第2話 浄火
ウルフカットにされた赤黒の髪に血のように紅い瞳。肌は薄い褐色で、首筋には梵字のタトゥーがあった。白いタンクトップの上からは黒のロングジャケットを羽織っており、同色のズボン、ヒールブーツ、手袋を身に着けている。
闖入したスタイリッシュな美女は、もう一つの人影に目を向けて言う。
「沙羅。こいつを頼む」
「はい」
いつの間にか、智剣の隣には同世代くらいの少女が佇んでいた。
長い銀髪を三つ編みにし、緋色のカチューシャをつけている。ベージュのブラウスに藍色のガウチョパンツというシンプルな出で立ちだが、その春コーデにはそぐわない黄金色の刀を佩いていた。
「危ないからこっちへ」
沙羅と呼ばれた少女は智剣の手を引き、後ろへ下がらせようとする。しかし、天花と思しき髑髏に刃を向ける女性が気がかりで、智剣はその場に留まろうとした。
「て、天花に何をっ!」
「これ以上苦しまないよう、楽にさせてやるんだよ」
女性は淡々と答えるなり、紫煙を髑髏に向けて吐き出した。
すると、紫煙を真正面から受けた髑髏はあろうことかふらふらと上体を揺れ動かし始めた。しまいにはあちこちを彷徨い始め、まるで酩酊しているかのようだった。
「髑髏の様子が……」
「カガリ先生が吸っているたばこは特殊で、線香の成分が含まれているの」
智剣の疑問にすかさず沙羅が答えた。どうやらあの女性はカガリというらしい。
また彼女の返答で得心した。以前、髑髏は線香の香りが弱点だと聞いたことがある。
「あとは任せろ。お前はもう眠れ」
カガリが愛刀を振るおうとした瞬間、智剣は咄嗟に彼女の前に立ちはだかった。
「やっ、やめてください!」
「邪魔だ。どけ」
「あ、あなたたちは葬送師……ですよね」
「そうだ。今からこの髑髏を浄化する」
「まっ、待ってください! この髑髏はっ――」
「天花じゃない」
智剣の言葉を封じ、断言したカガリの声音は冷然としていた。
――この人、天花のことを知って……⁉
「それはもう、お前の大事な妹じゃない」
怨嗟に苛まれるただの亡霊だ。
カガリの一瞥の先には、呻き声をあげながら闇夜を背に踊り狂う骨の異形の姿。
たった一人の妹の姿は見る影もなく、苦しみもがく低声が耳にこびりついて離れない。
「お前自身、こいつを見た瞬間、妹じゃないって思っただろう」
「っ……!」
「お前の妹は天真爛漫かつおしゃべりで、おせっかいな可愛い妹だったはずだ。声は妹のものであっても、恨み言を吐き続けるようなやつじゃなかった」
『兄さん』
明朗な呼声が脳内で反響する。
『もう、また授業寝ちゃって。剣道も大事だけど、勉強もちゃんとしないと卒業できないよ!』
腰に手をあてて正論を言ってくる妹の顔。
『わからないところがあるなら私が教えてあげるから。一緒に頑張ろ! ね!』
人好きのする快活な笑み。
鮮明に思い浮かぶその記憶に、溢れる涙が止まらない。だが、問わずにはいられなかった。
「何で、天花のことを……」
カガリの赤瞳がわずかに伏せられ、彼女は智剣の隣を通り過ぎて髑髏に切っ先を向ける。
「アタシの眷属――手塩にかけて育ててきた教え子だからな」
「眷属……? それに、教え子って……」
「アタシだって不本意だ。あいつの魂に刀を向けるのは」
カガリと天花の関係性とはいったい……。
智剣が掴みあぐねている時、沙羅が彼の肩に手を置いた。
「大丈夫よ。カガリ先生なら、これ以上天花を苦しませずに葬送してくれる」
「君も、天花のことを……」
沙羅は首肯し、やがて視線を伏せがちにして小さく呟いた。
「ごめんなさい。あなたの妹をこんな姿にさせてしまって……」
深い悔恨と謝罪に、智剣は戸惑いながらも疑問に思った。
沙羅が天花を髑髏にしたわけではないというのに、なぜ謝るのだろう。
――助けが間に合わなかったことを謝ってくれてるのか……?
それならば彼女の謝意にも納得がいくが。
智剣が思案するなか、カガリが何か呪文のようなものを唱えた。
「唵 阿哦那曳 喃娑縛訶」
すると、手にしていた赤刀が猛々しい炎を帯び始め、煌々とした輝きを放ち始める。
そのままカガリは赫灼の一刀を振るった。
「火天葬送〈紅蓮繚乱〉」
刹那、火炎の斬撃が放たれて髑髏を覆い尽くした。火炎はたちまち大輪の蓮を形作る。
「あああアアアあああぁぁぁァァァッッ‼」
紅蓮に抱かれて、慟哭の如き喚声が鼓膜をつんざいた。
「天花っ!」
思わず手を伸ばして一歩踏み出されるが、隣にいた沙羅が智剣を留めた。
髑髏がまとっていた暗影は焼き尽くされ、苦悶の雄叫びも徐々に小さくなっていく。紅蓮の花弁が散ると同時に白骨も灰燼と成り果て、浄化された人魂だけがその場に残った。
「天、花……」
頬に涙を伝わせたまま、智剣はその場で頽れた。
沸々と煮え滾るような怒りを抱えていた魂は、真紅から純白へと変わっていた。
カガリは洗練された所作で納刀し、純白の人魂へと歩み寄る。そして、人魂を支えるように手のひらを差し出した。
「帰るぞ」
まるで親が子に言い聞かせるように紡がれた、慈悲深くも哀切な響き。
カガリは天花の魂を手のひらに乗せたまま、智剣たちのもとへ歩みを進める。
「これからお前の妹を葬送する。智剣、お前もついてこい」
自分の名前も知っていることへの疑問さえ浮かばず、智剣は虚ろな眼差しを赤黒の麗人に向けた。
「葬送って……もう、終わったんじゃ……」
「葬送は死者を墓地まで送り届けることだ。魂を浄化するだけ、ましてや髑髏を滅することは葬送じゃない。葬送師というのは本来、魂を浄化して、それをあるべき場所へと送ることが仕事だ」
お前も、妹をちゃんと弔いたいだろう?
問われて、智剣は項垂れるように小さく頷いた。
それを見て、カガリは少女に目をやる。
「沙羅、手を貸してやれ」
カガリの指示に沙羅は頷き、智剣を立たせた。
謎の女性二人に導かれて、智剣は静謐を取り戻した暗夜の森林を後にする。
「天花……」
悲哀と親愛に満ちた呼声は数知れない。
生気を失った悲愴の少年を一瞥するたび、沙羅は胸が押しつぶされそうな罪悪感と心痛に苛まれた。




