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≪第九部≫ウンディーネは日盛りに沈む ―スキャンダル編―  作者: 咲佐きさ


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第九話

「ずいぶん背が高いな、マヌカンかア?」

「ハウスメイドだろ、前に見かけた」

「美女3人侍らせておいて、女優と優雅な生活かよ、羨ましいね」

「まるでハーレムだな」

 下卑た笑い声が記者たちの間に起こる。ひどい侮辱だ。セデュに対しても、まじめに働いてる彼女らに対しても。ムカムカしてキッと睨みつける僕を、パールの腕が留める。

「わたしたちは、大丈夫ですから、急ぎましょう…」

 セデュの年齢に近い、年かさの彼女に宥められて、僕は憤然と屋敷を後にした。ともかく、不審がられずに脱出は成功したんだ、さあ、どこに行こう?




「坊ちゃんの映画が公開になったばかりなんですよお、ルーシュミネ様! それ観に行きましょう!」

 シャンぜリゼの街並みを3人腕を組んで歩きながら久々の外の空気を堪能する。やっぱりいいなア、解放された感じがする! ルージュの元気な誘いにもご機嫌で頷いて、僕は劇場に足を運ぶ。セデュの映画っていうと、あれかな? 『心の旅路』? 『夏の嵐』? どっちにしろラブストーリーだけど、今日の僕は機嫌がいいんだ。セデュのラブシーン観たってへっちゃらだぞう! 嫉妬したりもしないし、ヤキモキしたりもしないからな! だってセデュが愛してるのはこの僕なんだから!!



 ――前言撤回。僕は劇場の椅子に寄りかかってぼんやり画面を観ていた。セデュと、ダイアナの、濃厚な、ベッドシーンを。

 よりにもよって、公開されたばかりの映画ってのは、『危険な関係』だった。一昨年ハリウッドで撮影したやつだ。僕も劇版として参加してる。だから映像に合わせて、聞き覚えのある旋律が終始鳴っている。それはまあいいんだ。仕事をくれたセデュにも感謝してるし。だいたいこの作品への参加を渋っていた彼の後押しをしたのは僕だし――

 なんで後押しなんかしたんだろう。一昨年の僕の気持ちが全然思い出せない。別にセデュが誰とラブシーンやろーがどうでもいいって思ってたのかな。仕事は仕事だしって。別に平気なんだって、自分を偽ってたのかもだ。こんな、本筋ほっぽり出して、セックス、セックス、セックスばっかりの映画。まるでポルノじゃないか。濡れ場が映る度、役席から押し殺した悲鳴が上がる。客席は大入り満員。立ち見が出るほどだ。今話題のビッグカップルの共演映画だ、興味本位の観客も大勢いるのかもしれないけど、皆が皆、息をのんで見つめる。セデュと、入り乱れる女優さんたちの、ラブシーンの数々を。

 それで、まるで謀ったみたいに、トゥルーベル夫人役のダイアナの濡れ場が一番多い。出演時間の半分以上がベッドシーンだ。背中だけじゃなくて乳首もむき出しにして喘いでる。汗に濡れて、恍惚とした表情がアップになる。それからセデュの逞しい上半身が、彼女を揺さぶる力強い腕が、どこか冷めたような、それでいて凶暴な光を宿した瞳が、画面に映って、客席の女の子たちをメロメロに酔わせる。

 絡み合うふたりには既視感がある。僕はそれを見たことがあるんだ。去年のことだ。

 古城のシャンデリアに照らされた大広間で、衆人環視の中で、縺れ合ってキスするふたりを僕は見た。あの広間に充満した生臭いにおい、汗と精液の混ざり合ったにおいを思い出して吐き気がしてくる。僕は隣のふたりに断って席を立つ。画面からは男の興奮を煽り立てるような、ダイアナの途切れがちな喘ぎ声がしている。頭が痛い。ふらふらと覚束ない足取りで、僕は扉を押して廊下に出る。薄汚れ、隅っこに埃が落ちてる廊下には人気がなく、がらんとしていた。

 ごちんと壁に額をぶつけて、僕は目を閉じる。消え去れ、消え去れ、って何度も願う。

 あのときのふたりは、お芝居をしていただけだ。僕を救い出すためのお芝居を。ふたりはそう言っていた。ダイアナは誠実な子だし、セデュだって僕に嘘を吐くはずない。(本当に?)あたりまえだろ、二人がそろって、僕を騙してたなんてことはない、絶対に。(本当に?)ダイアナはセデュが婚約したときだって、僕を助けてくれたじゃないか。ボクがセデュと会えるように、協力してくれたじゃないか。こんなふうに考えるのは間違ってる。(でもあんなに大勢の人を、騙すなんてこと可能なのかな?)(僕だってセデュとセックスのお芝居をしたことがあるよね?)(その時に、本当にいっちゃいそうになったことがあったよね?)(ダイアナがそうじゃないってなんでわかるの?)(セデュがそうじゃないって、なんでわかるの?)(1回か、2回か、もしかしたら、もっとたくさん、ふたりは抱き合っていたのかもしれないって、なんで認めないの?)それが嘘だから、間違いだから、(2週間も毎日セックスのお芝居をしてただけだなんて、そんなこと現実にあると思うの? 僕はどこまでおめでたいの? いい加減認めなよ、ふたりはもしかしたらセフレなのかもよ?)そんなのダイアナに失礼だ。もうやめろ、考えるな、思い出すな。

 ――どうしようもないんだ。もう過ぎたことだ。終わったことだ。過去のことだ。

 セデュがダイアナを連れてきたのだって、昨夜彼が僕を、抱かなかったのだって、みんなこの状況のせいで。

 だから僕はシャンとしてりゃいいんだ。堂々と二人に向き合えばいいんだ。世間様には顔向けできないけど、あの屋敷の中で、セデュの恋人は僕なんだって、胸張っていればいいんだ。それしかないだろ。この悲観主義のマゾヒストめ。セデュは僕を愛してる、セデュは僕を愛してる、セデュは僕を――

「大丈夫ですか? ご気分でもお悪いの?」

 壁に何度も額をごちごちぶつけていたら、おそるおそるといったふうな声と、優しい掌に止められる。

 やばい、人に見られてた。恥ずかしい、みっともない、何か言わなきゃ。

 ぱっと慌てて振り返った先に立っていたのは、僕の知る人だった。

 ――2年前に別れた、セデュの奥さんだった。



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