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ペストマスクの素顔

 オルドの連撃は止まらない。オルドは杖を巧みに操り、ボンスの防御を崩さんと奮戦する。しかし、ボンスも一切の隙がない。ボンスはふざけた口調だが、狡猾さと戦闘技術を兼ね備えていた。


 そして、オルドがボンスの鉄パイプを勢いよく杖で叩く。鉄パイプが宙を舞い、ボンスから離れたところに落ちた。もうすでに、幾度も続いた攻防によってお互いの腕は限界が近かった。


「おっと、しまった。」


 ボンスは特に慌てる様子はない。ボンスは、今この瞬間、この戦闘を楽しんでいる。オルドの杖が、ボンスへ向けられる。ボンスはヘラヘラと笑いながら両手を上げる。


「どうやら、終わりのようだな。ボンス。」


ゆっくりと、ボンスに近づいていく。背負ってきた、過去。瓦礫の下に埋もれる、自分と友人。自分だけを搬送し友人を置いていった、救急隊。爆発により建物を崩壊させた、ボンス。すべての出来事が、脳内で点と点を結んでいく。腹の奥底からこみ上げる、怒り、疑問、憎しみ、虚しさ、悔しさ。全てが入り混じった、ドロドロとした黒い感情。この感情が、オルドを支配しかけていた。


「…それはどうかな?」


 ボンスは懐からリモコンを取り出す。リモコンを見て、オルドは足を止める。またしてもやられてしまった。あの時と同じ状況だった。


「動くなよ、茶髪。お前が動いたら俺ちゃんはこのリモコンのボタンを押しちゃうぜ~?」


 ボンスはリモコンを軽く振りながらオルドを煽る。オルドはどうすることも出来ず、杖を地面に置いた。


「今だ!!」


 オルドが杖を置いた瞬間、ボンスの飛び蹴りが放たれる。オルドはボンスの蹴りを躱し、ボンスの腹部に重い一撃を与える。ボンスは呻き声を上げ、金網にぶつかった。


「…二度も同じ手に引っかかるとでも。」

「あっはっは…本当に…お前は引き出しが多いなぁ!!」


 オルドはゆっくりと、ボンスへ歩み寄る。近づくにつれ、拳は固く握りしめられていく。その時、ボンスの目が濁り、口角が上がった。ボンスの左手は、ポケットに入っていた。


「…ッ!!?」


 オルドの脳内に最悪の思考が駆け巡る。この男は、まだ終わっていない。この状況で奴が笑うのは、何かがある。直感した。自然と、ボンスの左手に手を伸ばす。この時、ボンスとの距離が縮まる。奴の表情が、一瞬で黒い笑みへと変わる。


「…やっぱ、刑事は勘が鋭いな。逆を返せば、それが仇になんだよッ!!」


 刹那、腹部に焼けるような熱が走る。腹の奥底が熱い。自然と、膝をついてしまった。何が起きたのかがわからなかった。視線を落とせば、銀色の光が自身の腹部に刺さっていた。息を吸うと、痛みが走る。赤いしみが見る見るうちに広がっていく。


「…な、なにッ…!!?」

「アハハハハハハハハハ!!!!!」


 そう、これは罠だった。ボンスは爆破のスイッチを隠し持っていたわけではなかった。オルドの腹部に刺さった、鋭い銀色の光。隠し持っていたのは、ナイフだった。


何故、気づけなかったのか。冷静な判断ができていれば、奴の策略にも気づけたはずだったのに。またしても、奴の方が一枚上手だった。


 オルドはその場に倒れこむ。完全な不意打ちだった。またしても、逃がしまう。またしても、止まった時間を、進めることができない。虚しさと悔しさ、怒りが再び燃え上がる。感情がどんなに燃え上がっても、体は動いてはくれなかった。


「ま…て…!」

「ハハ、哀れだな、茶髪。」


 オルドはボンスの服の袖を掴む。オルドが今出せる、全ての力を込めて握った。ボンスは笑いながら、オルドの手を払った。軽い音を立てて、オルドの前に投げられたリモコン。オルドは悟る。自分は、奴の手の上で転がされていただけだった。


 倒れたオルドを満足そうに見たボンスは、すぐにその場を後にした。先ほどとは打って変わった、その場に漂う沈黙。


 オルドは大きく息を吸い、吐いた。ゆっくりと立ち上がる。腹部が熱い。傷口を押さえながら、ゆっくりと歩いていく。


『…オルド!』


 オルドは目を見開き、後ろを振り返る。後ろには、誰もいない。確かに、友の声が聞こえた気がした。あいつがいるはずはない。頭ではわかっていた。だが、振り向いてしまった。二年前の止まった時間に、まだ囚われてしまっている。


「…あの時も、そう、だった…」


 オルドは壁に手を付きながら、ゆっくりと歩いていた。腹部から流れる血が、道を赤く染めていく。止まれば死んでしまう。足を止めることはなかった。


 その時だった。


「…オルド、さん?」


 聞き覚えのある声。オルドはゆっくりと声の方を見上げる。そこには、あのミント色の髪が見えた。ミストだった。


 ミストは茫然としている。自然と、声をかけてしまった。地面はオルドの腹部から流れる赤で染められていく。足が動かない。どうしたらいいのかがわからない。思考を止めたかった。頭の中が真っ白だ。


「え…は…?なにして…」

「すまないが…ポールの店まで肩を貸してくれないか?」

「…ちょ、ちょっと!オルドさん、血が…!!」

「平気だ。だから、ポールの店に…」

「駄目です!それよりも、病院に…」


 オルドに肩を貸し、ミストは病院の方向へ歩こうとする。オルドは、ミストの肩を掴んだ。


「駄目…だ。今は、きっと、病院も混乱しているだろう…私が行ったらさらに負担が増してしまう…ポールの店だ…頼む。」

「…!!わかりました…」


 ミストは方向を変え、ポールの店に向かって歩く。幸い、爆破の混乱で、他の住民に会うことはなかった。ミストは終始、オルドの様子をしきりにうかがっていた。


 やがて、二人は闇市へやってきた。ポールの店の目の前に来ると、ミストは戸を叩いた。中からは不機嫌そうなポールが現れた。


「なんだ、今日はもう店じま…」

「ポールさん!オルドさんが!」

「あ?ミスト…?」


 ポールの視線が、ミストからオルドの腹部へと移る。ポールの瞼が少し動く。


「…ミスト、入れ。扉を閉めろ。」


 ポールとミストがオルドを担ぎ、二階のベッドへ移動させた。ポールが救急箱を持ってきて、手当を始めた。ミストはオルドの腹部を見つめる。痛々しい傷跡に目を背け、ペストマスクを見つめる。目の前のオルドという人物が、何のために、どうしてここまでするのか。


「…ボンスか。」

「…えぇ。不意打ち、でしたよ…」

「…引退したんだからあまり無茶するなと前から言ってるだろう。」

「…そういうわけには、いかないんです。」

「…フン。そんなことしてたらいつか死んじまうぞ。」


 ポールは吐き捨てるように言い、傷口を消毒した。


「ッ!!」

「動くな。我慢しろ。」


 ポールの処置は手慣れていた。正確かつ素早い。


「ポールさんは、お医者さんだったんですか?」

「ちげぇよ。闇市に住んでると、こういうのが身に着いちまってな。」


 ポールは包帯を巻きながら、小さく息を吐いた。


「昔からすぐに動く癖は変わらねぇな。」

「…そうしないと、逃げられます。」

「自分が死んじまったら元も子もないだろうに。」


 ポールは呆れた様子で、救急箱を片付けに行った。オルドはペストマスクを外し、ただただ天井を見つめる。ミストは食事以外で見たことがないオルドの顔を見つめる。茶髪に琥珀色の瞳。年齢の割に若く見える顔だった。

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