第二十四話
「ふんふんふーん♪ ララ…」
ベッドに横たわった僕は脚をパタパタ揺らしながら、タブロイド紙を捲る。こいつも外でパールに買ってきてもらったものだ。該当のページはすぐに見つかる。変装した僕とセデュとが抱き合ってる写真が一面に載せられたショッキングな紙面には、毒々しい色の活字が躍る。
その記事によると僕は、『モデルを諦めてメイドになった経歴を持つ、正体不明の赤毛の美女』『レヴォネ氏の最愛の愛人』らしい。ああ、男だってバレなくてヨカッター。僕の変装も捨てたもんじゃない。ただウイッグを被ってフェミニンぽい服装をしただけだけど。一晩遊び歩いてメイクもほとんど落ちてたけど!
この調子なら、ひょっとして、僕は変装してセデュとデートすることも可能なんじゃないかな? 変装したままなら、僕だってバレてないみたいだし、『正体不明の赤毛の美女』が相手なら、セデュが悪く言われることもないだろうし! ダイアナとの仲が三角関係っぽく書かれてるのが気になるけど、そこは、そう、セデュの本命は僕だってことにしてさあ!
えー、なんだか全部うまくいくような気がしてきたぞ。記事の中でセデュがめためたにやっつけられてるのはカワイソウだけど。三股四股…っていうのは、ルージュやパールのことかな。相変わらず下種な発想をしやがる。
性の狂乱…ってのは、あれかな。記者がいる夜に致しちゃってたのが、バレたのかな。それなら事実無根とばかりも言えないけど…。でも断じて、セデュは3Pとか4Pとかするようなやつじゃないんだぞう! 僕と違ってセデュはおしとやかなんだから。清純派なんだから。ん? なんかちょっと違うか。まあいいや。セデュが僕を抱くまで清楚で可憐な童貞君だったってことは僕だけが知っていればいいことだからね!
ダイアナとの仲を疑って悶々としてきた日々が嘘みたいに晴れ晴れとした気分だ。これは、セデュのスキャンダルの中に、僕が入り込めたからかな。今までは全然、締め出されるみたいに無視されてた僕のことが、セデュに影響を与えてるんだって、注目されはじめたから? もしくは、ダイアナとの仲に関する記事の調子が、茶番っぽくなってきたせいかも。
…いずれにしても、前よりもっと悪い立場に追われたセデュの窮状を僕は悦んでしまってるんだ。さいてーだな、自己顕示欲のバケモノかよ。こんなことじゃあセデュにもダイアナにも、呆れられるぞ…。
「最愛の愛人かア、えへへ、最愛の愛人、最愛の愛人…」
「なにニヤニヤしてるのよ気色の悪い。あんたセデュイールのスキャンダルを喜んでるんじゃないでしょうね?」
図星を突かれて振り返るとじっとりと僕を睨みつけたダイアナが扉のところで仁王立ちして腕を組んでた。後ろに雷の幻影が見える。おっかない親戚の叔母さんみたい…。
「そ、そそ、そんなこと、あるわけないじゃない!? 喜んでないよ、とうぜんだよ! こいつめー、セデュのことまた悪く書きやがってこのー」
「あんたホントに演技仕事したことあるの? さぞや監督を泣かせたんでしょうね…」
いちいち図星を突いてくるダイアナだ。でも僕は監督を泣かせてない。どっちかって言うと僕が泣かされた。それはまあいいや。
「なんでダイアナがいるの? 仕事は? セデュはもう家を出たみたいだよ?」
「今日はオフなの。久々のね。外に出てもいいんだけど、いちいち騒がれるのも鬱陶しいし…」
肩に掛かったブルネットを手で後ろに跳ね飛ばすようにしてダイアナが嘯く。ツンとした表情はいつもの彼女のものだ。記事について特別ショックを受けた様子がないのに、僕は内心ホッとする。
「たいへんだよねえ。君は顔も名前も有名だし…どこにいってもじろじろ見られたりとか…」
「お陰様で。無名の作曲家とは格が違いますから?」
「無名ってことはないぞー!? 僕だってちゃんと仕事してるもん!」
「あなたの正体には誰も気づかなかったみたいだけど? 『赤毛の美女』さん」
「それはホラ、僕の完璧な変装のおかげさ!」
「どこが完璧よ、ただウイッグ被っただけじゃないバカバカしい」
「なにおうー!?」
キャットファイトに発展しそうなところを、僕は自分を制御する。相手は女の子だし、貧弱とはいえ僕は男だ、女の子相手に本気で喧嘩するなんて、いけないことだ。深呼吸。よし、落ち着いてきた。
「何しに来たんだよ、そんな嫌味をわざわざ言いに来たの?」
ベッドから降りて室内履きを履いて腰に手を当て、仁王立ちした彼女の前に立つ。こうして見ると、20センチくらい僕より背が低い彼女は本当にかよわい存在なんだって実感する。腕だって細いし。僕とあんまり変わらないけど。太腿は…僕よりちょっと太目だけど…おっぱいが大きくてすごく魅力的な体つきだけど…。
「違うわよ。ちょっとあんた胸を見るのやめなさい! レディに失礼でしょう! 顔を見なさい顔を!」
「わーごめんごめん、無意識だった!」
「まったくこれだからゴミクズ男の相手は嫌なのよ。セデュイールならそんな失礼なことしたことないわよ!?」
「そりゃあセデュは女体に興味ないもん」
「身も蓋もないことを言うなー! まったく、落ち着いて話もできないじゃない…」
ダイアナはハアとため息ついて、ちらりと窓に目をやった、相変わらずカーテンは閉められたままだ。窓の外には、起き抜けに見たけど、昨日以上の人だかりができていた。
セデュの醜聞を嗅ぎつけて砂糖に群がる蟻みたいに、次から次へと記者が押し寄せている。みんな興味津々なんだ、稀代の美男子の私生活に。彼の、で、溺愛する、最愛の愛人に。うふふ…。
「そのにニヤケ面やめなさい鬱陶しいから。今日は、あんたに聞きたいことがあって来たのよ」
「え?」
「入っていい?」
「あ、うん、どーぞ…」
僕が身体を避けて通り道を作るとダイアナはつかつか僕の部屋に入り、隅に置かれていた肘掛け椅子に脚を組んで掛ける。そのまま、ずっと片手に持っていた革表紙の手帳を開いて、万年筆をこつこつ、紙面で遊ばせる。
「なに? 取材? 記者さんの真似事でもするつもり?」
「バカね。遊びじゃないの。…これだけ騒ぎが大きくなったら、あんたたちの内情について…記者たちにとっては私とセデュイールの内情ね。それについて取材される機会も増えるでしょうから…きちんと、聞いておこうと思って。セデュイールの発言と食い違っても困りますし」
「それなら、セデュに直接聞けば? 打ち合わせも兼ねて…」
「嫌よ。あのひとの口からそんな生々しい話…私はまだあのひとが好きなんですからね。あんたは忘れてるみたいだけど」
「忘れては、いないよ、…」
もごもごと僕は答える。忘れてたらこんなにモヤモヤなんてしなかったんだぞって思いだ。…忘れられてたら、もっと僕は幸せだったろうに。




