ。わざわざ嘘吐く必要もないだろ。ハリウッドから帰ってー、同棲生活がやっと開始してー、古城でのイザコザがあってー、帰ってきてからな。ちゃんとできたのは。だからえーっと、1年前の5月?」
「……」
ダイアナは金魚みたいに口をパクパクさせてる。僕の告白に、よっぽど驚いたみたいだ。僕だってこんな赤裸々な話をダイアナにするとは思ってなかったけど、全部真実なんだから、隠し立てするほうが気まずい。だから記事に書かれてるような、…結婚中からセックス三昧のドロ沼不倫関係だったなんてわけでは、ないのだ。…心の中は、別だけどね。
「驚かせちゃったかな。あんまり最近だから、おどろいた? …」
「…驚いたは驚いたけど…あんた、それなら、…あの古城でのとき、悪かったわね。本気で捨てられるんじゃないかって、思ったでしょう…」
「え、いや、それはもう、いいんだけど…」
「私だったら気が狂いそうになるわ。恋人で、そんな微妙な関係のときにあんな…あー、酷いことをしてたわね、私たち…」
ダイアナは両手で頭を押さえて呻る。僕がごく最近までうじうじ悩んでいたことなんて知らないはずの彼女は、正々堂々とそう謝罪する。…やっぱりいい子だなあ。曲がったところのない、責任感と正義感の強い女の子だ。僕とは真逆だ。
僕こそ、ほんとは彼女に謝らないといけない。勝手に浮気を疑ってごめんって。彼女がそんなことをする子じゃないって、わかってたはずなのに…。
「その後があの婚約騒ぎで、あんたの入院騒ぎで、今ってことね。よくわかりました」
「ホントにわかった? だいぶはしょっちゃってるけど…」
「記者がどれだけ適当な人種か、事実無根の事柄をどれだけ肥大させ煽情的に書きたてるものか、よっくわかったってこと。ホントに、あんたもセデュイールも、名誉棄損で訴えるべきよ…あのクズどもを…」
「大事にはしたくないなア。それこそ、セデュの名誉のためにも…」
「そんなこと言ったって、…」
ダイアナはふと眉を顰めてまた窓に目を遣る。がやがやとした外の騒ぎが大きくなっている。セデュが帰って来たのか、それともまた新しい火種が投下されたのだろうか。
「…どうするつもりなのかしらね、セデュイールも…」
「さあ…」
それは僕にもわからない。完全にお手上げだ。
このまま手を拱いていたって仕方ない。何かしなけりゃ現状を変えられないとは、思うんだけど。
僕が何かしても、余計な騒ぎを産むだけだろうしなア。僕はただの無力な…セデュの最愛の愛人だってだけだし…。
「えへへ…最愛、最愛だってさ…くふふ」
「またニヤニヤして。気味が悪いわね…」
ダイアナの毒舌ももうさして響かない。メンタルも完全に持ち直した。この調子で、スキャンダルなんてどこ吹く風ってな感じに振舞ってたら、世間の人も飽きて忘れてくれないだろうか?
その数日後、タブロイド紙は新たな報道を開始した。
ある権威ある壮年の俳優の犯したレイプ事件に関する報道だ。有名俳優の世にも悍ましい醜聞だっていうんで各紙は騒然となって連日その報道に明け暮れ、セデュのことに関してはぱったりと沙汰止みになった。
だって、セデュのほうは不倫疑惑があったとはいえ、もうフリーなわけだし、登場人物全員合意の上であることがわかってるしね。非合意のレイプ事件――つまり犯罪だ――とは根本的に異なってる。芸能人の派手な火遊びってな程度のものだ。しかもこれまでスキャンダルの一切なかった優等生のセデュだから、真面目で、業界人にも――共演者にもスタッフにも――評判がよくて、報道陣にもわりと鷹揚なセデュだったから、報道の種がなくなれば、まああのひともちょっぴり羽目を外しちゃったんだろうねえ、ってな具合に、世間の見方も落ち着いてくれた。
万事解決、万々歳だ。祝杯を挙げたいくらいだ。
そうして僕たちは、3人でセデュの屋敷で、小さな祝宴を開いた。クロードの用意する美味しいごはんに舌鼓を打って、パールの買ってきてくれたシャンパンとかワインとかなんか色々お酒の栓を開けて――セデュは水だったけど――ザルのダイアナにつきあって次々杯を干して、僕は最高の気分だった。いい気分で、ちょっぴり羽目を外しすぎた。
だからかな。途中から僕はまた記憶をなくして、気づいたらベッドの中だった。
…僕はまた何か、トンデモナイことをしでかしてなけりゃあ、いいんだけど。




