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エデンの園  作者: ありす
10/21

(10)


「さて、次は……」


 ひととおり身支度を整え終えた私は、次に今現在における最大の懸念事項に向き合うことにした。

 私は部屋の入り口のドアに近づき、声をかけた。


「先生、まだそこにいますか?」

「もちろんです。部屋に入れてくれますか?」

「ヘンなことしない?」

「もちろんです」

「じゃあいいわ。入って」


 ドアの鍵を外して開けると、満面の笑みを浮かべた先生が立っていた。


「やあ、その服着てくれたんですね、とってもお似合いですよ。実に可愛らしい!」

「あ、ありがと……」


 思わず顔が赤くなる。“可愛い”などと言われるのにはちょっと抵抗があるけれど、褒められるのは悪い気がしない。


「先生も早くシャワーを浴びて。風邪を引いてしまうわ」

「僕は風邪なんか引きませんよ?」

「ナントカは引かないって言うけど、そういうわけにも行かないわ」

「必要ないんだけどなぁ……」

「いいから! 濡れた服だって乾かさなければ駄目でしょう?」


 と、私は先生の背中を押して、バスルームに押し込んだ。

 そして、ドア越しに


「ちゃんとシャワーで体を温めないと駄目ですからね!」


と、叫んだ。

 先生がシャワーを使っている間に、濡れた髪をきちんと乾かしておこうと思ってドレッサーの前に座った。

 自分でうまく切る自信が無いから、伸ばしっぱなしの髪もだいぶ伸びた。

 ブラシとドライヤーを使って長い髪を乾かしている自分を鏡で見ていると、やっぱり自分が女になっていることを、強く意識してしまう。


「イヴさん」

「あら、ずいぶんとはや……」


 声をかけられて振り向くと、そこには腰にタオルを巻いた裸の先生が!


「ちょっ! なんてカッコしてんのよ! バスローブぐらい羽織りなさいよ!」

「いえ、どうせ脱ぐんですし、今更恥ずかしがらなくても……」

「ヘンなことはしないって言う約束でしょ!」

「セックスは変なことじゃありませんよ?」

「……雨、やんだかしら?」

「イヴさぁ~ん……」


 ああ、もうそんな情け無い顔しないでよ!


「……はぁ~、もう! あのね、私も男だったから先生の気持ちもわからないではないけど、私にはまだそういう、なんていうか……“超え難い一線”てものがあるのよ」

「僕とじゃ、嫌なんですか?」

「嫌!……と言うわけじゃないけど、今はまだ……その、まだ駄目なの。怖いのよ」

「怖い? 僕がですか?」

「……そうじゃないわ。その、いろんなことが。私はまだ、今の自分の置かれた状況に心の底では受け入れられていないのよ。だって! ……そうでしょ? 何かに襲われて、自分は確かに死んで、その時の恐怖は今でも心に焼き付いている。でも、それから1300年も経ってから、女の体で生き返らされて……。地球もあんなふうになってしまっていて、ここには先生と、他には誰もいないコロニーに、二人っきりなんて現実、辛すぎる……」

「イヴさん……」


 口にすることで、私はあらためてこの過酷な現実を理解した。

 それは止めようもなく悲しくて辛く、寂しかった。

 何も無い宇宙空間に、裸のまま放り出されたような気がした。


「本当は私、もっと前に気がついていた……。世界には私たち二人っきりしかいないんじゃないかって……。でもね、でも……」


 だめだ、泣きそうになる。ぐっとこらえようとしても、女々しい泣き言なんか言いたくないと思っているのに、どうしてこんなに気弱になってしまったんだろう?

 自分がまだ男で生きていたとき、どんなに過酷な状況下でも、EVAで何度も死にそうな目にあっていても、決して諦めずに、現実に立ち向かっていた。

 だから、だから……何だろう?

 現実は……自分は女の体で、何の力もなく、この世界で生きていく術も判らない。

 先生の庇護が無ければ、明日にでも死んでしまうかもしれない、無力でひ弱な少女でしかないのが、今の現実の自分。


 先生はそっと私の肩に手を回し、そっと抱き寄せた。

 先生の、固くてちょっと冷たい感じのする体。

 でも、それでも包まれるような、安心感があるのは……?

 不平不満ひとつ漏らさずに、わがままな私の面倒を見てくれるのも、先生が私を大切に思ってくれているからなのだと理解できる。

 いっそこのまま、先生に身を任せてしまえば楽になれるのかもしれない。

 けれどそれは自分を見失い、放棄してしまうことになるのではないか?


挿絵(By みてみん)


「泣いているんですか、イヴさん……」


 いつの間にか私の目は、涙を止めることが出来なくなっていた。


「イヴさん……」


 肩に回された先生の腕の力が増し、私は抱き合うようにぎゅっと抱きしめられた。

 このまま先生のしたいように、身を任せてしまおうと思った。

 そうすれば、今のこの辛い気持ちも、癒されるだろうと思った。

 けれど先生の手が腰に回されたとたん、体が反応した。

 両手を先生の胸にぎゅっと押し付けて、体を引き離した。

 正面に先生の驚いた顔。


「ごめんなさい! でも、私はやっぱりまだ!」


 私はくちゃくちゃの泣き顔のまま、それでも先生を拒否してしまった後ろめたさに、乱暴に唇を先生に押し付けた。


「今はまだ、これで精一杯なの!」


 そう叫んで、私は部屋を飛び出した。


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