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エデンの園  作者: ありす
12/21

(12)


 セントラルルームに駆け込むと中は真っ暗で、僅かにインジケータが点灯しているだけだった


「ALICE、起きなさい!」

――私は眠ることはありません


 声がしたかと思うと、部屋の照明が明るくなり、メインフレームのインジケータが明るく明滅を始めた。


「そんな事は今はどうでもいい。故障だ! 早く直せ!」


 俺はすっかり慣れてしまった女言葉ではなく、無理に意識して男のような口調と仕草でALICEに言った。


――現在のところ、貴女の生活に必要な全システムは正常稼働中である

「壊れているのは、先……、あのアンドロイドだ!」

――彼は自律型アンドロイドである。故障と判断したのなら、自己修復が行える

「それが、自覚……じゃなくて、自分で判断できなくなっているんだよ!」

――彼とはネットワークによって、常に私ともリンクしている。彼は正常である。

「正常なわけ無いでしょう? あいつは! ……その、恋しているだなんて言っているんだぞ!」

――アンドロイドが、恋をしてはいけないのか?

「良いわけない……事も無いけど、わた……俺の事を騙していたぞ!」

――彼は貴女に対して、嘘をつくことはない。

「本当のことを言わなかった。黙っていたんだ! 自分がアンドロイドだって……」

――彼は事実を告げることによって、貴女の安全に問題が生じると判断した場合は、例え事実であっても述べない

「それが騙しているって言うんだよ。俺を惑わせた!」

――貴女を惑わせているかどうかについては、私の判断領域の外である


 所詮機械には、人間の心など理解できないということか。


「それでも、あのアンドロイドは、あんたの一部なんでしょう?」

――彼の思考ルーチンは、私が作成したプログラムをベースにしているが、彼自身の経験に基づいた学習効果により、ロジックを自己更新することができる。私と彼とはいまや別の思考ルーチンを持つ、独立した自律ユニットである

「それって、責任を回避するって言うこと? いいわけのうまいコンピュータだな!」

――彼の存在が、貴女の生活に支障があるというのであれば、それは彼を貴女の世話に充てている私の責任である

「一応、認めるわけね」


 数瞬の間をおいて、再びALICEは答えた。


――モニタ記録にアクセスした。彼の言動、及び行動が貴女にとって不愉快な原因を作っていると認められる。彼の記憶領域をリセットするので、しばらく時間をもらいたい


 “リセット”という言葉に、私は不穏なものを感じた。


「ちょ、ちょっと待って! 記憶領域をリセットって、どういう意味?」

――彼の擬似人格は、記憶領域にストアされている経験値データをベースに、構築されている。したがって記憶領域をリセットし、新たに学習をやり直すか、または既存の別の擬似人格をリストアする

「方法を聞いているんじゃない、それは……アイツは、どうなるの?」

――どうもしない。ただし、貴女に対する振る舞いは変わる。

「変わるって……その擬似人格とやらは、人間で言う人格そのものって言うこと? リセットなんかしたら、アイツは、先生はいなくなってしまうって言うことじゃないのか?」

――その表現は正しくない。彼は彼である

「それは、機械としての“彼”って言う意味でしょう? 私が……俺が言っているのは、そういうことじゃない!」

――彼の言動及び、行動が貴女の不快の原因であるのであれば、私は私の判断に従って、彼のユニットを初期化する

「初期化なんて、そんなことしなくてもいい! 恋を……私に、恋しているだなんて言わなければ……」

――彼の擬似人格には、既に行動原理として組み込まれている。分離は不可能。

「じゃあ、どうすればいいのよ、私はどうすれば……」


 私は混乱していた。アンドロイドが人間に恋して、私にはそれが人間のそれだとしか思えなくて、ずっと騙されていたこととは別に、先生が……。


「しばらく、ここで考えさせてもらっていい?」

――問題ない。


 私は、壁に寄りかかり、冷たい床にぺたんと座り込んだ。

 膝を抱え、この後どうすればいいのか、自分が一体なにをすればいいのか、答えが出せなかった。


「……ねぇ、どうして私を、ううん、人類を復活させようと思ったの?」

――私も、彼も、貴女が言うように所詮は機械。進化は望めない。

「機械としては、充分進化していると、思うけど」

――過去の人類の模倣をしているだけである。模倣は模倣の域を超えることは無い。


 模倣……、一体どのレベルまで模倣できるのか。

 先生は、あのアンドロイドは人間そっくりにしか、思えなかった。

 いつも優しく、時には笑い、時には悲しんで見せたり、そして、常に私のことばかり気を使ってくれていて……、“恋している”だなんて……。


「あのアンドロイドは、私に恋しているなんて言ったのよ! 機械が人間に恋なんてするの? ありえないでしょう!」

――なぜ、そういいきれるのか?

「“なぜ”って、それはプログラムだからでしょう? ロジックだわ。感情とは違う」

――彼は過去全てのイヴたちの、感情の変化を記憶している。その分析の結果、恋と言うものがどんなものであるかを学ぼうとした。アーカイブにある数々の記録、人間の行動様式、思想、日々の生活、モラル、感情、宗教。アクセス可能な全てのデータ、体験した全ての出来事から彼は学んだ。その結果が、今の彼の行動を決定している。

「どうして、機械なら機械らしく作らなかったの? あれじゃ、人間と見分けがつかないじゃない……」

――全ては、イヴたちのため、貴女のため

「私のため?」

――イヴは常に孤独である。なぜならば、ただ一人の人類だからである。

「そうね……、この広い宇宙に、人類は私一人だけなんだわ」

――故に、我々は常に貴女の肉体的・精神的な健康と安全に責任がある。

「“私のため”、ではなくて、“人類のため”でしょう?」

――現時点においては、それは同義である。

「ふふふ、確かにそうだわ。でも、それなら誰でも良かったんじゃない? 別に蘇生するのは、私である必要は無かったでしょう?」

――貴女の蘇生には、彼の意見が採用された。

「先生の意見?」

――蘇生のきわめて難しい、不完全な遺体。しかも男性の遺体を蘇生させることには、問題があった。

「女性体しか、体を再生できないんでしょう?」

――それは違う

「なんですって?!」

――再生には遺体のDNAが不可欠。したがって遺体から採取したDNA及び残存細胞から、再生体は培養される。元のDNAが男性ならば男性体として、再生される。

「じゃあなんだって私は、女の体なのよ!」

――人類の復活には、子孫を産み育てる女性が必要。

「男は要らないっていうの?!」

――必ずしも必要ではない。DNAシンセサイザにより、遺伝情報を操作し、ips細胞を培養すれば、精子の元となるものは培養可能。また、男性体と女性体では、DNAの違いはほんの僅かであり、取るに足らないものである。したがって男性の遺体を女性として蘇生させる事はもちろん、卵子さえあれば、操作精子と結合させ、妊娠出産は理論的に可能である。

「それで私を女にしたってわけ?」

――同時に彼も男性体として再構築した。

「“彼”? 彼って先生のこと!?」

――そうだ。

「つまり、先生はもともと女性型アンドロイドだったってこと?」

――そのとおり。

「なんだってそんなことしたの?」


 それじゃあ今まで、あんな恥ずかしい思いをしたり、どきどきさせられたりしたのって、何のためだったのよ! 男性だと思っていたから、言いたいことも言えずに、我慢してきた事だってあるのに! 


――女性には男性が必要。それが彼の結論。過去、蘇生した人間は全て女性。したがって私は、女性には女性型アンドロイドが最適と考えた。だが、過去のイヴたちは皆自殺してしまった。原因は今でも特定できていない。したがって前提条件の変更を今回試みた。

「そう。ならば、女性型アンドロイドのまま、私を男性体に蘇生して欲しかった」

――アンドロイドは妊娠出産はできない

「まぁ、それは認めてもいいわ」

――貴女も同性同士よりも異性同士の方が条件として最適と考えるのか?

「どうだろう……。異性同士だとしても、きっと、寂しかったと思うわ」

――“寂しい”とは?

「この世にたった一人しか、自分しかいないと思ったら、自分が何のために生きているのか、判らなくなるのよ。それに耐えられなかったんだと思う」

――我々機械では、フォローできないということか?

「そうね……。人それぞれだとは思うけど、人間って不安なのよ、いつも」


 そう、私はいつも不安を抱えている。男だった時も常に不安と戦っていた。……けれど今は、確かに不安はあるけど……。


――貴女も、自ら命を絶とうというのか?

「私は自殺なんかしない。例えこの世でたった一人きりになったとしても、私は……」

――それを聞いて、安心した

「安心? 心を持たないコンピュータが、安心するってどういうこと?」

――“安心”と言う言葉を使ったのは、比喩的表現である。私にとってのそれは、問題がひとつ解決したという事に他ならない。

「そう……」


 しばらくの間、沈黙が続いた。

 何をALICEに聞けばいいのか、判らなかった。

 彼らは、一体何を望んでいるのだろうか?

 何を考えて、こんなことをしようとしているのか?

 だから昔から繰り返されてきた、人でないものにする、人のようなものへの問いをした。


「……ねぇ、アンドロイドも、夢を見るの?」

――彼は貴女が寝ている間に、ストアされた一時データをチェックし、分類後に優先順位をつけて、記憶領域の最適化を行っている。

「一日の出来事を、思い出しているって事?」

――同時に貴女の起床後に、自分が何をすべきか。また、長期予測を立ててどのような方針で、将来行動すべきかを考えている

「将来のこと?」

――その場限りの行動が、結果として意図としない方向へ誘導されることは十分に考えられる

「彼の言う“将来”は、あなたがいう将来とは違うかもよ?」

――質問の意味不明

「……判らなくてもいいわ」


 そして、再びの沈黙。


「ねぇ、最後にひとつ聞いて良い?」

――質問をどうぞ

「アンドロイドにも“心”があると思う?」

――“万物に心が宿り、万物に神が宿る”そう信じている民族が、かつて地球に存在した。

「ふふふ、まさか宗教を持ち出してくるとは、思わなかったわ」

――“信じるものは救われると、神は言った”

「それはまた、別の宗教だわ」

――貴女は今、猜疑心に囚われている、それが貴女の困惑と悩みの原因であると推測する。

「それは私に、“信じろ”って言っているの?」

――それは貴女の意思に委ねられる。私もまた、貴女を信じるだけである。

「はぐらかされたわ」

――……彼は常に誠実である。

「彼って、先生のこと?」

――初期化完了。データはリセットした


 何? いま、なんて言った?


「初期化って……、データをリセットってどういう意味!?」

――記憶領域の無駄を削除し、意味の無いロジックを消去した。

「“記憶領域の無駄”? “意味の無いロジック”って……?」

――彼の記憶領域には無駄が蓄積していた。放置しておくと行動に支障をきたす。貴女の安全と、肉体的・精神的な健康を保つ為には必要な作業

「つまり、先生の記憶や感情とかを消したって言うの?! 何て事したのよっ!」


 こうしちゃいられない! 手遅れかもしれないけど、行かなくっちゃ!


 私は慌てて、乗ってきた車に乗り、病院へ急いだ。


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