第二十三話
「――続報が出たわね。酷い書かれようよ。あなたは三股四股上等のクズで、屋敷で毎晩口にもできないような性の狂乱を演じているのですって。女優とメイドを相手にね。ところであなた、時間は大丈夫?」
「30分後に取材があるから、5分前に抜ける。……ダイアナとの仲は事実無根だ」
相変わらず彼は忙しいようだ。その合間を縫って、私との時間を作ってくれたのだろう。
ギャルソンが注文に訪れ、彼はカフェラテを注文する。ミルクのたっぷり入ったそれが置かれると、彼はテーブルの上の角砂糖を4つほど、無造作に投入する。相変わらずの甘党だ。私と別れても、味覚は変わっていないようだ。
私は自分のカップを置き、今朝デスクの上に置かれていたタブロイド紙の該当のページを開いてテーブルに載せて、彼の方に滑らせる。
「この写真の相手、あの子よね? ルーとかいう作曲家…この記事では、女性ということになっているみたいだけど」
「……」
カップを傾け、彼は紙面に目を通す。一面にでかでかと記載されているのは赤毛で長身のあの子を抱き寄せる彼の姿だ。まるで周りを気にしていないかのように、世界に自分たち二人しかいないかのように、彼はルーの肩に頬を寄せ、皺が寄るほどにきつくその背を抱き締めている。
「今までは証拠写真の類はなかったから、ある程度言い逃れもできたでしょうけど…ここまでバッチリ撮られちゃうとね。もはや言い訳も白々しいわね」
「言い訳などしない。私はルーを愛している」
「それが世間に通じればいいけどね。まあ相手が女性と思われているってことが、唯一の救いかしら。あなたも決して相手が男性だなんて、察されるような言動は慎むことよ」
こつこつと紙面を叩く指の音が響く。完璧にネイルの塗られた指を折り曲げて私は紙面の別の個所を指す。
『セデュイール・レヴォネは現在ダイアナ・ローズと映画の撮影中』『メイドへの熱愛は女優の嫉妬に火を付けるか』『果たして撮影に影響は』…
「撮影への影響は、とあるけど。どう? 現場の反応は」
「いつも通りだ。陰では色々囁かれているのだろうが、気にしなければいいだけだ」
「そういうところ図太いのよね、あなたって案外…」
「共演者もスタッフも、俳優の色恋沙汰のスキャンダルには慣れ切っている。私のスキャンダルが出たのは初めてだったから、多少驚かれたくらいか」
「業界人はそうでしょうけど。影響はそこだけに留まらないでしょうね…」
つう、と写真のあなたの頬をなぞる。蕩けそうな目をしちゃって。一体世界中の、何人の女の子が嫉妬に狂って身悶えているか、このひとはわかっているのかしら?
「こんな記事の書きぶりじゃあ、あなたのイメージにも影響を及ぼすわ。しばらくはダーティーな役しか回ってこなくなるでしょう」
「それも仕方のないことだな」
「そこで納得しないで。業界はあなたほどの人材を手放す気はないでしょうけど…今まであなたは、眉目秀麗品行方正な清廉な美男子で通っていたのよ。ここまでイメージを棄損されたら、あなたの人気にも影響するでしょう」
「まわりが勝手に騒いでいるだけだ、私はもとよりそんな人間ではない」
スキャンダルがすっぱ抜かれても彼は平静で堂々としている。店に入ってくるときも、特に変装するでなく、後ろめたそうなそぶりをすることなく。そういう彼のある種の厚かましさというか、図々しさというか…神経の太さは、芸能界で生きる人間としては、とても相応しいものではあるのだろう。あるのだろうけれど。
「あなたひとりの問題じゃあないの。あなたの人気は今や世界規模よ。フランスの映画界を背負っていると言っても過言ではないわ」
「…それは、さすがに過言だろう…」
「いいえ。あなたの失墜は、業界全体に影響するの。もちろん、私の商売にもね」
「……」
彼はどこか遠い目をしている。わたしの言葉が信じられないのだろうか? 謙虚な姿勢は好ましいけれど、謙遜が過ぎるとあなたの価値が落ちる。もう胸張って、一流芸能人でございって顔をしてもいいくらいなのに。まあそういうところも好きなんですけれど!
「あなた、何か打つ手はあるの? あなたのお父上は、何と仰っていて?」
「父の手を借りるつもりはない。記者を買収することを考えているが…」
「訂正記事を出させるの? 証拠写真のない第一報までならともかく、第二報が出た後でそれは、火に油を注ぐ結果になるだけじゃない?」
「そうなると後は、新聞社に圧力をかけるようなやり方になってくるな…」
「それも無駄に敵を作るだけでしょう。…いいわ、私に策があるの。この話は私が引き取ります」
きっぱりと言い切ると彼は驚愕したように目を見開いて私を凝視する。あなたのために私が骨を折るのが、そんなに珍しいことかしら。
「君にこれ以上、迷惑をかけるわけには…」
「言ったでしょう。あなたの凋落は、私の商売にも影響するのよ。これは私のためでもあるの」
「…策というのは、」
「ちょっとね。仕事の関係で、業界の裏事情には詳しくなったから…まあなんとか収められるでしょう。ひとつ貸しね」
「君に累が及ぶことはないか」
「…優しいのね。別れた妻に対して。…大丈夫よ、きちんと手は打ちます」
綻びひとつない完璧な笑顔で言ってやる。彼に貸しを作るのはいい気分だ。有用な女だと、彼に思われるのは気分がいい。あなたの愛を勝ち得られなかった私は、あなたの信頼を得ることで、あなたとの縁を結び直したのだ。
「あの子は元気? また唐突に、消えてしまったりはしていない?」
「…大丈夫だ、今のところは…」
「今のところ、ね。まあ元気ならいいわ。あの子によろしく。もう時間でしょう、会計は私が」
ギャルソンに手を上げて会計の意を示すと、彼が慌てたように腰を浮かせる。
「君の手を煩わせるのだ、私が払う」
「お礼は後でたーっぷり返してもらうから、結構よ。覚悟しておいてね、元旦那様」
がたんと席を立ち颯爽とカウンターに向かう。私は自立した女なのだ。自分で稼いで、自分の好きなものを食べて、好きな服を着て、好きなように生きている。…あなたに実質養われているような、あの作曲家の子とは違うのだ。
一体どちらを魅力的に感じるのかは、あなた次第なのだけど。私は自分の生き方を変えるつもりはない。あなたを愛しているけれど、それとこれとは別の問題なのだ。
私は私のやりたいように生きて、気に入った相手がいれば、再婚もするだろう。
もしあなたがあの子と別れて、私を愛してくれる日が万に一つも来たとしたら、私はあなたと再婚することもあるかもしれない。
未来はわからない、だからこそ面白いのだ。




