(8)
セントラルルームのある建物から外に出ると、先生が待っていた。
「どうでした? 知りたい事はわかりましたか?」
「駄目、管理者特権が必要だとか言われちゃったわ」
「管理者特権?」
「ええ。先生、知ってる?」
「……いえ、知りませんけど」
一瞬の間があったのは、なんだったんだ?
まぁ、仮にトボケられていたのだとしても、口を割りそうはないだろうし……。
「用が済んだのなら戻りましょうか? ここは殺風景だ」
全く済んではいないけれどね。
出直すしかないか……。
帰りの車の中、私は先生に駄目もとで尋ねてみた。
「ねぇ、先生。“ALICE”は私のこと、“999番目のイヴ”って言っていたわ。そして、“38番目の完全な人類”とも……。私の前の人たちは、どうして死んでしまったの?」
「それは……、理由は私にもよくわかりません。けれど、原因は知っています」
「何よ」
「ALICEです。彼女達はみんな、ALICEから何かを聞きだして、それで死んでしまいました」
「ALICEから? “ザラキ”でも唱えられたの?」
「なんです? それ?」
「……今のは忘れて。ALICEは一体、何を言ったのかしら? 私が知ろうとしていることと、何か関係があるのかしら?」
「何を聞いたのですか?」
「このコロニーに、人類は先生と私だけなのか?って」
「そうですか……」
「先生は、教えてくれないの?」
「それは……、私にも判りません」
“判りません”? 前に“答えられない”と言う意味のことを言わなかったっけ?
「先生、もしかして病院には、医者は先生しかいないの?」
「……ええ、私だけです」
「ALICEのところへ行くまで、そして今この帰り道にだって、私たちのほかに誰も見かけなかったわ。本当は、このコロニーにいるのは、私たちだけなんじゃないの?」
「……隠し通すことは、無理のようですね。その通りです」
「そうなんだ……」
私は、シートの上で膝を抱えた。
そう、本当はなんとなく、そうじゃないかって思っていた。
このコロニーの寂れようは、ただ事じゃない。
でも、先生と二人きりしかこのコロニーにいないのだとすれば、それも納得できる。
地球はあんなだし、コロニーはこの“エデン”ひとつだけ。月面の基地や静止軌道にある宇宙ステーションはどうだったかしら……? ううん、いずれも人が長期間生活できるような設備は無い。大規模な水のリサイクル設備や大気調整プラントに、食料まで生産できる場所は、ここ以外には無い筈。
でも、一人ぼっちじゃないだけ、まだ良かった。
運転席の先生を見つめると、先生は車を止めて私を見つめ返した。
「どうか、しましたか?」
「世界に私たち二人っきりかぁ、って思ったの……」
「寂しいですか?」
「そうね。でも、私が生き返るまでは、先生一人きりだったんでしょう?」
「そうですね」
先生はたった一人になってもがんばって、そして私を蘇生してくれたんだもの。
寂しくて辛いなんて、いっていられない。
だからこれからは、先生と二人でこのコロニーを、世界を守っていかなきゃ。
この時の私は、ALICEや先生の言葉の意味を、まだ正確には理解していなかった。
☆彡
午後、私はぼんやりと部屋のベッドで、昔の本を読んでいた。
ALICEからの帰り道、偶然通りかかった朽ちかけた本屋で見つけた本。
何か昔のことがわからないかと思って、週刊誌のように見えたそれを拾ってきたのだった。
本当なら、こんなところで悶々としていないで、外へ出て探索の手を広げたい。
けれど生理がまだ終わらなくて、薬を飲んでいても時々痛むのだ。
あーあ、ホント、何でこんな体にしてくれたんだろう?
慣れない下腹部の痛みに滅入っていると、先生が入ってきた。
「恋をしませんか? 私と」
「はいー?」
唐突な先生の言葉に、私は間抜けな声を出してしまった。
「恋をしましょう」
「誰と?」
「僕と」
「誰が?」
「イヴさんです」
「私と?!」
「そうです」
「だ、だ、誰と?」
「僕とです。お嫌ですか?」
「わ、私は今はこんなだけど、男だったのよ? せ、先生と恋だなんて、オ、オトコ同士で……」
うろたえている私の隣に、先生が腰掛けた。
「イヴさんこの前言っていたじゃないですか、“女になる覚悟を決めた”って」
「い、イや、そんなこと……言った気がするけど、そういう意味じゃない!」
「この世界に僕たち二人きり。僕はあなたに恋をします。イヴさんも私に、恋してくれませんか?」
「や、やめろ! 手を握るな。その、キモチワルイ……」
「生理痛ですか? 診ましょうか?」
だから、そのデリカシーの無さを何とかしてくれ!
「い、いや、大丈夫だから、寝てれば治る。さっき耳鳴りがして、聞こえてはいけないものが聞こえた気がするけど、痛みのせいだと思うから……」
私は読んでいた本を閉じて、毛布を被った。
私の調子がすぐれないのを見て取ったのか、その日は一日なんとかごまかせた。
しかし、その翌日以降も先生のモーションは続くのだった。
先生と二人で世界を守っていくと決めたけれど、私が思っていたのはそういうことじゃないんだけどなぁ……。
☆彡
「イヴさん、良くなったのなら出かけましょう。デートしましょう」
生理痛を理由に、先生のアプローチをごまかし続けていたが、さすがに一週間も経つとそうも言えない。
第一、ずっと寝てばかりじゃ、こっちも参ってしまう。
デート、と言うのには引っかかるが、気晴らしついでにコロニー内を探索するのは悪くない。
「判ったわ。それで出かけるって、どこへ出かけるのよ?」
「まず、イヴさんに可愛い服に着替えてもらいます」
まぁ診察着のままじゃ、確かにおかしいわな。
「それで?」
「二人で映画を見ます」
「映画って、この部屋で?」
先生が回線を引いてくれたおかげで昔のデータライブラリ、つまり映画のビデオなんかもこの部屋の端末で見ることができる。
「実は、まだ稼動する映画館を見つけたのです。そこへ行ってみます」
「うん、それで?」
「ウィンドウショッピングをします」
「あの廃墟の街で? まぁいいけど」
今のところ、先生がどこからか持ってきてくれるので、最低限の日用品に困ることは無いが、何か役に立ちそうなものを見つけられるかもしれない。
「次に公園へ行きます」
「ああ、オアシス区画のことね。それで?」
「芝生の上でランチにします」
「誰がお弁当を用意するのかは、置いておくとして、それで?」
「木の下で愛を語り合って、ムードを盛り上げます」
公園へは行かずに、まっすぐ帰ったほうがよさそうだな。
「それで盛り上がったところで、突然の雷雨に驚いて、ホテルに逃げ込みます」
聞いてねぇよ。ピクピクッとこめかみに痛みを感じながらも、話の続きを促す。
「濡れて冷えた体を温め、そして二人は結ばれます」
「ほうー」
誰と誰が結ばれるって? よくも言ってくれたな、このエロ医者め!
「どうです? イヴさんとの初デート、とても楽しみです。さぁ、早く着替えましょう」
生理痛も未経験の苦しい痛みだったが、今感じている頭痛も相当なものの様な気がした。




