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二年前に止まったモノ

 朝食を済ませると、ミストは今日も街へ出かける。いつもの肩掛け鞄を持ち、オルドの店の扉を開ける。


「今日はどこへ行くんだ?」

「今日は歯車造機区(はぐるまぞうきく)へ行ってきます。飛空艇があるそうなので。」


 歯車造機区は鋼機街(こうきがい)に属する一つの区画だ。鋼機街は旧歯車街から少し離れたところにある。鋼機街はクロックヘイムの中で最も工場が多い街である。飛空艇、船、時計、そのほかの工業製品といったものは、ここで日夜多くの職人たちによって生み出されている。


「そうか、気を付けて。」


 オルドは店の外へ出て、ミストを見送った。そして、自身も支度を始めた。行先は、現在最も発展している街、新歯車街だ。オルドは店の扉を開けた。今日の営業は午後からだ。扉には「CLOSED」と書かれた看板がそのままだった。


「花屋は…こっちだったな。」


 オルドはポケットにしまった財布があるかどうか確認し、腕時計を見る。時間は午前九時半。まだ、余裕はある。


 オルドは旧歯車街を歩いていく。旧歯車街はすっかり寂れてしまっている。かつては黄金に輝いていた歯車たちは、今となってはただの錆となってしまっている。若者は新歯車街へ移住し、この街の若者はオルドと他に数名だけになってしまった。


 オルドは花屋へやってきた。花屋の店主はオルドを見て、にこやかな笑顔で迎えた。オルドは帽子を上げ、軽く会釈をした。


「いらっしゃい、オルドさん。今日はどの花にする?」

「どうも…おや、今日はスノードロップがあるんですね。」


 オルドの目に留まった、スノードロップ。美しく咲く、白い花。ほかのどの花よりも、オルドの目に留まった。生き生きとした、力強い花だ。オルドはその力強いスノードロップを見て、どこか、寂しさを感じた。


「…このスノードロップを頂いても?」

「はい。スノードロップね。」


 オルドは代金を支払い、スノードロップを購入した。スノードロップは新聞紙に包まれ、オルドへ渡された。オルドはスノードロップを大切そうに抱え、そのまま歩いた。


 やがて、オルドは新歯車街へたどり着いた。新歯車街は若者で溢れかえっている。オルドは迷うことなく進んでいく。そして、目的地が見えてきた。クロックヘイム中央病院だ。


 オルドは病院の受付の前に立つ。看護師と話し、階段を上がっていく。そして、「427」と書かれた部屋に入る。


「…久しぶり。」


 オルドは、ベッドに寝ている男に声をかけた。男から、声は返ってこない。オルドは軽く笑い、隣の花瓶を見た。枯れた花を取り出し、先ほどのスノードロップをそっと入れた。オルドは傍にある椅子に座り、何の気なしに窓を眺める。そこにはあの巨大な時計塔が見えた。


「…あの日から、もう二年が経つんだな。」


 オルドは傍の男に語り掛けるように呟いた。オルドはペストマスクを外し、男にペストマスクを見せてみた。


「お前から貰ったこれ…私は気に入っているよ。はは、このマスクのおかげでお客から驚かれることはあるがね。」


 オルドの語り掛けに、男は沈黙を貫いていた。オルドは再びペストマスクを着け、帽子を深く被った。


「そろそろ…行くよ。」


 オルドはそう言い残し、病室を後にした。この時も、男が話すことはなかった。オルドは病室を出る前に振り返り、拳を固く握りしめた。


 時刻は午前十一時。帰り際、オルドの肩はいつもよりも低くなっていた。店の開店準備があるため、少し足早に帰宅した。


 ◇◇◇


「わぁ、ここが鋼機街かぁ…」


 大型の機械が動く街中で、ミント色の髪の青年が歩いている。ミストは鋼機街の機械を物珍しそうに見つめていた。目の前で轟音を響かせながら動く機械、職人たちの威勢のいい声、油の強い匂い、そして、勢いよく噴き出す蒸気。この光景に圧倒された。


 ミストは街を歩いていく。その時、一人の男とぶつかってしまった。ミストは街を見すぎるあまり、よそ見をしてしまっていた。男は倒れたミストを睨みつける。ミストは恐怖のあまり、萎縮してしまう。


「あ、あの、すみませ…」

「おい、坊主。危ねぇだろうが。」


 男がミストへ近づき、ミストの胸ぐらを掴んだ。その瞬間、その男の手を別の手がつかむ。男は咄嗟にミストから手を離した。そこにいたのは茶髪の若い男だった。


「手を上げるのは良くないな。」

「てめぇ、どういうつもりだ?」

「これ以上暴れるなら、警察署で話を聞こう。」


「警察署」という単語を聞いて、男は一瞬驚いた表情を浮かべた。小さく舌打ちをし、その場からさっと消えてしまった。茶髪の男はミストに手を差し出し、ミストを起き上がらせた。


「あ、あの、ありがとうございます…」

「気にしなくていい。この辺りは気の強い職人が多いから気を付けた方がいい。まぁ、こういう揉め事を解決するのが俺たちの仕事だからね。」

「俺たち?」

「あぁ。俺はクロックワーク中央警察署のネクス・ニューワンだ。少し、話を聞いてもいいかな。」


 ネクスと名乗った男は警察手帳を見せた。


「はぇ…刑事さん、ですか。」

「怖がらなくていい。最近の事件について聞き込み調査をしたいだけさ。行先は?」

「あっ、歯車造機区です。」

「うん、わかった。歩きながら話そう。」


 そのまま、ミストとネクスは歩き始めた。ネクスはポケットから手帳とペンを取り出した。


「新聞に出た事件を追っていてね。快楽爆破魔のボンス・ブラスタンが脱走したことは知っているかい?」

「あ、はい。今朝の新聞で見ました。」

「ボンスは二年前に大規模な爆破事件を起こしたんだ。動機は快楽目的。【クロックワーク大通り無差別爆破事件】だ。知ってるかい?」

「えっと、聞いたことはあります…」

「この事件には遺物が絡んでる。何か最近、怪しげなものを見ていないかい?」

「怪しげなもの…えっと、特には、ない…です。」


 ミストはオルド以外と話す機会がなく、かなり緊張している。目は街のあちらこちらを移動している。ネクスはその様子を鋭い目つきで観察している。


「そうだ、君、今日はどこから来たんだ?」

「あ、旧歯車街からです。」

「旧歯車街か。クロックワーク大通りからは比較的近いな…昔、旧歯車街には腕のいい刑事がいたんだ。」

「そうなんですか?」

「あぁ。その人は俺の先輩だった。俺のあこがれだったよ。なんでもスマートにこなし、丁寧な人だった。正義の信念もちゃんとしてた。」

「それじゃあ、今もその人は活躍してるんですか?」


 ミストの問いに、ネクスは一瞬、足が止まりかけた。すぐにまた歩き始めたが、ネクスの顔はその時だけ、険しい表情になった。


「…いや、その事件をきっかけに辞めたよ。だから俺は、この事件を解決したいと決めたんだ。それに、ボンスは俺の因縁の相手だからね。」

「そんなに凶悪な犯罪者なんですね…」

「あぁ…ボンス自身も危険な奴だが、もっと危険なのは奴が持っているとされる爆弾だ。爆弾そのものが、遺物なんだ。」

「…そういえば、遺物っていったい何なんですか?」


 ミストの、率直な疑問だった。遺物とはいったい何なのか、いつ、何の目的で作られたのか、全く見当がつかなかった。


「遺物は今から二百年以上前に作られた製品だ。【ルミナイト】っていう、エネルギー物質を原動力にして動いてる。このルミナイトが厄介でね。小指ほどのサイズでも驚異的なエネルギーを秘めている。今じゃルミナイトは希少資源となっていて、闇市場で高値で取引されているよ。警察も取り締まりきれないほどにね。」


 その時、遠くの工場で爆発が起きた。ネクスは咄嗟に、ミストに覆い被った。幸いなことに、何かが飛んでくることはなかった。


「爆発か…!じゃ、俺はあそこへ行く。君も気を付けて!!」


 ネクスはそう言って、颯爽と走り去っていった。ミストはその光景を、ただ立ち尽くして見ていた。


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