第3話 葬送
深夜外出禁止法――。深夜零時以降の不必要な外出が認められた場合、禁錮二年、もしくは二十万円以下の罰金が科される。ただし、葬送師は例外とする。また、国あるいは地方自治体による外出認可が降りている場合もその限りではない。
昭和時代に名称が変更、そして改正されたこの法律により、日本では深夜零時以降に出歩く人間はごく少数となった。
丑三つ時になってなお暗夜に覆われた街を闊歩するのは、国家公務員である葬送師か、あるいは命知らずで無謀な一般人くらいだろう。
「ここは……」
「どくろ塾で管理している霊園〈寝魂の園〉だ」
見渡せば、あたり一面に季節外れの彼岸花が狂い咲いていた。
彼岸花は別名、死人花とも呼ばれる。それゆえ荒ぶる魂を落ち着かせ、安眠を誘うと伝えられていた。
真紅の花園と見紛うばかりの幻想的な景観。だが、花園ではなく霊園とされているだけあって、数多の墓石が整然と並んでいる。
森林から去った後、智剣はカガリの車に乗って都内にある小さな寺院に向かった。
その寺院に隣接しているのがここ〈寝魂の園〉であり、カガリたちが葬送した魂が眠っているらしい。
もう一つの聞き慣れない単語に、智剣は薄弱とした声音で鸚鵡返しした。
「どくろ塾……?」
「カガリ先生たちが運営している葬送師育成のための私塾よ。さっき通った寺院がそのどくろ塾の校舎にあたる。私はそこの塾生なの」
「……じゃあ、君とその……カガリ、先生が天花のことを知っていたのも……」
「ええ。天花もどくろ塾の塾生で、私と一緒にカガリ先生の指導を受けていたわ」
つまり、天花は葬送師になるために周囲には黙ってどくろ塾に通っていた。おそらく自分だけでなく家族全員が知らないだろう。
なぜ妹は葬送師になろうとしたのか。なぜ、彼女はその事実を秘匿していたのか。
そして、なぜ天花は死ななければならなかったのか。
「っ……」
両の拳を握りしめ、唇を噛み締める。
やりきれない思いを持て余していると、先導していたカガリが墓前の一つに足を止めた。
「ここが天花の墓だ。まだ名前は彫られていないがな」
綺麗に切り出された灰色の墓石。沙羅が墓石の下にある納骨棺を開けると、カガリが連れてきた純白の魂を智剣に差し出した。
「お前が見送ってやれ」
「え、でも……これは葬送師がやらないといけないんじゃ……」
「本来はな。だが、肉親がいるとなると話は別だ。実の兄がいるっていうのに、血も繋がっていないアタシがこいつを送り出すのは筋違いだ」
「あ、あなたも……天花にとって大事な人だったんじゃないですか……」
智剣の問いかけに、カガリは透き通るように美しい魂を見つめながら小さく答える。
「教え子一人助けてやれなかった不甲斐ない師を、そう思ってくれているのなら……こいつほど器がデカい奴はいないな」
一抹の悔恨が滲んだ呟きを落とすなり、カガリは冷淡な面差しに戻って言う。
「魂があるとはいえ、死者の声が聞こえるわけじゃない。今さら天花の想いを知る術はない。だが、少なくともアタシは大好きな兄貴に葬送してほしいんじゃないかって思う」
「……おれだって、大事な妹一人守れなかった不甲斐ない兄貴ですよ」
「それを言うなら沙羅も同じだ。ここにいる三人全員が、天花を救えなかったことを悔やんでいる。だが、それでも誰かが天花を葬送してやらないと、こいつはいつまでたっても安心して眠れない」
闇夜を照らす月光の如き魂が、己の手に渡る。
「お前も、自分の手で見送ってやりたいだろう」
「……はい」
これが、天花と別れを告げる最期の機会。
世話になっていた師とはいえ、他者が最愛の妹を弔うのを茫然と見守るだけでいるのは耐えられなかった。
「ありがとうございます……」
「当然のことだ。礼はいらない」
口振りこそ冷然としているが、そこには確かに思いやりという名の温かさがあった。
智剣は天花の魂を納骨棺に納めた。
屈託のない眩しい笑顔が脳裏を過る。そのたびに自身の視界が揺らいだ。
溢れそうになったものをぐっと堪え、両目を強く擦る。そこでふと、右肩に柔らかな衝撃が走った。見上げればカガリが漆黒の手を自身の肩に添えていた。
「お前の心残りはアタシが預かる」
アタシが責任をもってこいつを守る。
表情こそ変わらないものの、その紅い明眸のなかで美しい炎が静かに――それでいて煌々と燃えていた。確かな意志と誓いを宿した紅炎が。
智剣が納骨棺を閉じると、墓石に天花の名が刻まれた。
志道天花之墓――。力強い筆跡が彫られ、智剣は目を瞠る。
「地天プリティヴィーの法力で作られた特殊な墓石だ。魂や人骨が納められると、その者の名前が刻まれるようになっている」
智剣が問うより先にカガリが言った。その後、カガリは瞑目して合掌する。沙羅もそれに続いたので、智剣も慌てて同じ格好をとった。
――天花……。
ありがとう。
こんなだめな兄貴を慕ってくれて。いつも支えてくれて。
――でも……。
おれはもっと、お前と一緒にいたかったよ。
お前に……もっと生きてほしかったよ。
どれだけ願っても、大切な人はもう戻ってこない。
魂となった妹にできるのは、安らかに眠れるよう見守ること。そして、死後の安寧を祈ることだけだ。
「これで志道天花の葬送は完了した」
カガリの声音が発せられるとともに、智剣と沙羅は瞼を持ち上げた。
「聞きたいことは山ほどあるだろうが、今日はもう遅い。明日詳しく話してやるから、お前はいったんどくろ塾の客室に泊まれ。沙羅、案内頼む」
「はい。カガリ先生はこの後……」
「ヤツの行方を追う。戻るのは朝になる」
「わかりました」
言って、カガリは颯爽と霊園を後にして闇夜に溶け込んでいった。
「私たちも行きましょう」
沙羅に催促され、智剣は暗澹とした面差しのまま彼女の背を追った。




