解ける砂糖とミルク
それから、ミストは歯車造機区へたどり着いた。ここでは、飛空艇が組み立てられている。各工場で生産された部品が集められ、ここへとたどり着く。同時に、飛空艇が空へ飛び立つ場でもある。
「わぁ…すごい。」
ミストの視線は、今まさに飛び立とうとする飛空艇に釘付けだった。飛空艇が小刻みに揺れ、歯車が回転する音が聞こえる。子の轟音とともに、勢いよく蒸気が噴き出す。蒸気に視線を移していたら、もう飛空艇は地面から離れていた。飛空艇はゆっくりと上昇していき、前進していく。
「空を飛ぶものか…あれ、空?」
その時、ミストの脳内にある景色が思い浮かんだ。遥か上空を進んでいく、白い金属の物体。そこに、自分が乗っていた。
「えっと…あれ、なんだっけ?」
もう少しで何かを思い出せそうだったが、ミストの記憶はこれ以上戻らなかった。しかし、ミストは僅かな進展を得た。ミストは少し満足そうに、歯車造機区を後にした。
◇◇◇
一方、オルドは店に到着していた。店の看板を「OPEN」に変える。そのまま店に入り、カウンターの椅子に腰を掛けた。そして、今朝の新聞を手に取った。
それから数十分後、店のドアベルがカランカランと音を立てた。オルドは新聞を脇に置き、客を出迎えた。
「いらっしゃいませ。」
「あの…すみません。ここが古いものを引き取ってくださるお店?」
お客は若い女性だった。新聞紙にくるんだ何かを抱えている。その何かは片手で持てるほどの大きさではない。オルドの杖と同じくらいの大きさだった。
「えぇ。見せていただけますか。」
オルドは客を席に案内する。客は慣れていない様子で、一番奥の席に座った。オルドは女性の手を見る。遺物とみられるものを抱きかかえるその手は、震えていた。
「…少し、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?温かいものはいかがですか?」
「え…あ、はい。お願いします…」
オルドは軽く会釈し、戸棚開ける。戸棚にはガラス瓶がいくつも並んでる。中身はコーヒー豆だ。オルドは瓶のふたを開け、香りを嗅いでいく。三つ目の瓶の香りを嗅ぎ、オルドは軽く笑った。
オルドは三つ目の瓶から豆を軽量する。秤の針が静かに揺れ、止まった。
続いて、オルドはミルに豆を入れ、ゆっくりと挽いていく。ミルの心地よい音が、店内に響き渡る。女性は、食い入るようにオルドの姿を見つめていた。
オルドは挽き終えた粉を取り出し、フィルターへ入れる。ケトルに手を伸ばし、細い口から静かにお湯を注いでいく。この瞬間、コーヒーの香ばしい香りが生まれる。オルドはペストマスクの中で静かな笑みを浮かべた。
オルドはゆっくりとお湯を注ぎ、ようやくコーヒーが完成した。出来上がったコーヒーを皿の上に置き、女性の前に置いた。
「…いい香り。」
店内には既に、豆の良い香りで充満している。目の前にコーヒーが置かれると、その香りは一層強く感じられる。
「あまり強すぎない豆を選びました。初めての方でも飲みやすいかと。」
これはオルドの気配りだった。この女性はオルドに緊張しているのではない。この店に緊張している。おそらく、こういう店には入ったことがないのだろう。オルドは入店時からそれに気付いていた。
「お砂糖とミルクはいかがなさいますか?」
「あ…お願いします。」
「かしこまりました。」
オルドは軽く頷き、戸棚から角砂糖の小瓶を取り出した。続いて、温められたミルクの入ったピッチャーを手に取り、それらを女性の前に置いた。
「お好みでどうぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
女性は抱きかかえていたものをカウンターへ置いた。そして、ミルクと砂糖をコーヒーへ入れる。真っ黒なコーヒーの色が段々と茶色へと変わっていく。そして、女性はコーヒーを一口飲んだ。
「…おいしい。」
自然と、笑みがこぼれた。オルドもその様子を満足そうに眺めている。女性の緊張は解け、手の震えはなくなっていた。
「…それでは、拝見しましょう。」
「…はい。お願いします。」
オルドは女性から包みを受けとった。慎重に、新聞紙をほどいていく。そして、中からあるものが顔を出した。それは、銃だった。
「最初は、玩具だと思っていたんです。」
女性は静かに呟いた。確かに、遺物は一見すると玩具のように見える。この時代の銃とは見た目が全く違う。しかし、危険性は遺物の方がはるかに上だ。
「これは…一体どちらで入手されたのですか?」
「倉庫を整理していたら出てきたんです。玩具だと思って子供に渡したら、家の壁に穴が開いてしまって…」
「なるほど…わかりました。こちらは引き取らせて頂くという形でよろしいですか?」
「はい。よろしくお願いします。」
オルドはそっと銃を新聞紙に包みなおし、店の奥へ持っていった。暫くしてから、オルドは再びカウンターへと戻ってきた。その時、女性はコーヒーを飲み終えていた。
「あ、あの…お金を」
「いえ、代金は結構です。今回はサービスですから。」
女性が財布を取り出そうとするのを、オルドは静かに手を挙げて制した。
「またのお越しをお待ちしております。」
オルドは店の外に出て、女性を見送った。普段なら見送ることはないのだが、今日は客が他にいなかったため、最大限の気を配った。




