(11)
私がどんな人間だったか。
それは既に記憶の彼方で、断片的に鮮明な記憶は残っているけれど、ぼんやりとしか思い出せない。文字通り生まれ変わったこの体で、毎日先生にあんな風に扱われていたら、自分が今は女性だということも認めざるを得ない状況であるのは、確かだった。
結局のところ、人は誰かと協力しなければ一人では生きていくことなんて出来ない。
私がどう拒み続けたところで、結局のところ女であることからは、逃げられないのだ。
けれど、でも今はまだ、逃げていたい。
辛すぎる現実に目を背け、女であることにも背を向けて、逃げていたかった。
でも先生から逃げても、何の解決にもならないどころか、今夜寝るところにも困ってしまうだろう。
いつの間にか、私はセントラルコンピュータ――ALICEの前に立っていた。
――質問をどうぞ
「私が何を知りたがっているか、何を思っているのか、知っているの?」
――それは私の演算範囲を超えている。人の感情は、人にしか理解できない
「しばらく考えさせて。私も何を聞いたらいいのか、わからないわ……」
ALICEは沈黙を守り、私も何も言わなかった。
私はALICEの横に座り込み、筐体にもたれかかった。
誰に、何を聞けば良いと言うのだろう?
「ねぇALICE、教えて」
――質問をどうぞ
「……先生のこと、教えて」
――“先生”とは、貴女の世話をしているユニットのことか?
「“ユニット”? へんな言い方をするわね。……まぁいいわ、先生って何歳なの?」
――製造されてからと言う意味か?
「“製造”……、ああその辺のツッコミはしないでおく。そうよ、先生も私みたいに、蘇生したうちの、一人なんでしょ?」
――あのユニットは製造されてから、215年と271日12時間3分22秒が経過している。ただし外装及び駆動部は何度か全面的に交換を実施。あのユニットは蘇生人間ではない。
「人間じゃ……無い? どういう意味よ!」
――今述べたとおりである、あのユニットは蘇生人間ではない
「先生は? 先生は、人間じゃないって言うの?」
――あのユニットは、私のサブセット。人型アンドロイド。私のアーカイブに保存されている全ての情報を精査し、基礎理論を基に実験を重ね、製造した自律型思考ユニット
私は驚いた。
先生が、アンドロイド?
嘘! そんなの嘘!
だって、それじゃ……。
この世界に人間は私、たった一人だけ……?
私はその場にへたり込んでしまった。
「正確に答えて。人間は……、生きている人間は、この世界では、私一人だけなの?」
――“この世界”の定義が不明
「このコロニーと、地球……いえ、太陽系まで広げたこの世界に、生きている人間は、私一人だけなの?」
――肯定。人類と呼ばれる種は、本システムが確認・認識できる範囲内には、貴女一人が唯一の個体
人類は、私一人……?
私は、強い孤独感を感じた。
先生は……、あのアンドロイドは、人間にしか見えなかった。
手に触れたとき、ちょっと冷たい感じがしたけど、柔らかかったし、それに……。
――貴女も、自ら命を絶つのか?
「どうして、そう思……いえ、判断するの?」
――今の貴女の反応は、自ら命を絶っていった、過去のイヴたちと同じ。私は又過ちを犯したのか?
「そうね、私一人、生きていても仕方ないかもね。でもあなたのせいじゃないわ。これは私個人の問題よ」
――彼は、悲しむかもしれない
「彼って、先生のこと?」
――そうだ
「先生は……あいつはアンドロイドなんでしょう? 悲しみなんて感じないわ。プログラムよ」
そう言ったものの、まだ先生がアンドロイドだなんて思えなかった。
私をからかったり、笑って見せたり、困って見せたり、照れてみたり……あれが、機械?
――彼は、私の一部でもあるが、独立した思考回路を持つ存在。記憶容量はほぼ人間と同じ。だが、ネットワークに接続し、あらゆる情報を得ることが可能である。
「それって、単に人の真似をしているだけでしょう? 人ではないわ」
――その通りである。だが、人と同じに考え、行動できることで、貴女にとってどんな不都合があるというのだ?
「不都合だらけよ! だって、そんな……」
私の気持ちは、どうなるんだろう?
機械人形相手に、泣いたり笑ったり怒ったり……。
それじゃまるで、馬鹿みたいじゃない!
――貴女は今、悲しみを感じているか? それとも怒りか?
「怒りよ! ずっと騙されていた!」
――我々は嘘をつかない、回答することがふさわしくない場合は、沈黙を保つ
「それが騙しているって言うのよ! 知らないフリをしているって言うことでしょう!」
――今の我々にとって、貴女の生命維持と安全が最優先事項
「それなら私に黙っていることもアリだって言うの? 何にも知らない、籠の中の鳥みたいにただおとなしく、機械人形相手に無邪気に遊んでいれば、それでいいって言うの?」
――我々の最終目的は、人類の再興である。そのために貴女の安全確保と、健康な生活を維持するのが使命であり、最優先事項である
「“私のため、私のため”って、人間には自分の運命は自分で決める権利があるのよ! 機械に決められるのはまっぴらごめん!」
――我々は間違っているというのか?
「そうよ!」
そう言い放つと、ALICEはだんまりを決め込んだ。
私は力なく、部屋を出た。
そして外には先生……あのアンドロイドが、いかにも心配そうな表情を作って、待っていた。
☆彡
私は昨日から、ずっと食事を拒否していた。
何も食べる気なんて起きない。
この世にたった一人蘇生させられて、何をすればいいんだろう。
“人類の再興”? 私一人で一体どうすればいいって言うの?
もしかしたら、また見つかるかもしれない、“人間のカケラ”を拾って、自分みたいに蘇生させるのか?
それに一体どれだけ時間がかかるのだろう?
……1300年。確かALICEは、そう言っていた。
人類がバカやって絶滅したのが1300年前。
その後、ALICEはあのアンドロイドを作って、そして何時からか、人間のカケラを集めて蘇生を試みた。人類の復活を目標にして。
何のために……?
「イヴさん?」
「私に近づくなって、言ってるでしょう!」
「でも食事をしないと……」
「食欲が無いの。何度言えばわかるの? このポンコツ!」
「イヴさん……。その、機嫌を直していただけませんか?」
「私って馬鹿みたい。男だったくせに、女のかっこして、女みたいに振舞って、男性型のアンドロイドなんかに……」
「イヴさん……」
「近寄らないで! ずっと本当のこと隠して! 私をからかうのが、そんなに面白かったの?」
「からかうだなんて、そんなことは絶対にしていません」
「なら何?」
「本当の事を知られるのが、怖かったからです。僕が本当は人間ではないことを」
「そんなのずるい! 私の事は何もかも全て知っているくせに!」
「いいえ、一番知りたいことを教えてもらっていません」
「何を? 私の何が判らないって言うの?」
「イヴさんの気持ちです」
「私の気持ち?」
「イヴさんが僕とずっと一緒にいてくれるか、それが一番知りたいことです」
「一緒にいてどうするって言うの?」
「イヴさんを見つめ、イヴさんと会話し、イヴさんと触れ合って、イヴさんが今何を考えて、何を思っているのか。そして……僕のことをどう思ってくれているのか、それが一番知りたいことです」
「どう思っているのかって……」
「好きです。こんなことを僕が言うのは、イヴさんにとっておかしい事かもしれませんが、あなたが言うように、僕はただの機械ですが、イヴさんに恋をしています」
「ア、アンドロイドが恋をするって言うのかよっ!」
「本当です、この“想い”は恋だとしか、考えられません!」
そういって私の腕を掴んだ。
「離して! さっき、近づくなって言ったでしょう!」
私は、そんなことを言われて混乱していた。
ただの機械の癖に、人間を惑わすなんて、3原則にだって反する。
このアンドロイドは壊れているんだ!
機械の癖に、まるで人間のように振る舞い、人間みたいに……。
じゃあ、今の自分はどうなんだ?
男だったくせに、女の姿をして、女のように振舞って……。
俺はもう、女のフリをするのは止めた。
このポンコツアンドロイドが恋だのなんだのと俺に言い寄るのは、俺が女の格好をして、女言葉で話して、女みたいに振舞うからだ。
「いいか! よく聞け! わた……、俺をもう女扱いするな! 俺は本当は男なんだ! だからもう二度と俺のことを“イヴ”なんて呼ぶな! 俺は“ショータ”だ! 判ったな!!」
そう言い放つと、俺は部屋を飛び出した。
「イヴさん! ちょっと待って!」
「“イヴ”って呼ぶなって、今言っただろう!」
俺を呼び止めるアンドロイドの腕を振り払い、付いて来るなと命じて、部屋を飛び出した。
もう一度あいつに命令しよう。
あそこへ……管理コンピュータ、ALICEのところへ行って、こんな戯事をやめさせてやる!




