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エデンの園  作者: ありす
9/21

(9)


 先生がどうしてもと熱心に言うので、“デート”と言うものらしいイベントに、私は付き合っていた。

 映画館……とは名ばかりの、天井もない廃墟で、スクリーンに映し出された映画を見た。

 わざわざコロニーのミラー角度まで変えて、この辺一体を夜のように暗くしてくれたようだけど、ラブロマンスなんか見たって、ぜんぜん面白くない!

 しかも油断していると、先生が私に触ろうと手を伸ばしてくるので、その甲をつねってやった。


 結局、プロジェクターが途中で壊れて、最後まで見ることができなかった。

 あのカップル、どうやって仲直りするつもりだったんだろう……?


 次は公園でランチ。驚いたことに先生は弁当を作って持ってきていた。しかもキャラ弁。

 のりを細かく切って、ピンク色の粉(なんて言うんだっけ?)と、肉そぼろで似顔絵が……これって私の顔のつもり?


「はい、あーんしてください」

「あーん……って、嫌ですよ。恥ずかしい」

「どうしてです?」

「どうしてって……それにこういうのは、女のほうが男にすることじゃないの?」

「……そのようですね。では僕にもしてください。 あーん」

「自分で食べなさい」

「冷たいですねぇ、デートなんですから、もう少しご配慮頂けないですか?」

「私は、デートだなんて思っていません」

「……」

「そんな今にも死にそうな顔は止めて下さい。判りましたよ……はい、あーん」

「あーん。美味しいです、嬉しいです」

「そう? そりゃ良かった」


 こんなことしている場合じゃないと思うんだけど、先生のペースにどうしても流されがちだ。

 私は弁当を半分だけ先に食べてから、先生に残りを押し付けた。


「僕は要りません。全部食べちゃっていいですよ」

「え? でも、先生だって食べなきゃお腹が空いてしまうんじゃ?」

「イヴさんの美しい顔を見ているだけで、胸が一杯になりますから」

「は、恥ずかしいこと言うな!」


 先生が要らないというので、私は残りも全部食べてしまった。

 だって、残したらもったいないし、それにこれは……たぶん食料はとても貴重なんだと思う。


 もともと小さな弁当箱だったから、二人分にしては小さすぎるので、私にとっては丁度良いぐらいだけど、先生本当に食べなくて大丈夫なのかな?


「ねぇ、どうです? 僕のこと、好きになってくれましたか?」

「そんな簡単になるわけないでしょう? 第一その……、私は男だったんだから、そう簡単に男としての意識までは、変えられないのよ!」

「じゃぁ、こうしましょう。僕も本当は昔は女性だったんです。あなたに恋するために、男性の体になって……」


 ばこん! と私は持っていた空の弁当箱で先生の頭を叩いた。


「そんな、とってつけたような話しで納得できるか!」

「ある意味、本当なんですけどねぇ……」

「とにかく! 私は、先生のことまだ何も……」


 そういえば、うかつにも私は先生の個人的な話しをたずねたことが無かった。

 歳はいくつなのか、いつからこのコロニーに住んでいるのか、先生の家族はどうしたのか……。

 私は先生がどんな人なのか、何も知らなかった。

 先生が思っているように、私たちがデートする仲なら、私が先生のプライベートな話を聞いたとしても、それは失礼にはならないだろう。あくまで“先生がそう思っているだけ”だけど。


「ねぇ先生。先生はいくつなの?」

「僕は一人ですが」

「そういうボケはやめて。何歳なのかって聞いているのよ」

「人間の歳で言うと、215歳と9ヶ月ぐらいですか」

「フザケないで! 人間がそんな長生きできるわけ無いでしょう?」

「イヴさんだって、正確には1324歳前後では?」

「違うでしょう! いや、ある意味そうかもしれないけど。私が言っているのはそういう意味じゃなくて……。そうか、先生も再生人間なんでしょう? ALICEかそれとも他の誰かが先生を再生したの?」

「僕の生みの親に相当するのは、ALICEですね」

「と、言うことは、先生も再生人間なんだ。でもALICEはただのコンピュータでしょう? 具体的には誰が……」

「それよりもそろそろ、この場所から移動したほうがいいと思いますよ?」

「待ってよ、まだ話しは終わっていない」

「まもなく雨です。5……4……」

「え?」

「3……2……、1」


 と、先生のカウントダウンにあわせるように、雨が振ってきた。

 雨……なんて優しいもんじゃない。人工環境に降らせる、滝のような散水。


「ちょ……、うぷっ、息が止まりそう!!」

「早く! あの木の下へ!」


 ご丁寧に天井のライトが明滅して、雷鳴まで轟いている……スピーカーからの。


「酷い、ずぶ濡れになったわ。どうすんのよ、これ……」

「だから早く移動しましょうといったのに。地球の雷雨そっくりでしょう? 記録を調べて再現してみたんです」

「私もスペースノイドだから、地球の雷雨がどうかなんて、知らないわよ!」

「でも、シナリオどおりですね」


 と、ニコニコしながら言う。私は体にぺったりと貼り付いてしまったワンピースを指でつまみながら、体についた水滴を手で払い始めた。


「そのままでは風邪を引いてしまいます。さぁ、早く脱いで。そして結ばれましょう」


 と私の背後にまわり、背中のファスナーを下そうとした。


「やめんか! バカモノ!」


 と、速攻で先生の頬を張り倒したが、思ったよりも固い先生のほっぺたに手が痺れた。


「……て、痛ってー。 何てカタさなのよ……」

「大丈夫ですか? イヴさん」

「ドサクサに紛れて服を脱がそうとするな!」

「でも予定ではこの後、僕とイヴさんは……」

「セッ……婚前交渉は、ごめんだって言っているの」

「コンゼンコウショウ……?」

「未婚の男女が、その、アンタが今私にしようとしているようなことをすることよ!」

「ああ、セックスのことですね」


 あからさまに言うな! 恥ずかしい奴め!


「デートしたばかりの男女が、直ぐに寝たりなんてしないのよ!」

「“寝る”……膝枕でお昼寝も、駄目ですか?」

「まぁ、それぐらいなら……って“寝る”ってそういう意味じゃなくて」

「そのままでは、風邪を引いてしまいますね。仕方がないので、そこの連れ込み宿へ」

「“連れ込み宿”って……あんた時々言葉が変だわ」

「はい、たまに間違いを起こします」

「このタイミングで言うか!」

「さぁ、着替えも用意してありますから……」


 確かにずぶぬれの服じゃ気持ち悪い。体を拭いて、着替えたいところだが……


「私に何もしないでしょうね?」

「しては、駄目なんですか?」

「帰る……」


 付き合ってられるか!


「あ、待ってください、イヴさん! そっちは違う方向!」


「もう帰る!」


 部屋に帰ってフテ寝でもしよう。ずぶぬれだけど、ラブホなんぞに連れ込まれるのはごめんだ。


「イヴさん……」


 思わず足が止まる。子犬が鳴くみたいな声を出すな!

 だが……よく考えてみれば、私の部屋に自由に出入りできる先生は、眠っている私を襲うことだって出来るのだ。

 つまりこの広いコロニーに二人きりでは、いつどこでどう襲われるか判らな……☆●◇‘*>!!

 ど、どうしよう……。

 恐る恐る振り返る。


「思い直してくれましたか?」


 どうしよう、いまここで強く拒んで、無理矢理にでも押し倒されたら……?

 どう考えてもこの体格差のある先生に、私の力が敵う筈がない。

 それに、このコロニーから今のところ脱出する手段がないとしたら、男と女、二人きりしかいないわけで……とすると、いつかは先生と……。

 いやいやいやいや、ありえないだろ!

 お、男に抱かれるなんて、想像したくないし!


 結局、懇願されて先生の言う“連れ込み宿”、つまりラブホだな。

 そこに連れ込まれるハメになった。

 半ば強引に連れ込まれた薄暗い廃墟同然のホテルの中。

 変質者に誘拐され犯される少女の気分ってこんな感じかと、半分他人事のように怯えながら歩いていくと、先生が立ち止まった。


「さぁどうぞ、イヴさん。遠慮なさらずに」


 先生が指し示したドアを開くと、そこだけは明るい照明がともっていて、室内もきれいに掃除されているようだった。


「遠慮するのは先生のほうでしょう? 私が部屋から出るまで、先生は外で待っていて」

「そ、そんな……」

「もし、私の着替え中に入ってきたら、先生とはもう二度と口を聞かない!」


 そう宣言すると、私は部屋に入り、内側から鍵をかけた。ついでにチェーンロックも。

 先生には気の毒だけど、私には私の都合ってものがある。

 貞操の危機だけは、なんとしても防がないと。

 

 外観のとおり、ここはもともと普通の住居セルのようだった。

 中は綺麗に掃除されていて、少ないながらも調度品も揃っていた。


「これだけ用意するの、大変だったかも……」


 建物自体、かなり老朽化が進んでいてボロボロだったし、廊下だって薄暗くホラーハウスかと思うような荒れようだった。

 けれどのこ部屋だけは、ついさっきまで使っていたかのように、明るくて清潔で、エアコンも効いていた。

 私は濡れた服を脱ぎ、エアコンの吹き出し口にハンガーを引っ掛けて干した。

 そしてバスルームに入った。驚いたことに、脱衣かごの横には、新品と思しき下着類と服が用意されていた。


「用意周到ね。その努力は認めてあげなきゃね」


 濡れて体に貼り付いていた下着もぬいで裸になり、浴室に入ってシャワーを浴びた。

 水が出れば御の字と思っていたけれど、ちゃんと温かいお湯も出て冷えた体を暖めることも出来た。

 ほどほどに体を清めて、濡れた髪と体をバスタオルで拭き、先生が用意してくれた新しい下着をつけ、明るい色調の花柄のワンピースを纏った。

 姿見の前で、くるりと一回転すると、自分で言うのもなんだが、風呂上りの艶やかな美少女がそこにいた。


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