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≪第九部≫ウンディーネは日盛りに沈む ―スキャンダル編―  作者: 咲佐きさ


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第十九話

 私たちは結婚した。誰かを求めて得られなくて、絶望し、弱り切ったあなたにつけこむような形で。

 父は私たちの結婚に狂喜し、豪華な披露宴を開いてくれた。各国のセレブが勢ぞろいするような盛大な式だ。こうして披露することで、セデュイールを囲い込む意図も、あったのだと思う。

 揃って出席した彼の両親や妹は、彼の性的嗜好を知っているのかいないのか、とても満足そうに私に接し、祝福してくれた。

 一方セデュイールは素面の時には珍しいくらいにひどくぼんやりとして、祝辞を述べられるたびに機械人形のように感謝の意を述べていた。私に促されて席を立ち、ヴァイオリンに合わせて踊るときにも、その瞳は寂しげに陰っていて、まるで見知らぬ異国にお嫁に出される処女(おとめ)のようだと、私は思った。



 

 それから4年の月日が流れた。彼は毎年のように映画に主演し、押しも押されもせぬ若手実力派俳優として有名になっていた。

 相変わらず性的な接触はない。公の場で腕を組んで歩くことはあったし、公の場でなくても彼はいつでも平静に穏やかに私に接し、いつでも紳士的で、尋常で、私をお姫様のように扱ってくれる。どんなに仕事が忙しくても荒れたり私にあたったりはしないし、それどころか、私の仕事を気遣ってくれる。

 他の女優や男優に目移りすることもなく、結婚生活は平穏だった。愛妻家として評判になるくらいだ。

けれども彼が心の裡を私に覗かせてくれたのは、最後のプロポーズの晩くらいだったのだろう。

 私は彼の妻として全世界の女の子の憧れの的でありながら、深い孤独の淵にいた。



 ある晩、私は初めて彼の寝室に忍び込んだ。

 海が見える場所に住みたいという私の希望で探し当てたマルセイユの豪邸では、私たちは寝室も浴室も別々で、互いのプライヴァシーには干渉しない、というのが、不文律になっていた。

 仮面の夫婦生活だ。タブロイド紙にどんなに美々しく書き立てられても、実態はこれである。

 口づけも性行為もしないと結婚前に言っていた彼の言葉を了承し縋りつくようなかたちで結びついた私は、彼への後ろめたさもあってその夜まで彼に迫ることができないでいた。

 けれどもう、限界だったのだ。私は彼に恋をしていた。彼が欲しかった。抱きしめてほしかった。彼の熱を身体の内側で感じて、共に汗みずくになって、抱き合いたかったのだ。愛してくれなくてもかまわない、肉体だけでもいいから、私に与えてほしかったのだ。

 

 ベッドの上で、彼は微かな寝息を立てていた。安らかな寝顔は、なんの苦悶も感じさせない。苦しみを忘れて、彼は眠っていた。その眠りを破ることに多少の罪悪感はあったけれど、私は足音を忍ばせてシーツをめくり、夜具に忍び込んだ。

 手で彼の下半身を刺激すると彼は微かに呻き、手の中のものは確実に反応を返す。

 不能というわけではないのだ。ならばこのまま雪崩れ込んで致してしまうことも、可能だろう。

 こんなのは同意のない、レイプではないかという思いを私は打ち払って、彼に跨る。着衣のままで下着越しに局部を振れ合わせ、腰を動かしているとぞくぞくと快感が駆け上がる。

 夢中になっていた私は彼が目覚めたことに気付かず、ガバリと身を起こした彼に捥ぎ離されて、やっと正気に返った。

「フェリシア、君は、何て真似を、…」

 はあはあと息を荒げていた私は彼の驚愕の滲んだ声に冷水を浴びせられたような思いで見返す。

 灯りの消えた部屋には月明かりが射していて、ぼんやりと照らされた彼はひどく深刻そうな顔をしていた。眉間には皺が寄っていて、信じられないものを見るように私を見ている。

「…私たちは、夫婦なのよ。だって、おかしいじゃない、…」

「私は君を抱けないと言ったはずだ」

「そんなの、やってみなけりゃわからないじゃない。試してみましょうよ、あなただって、実際、男の人とその、そういうことをした経験が、あるわけじゃないんでしょう? 女性を相手にできないって言うのはただの思い込みかもしれないじゃない。あなたは私を受け入れてくれたんだから、私の求愛を受けてくれたんだから、私たちは番いなのよ。こうするのが自然なの…」

 私が言葉を重ねるたびに、彼の体温が冷えていくように感じる。目を落とした彼の下半身はもう鎮まってしまっていて、彼が私相手に、昂ぶってはくれないのだということを突きつける。

「これ以上話し合っても無益だ。部屋に戻るんだ、フェリシア」

「嫌よ、嫌…ねえ、それならせめて、隣で寝させて。触れてくれなくてもいいわ、寄り添って眠るだけでいいの。もう無理にあなたを襲ったりしないから…」

 涙声になる私に彼は困ったような顔をして、少し考えて――そして優しくてお人好しのあなたは、泣き濡れる私を拒絶できず、私が隣で眠ることを許してくれる。

 寄り添いあって眠る彼は私に背を向けている。艶やかな黒髪と広い背中が見える。それが呼吸に合わせて、規則的に上下する。

 私はどうしようもない恋慕に焦がれながら、あなたの背中をただ見つめる。…




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