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エデンの園  作者: ありす
8/21

(8)


 セントラルルームのある建物から外に出ると、先生が待っていた。


「どうでした? 知りたい事はわかりましたか?」

「駄目、管理者特権が必要だとか言われちゃったわ」

「管理者特権?」

「ええ。先生、知ってる?」

「……いえ、知りませんけど」


 一瞬の間があったのは、なんだったんだ?

 まぁ、仮にトボケられていたのだとしても、口を割りそうはないだろうし……。


「用が済んだのなら戻りましょうか? ここは殺風景だ」


 全く済んではいないけれどね。

 出直すしかないか……。

 

 帰りの車の中、私は先生に駄目もとで尋ねてみた。


「ねぇ、先生。“ALICE”は私のこと、“999番目のイヴ”って言っていたわ。そして、“38番目の完全な人類”とも……。私の前の人たちは、どうして死んでしまったの?」

「それは……、理由は私にもよくわかりません。けれど、原因は知っています」

「何よ」

「ALICEです。彼女達はみんな、ALICEから何かを聞きだして、それで死んでしまいました」

「ALICEから? “ザラキ”でも唱えられたの?」

「なんです? それ?」

「……今のは忘れて。ALICEは一体、何を言ったのかしら? 私が知ろうとしていることと、何か関係があるのかしら?」

「何を聞いたのですか?」

「このコロニーに、人類は先生と私だけなのか?って」

「そうですか……」

「先生は、教えてくれないの?」

「それは……、私にも判りません」


 “判りません”? 前に“答えられない”と言う意味のことを言わなかったっけ?


「先生、もしかして病院には、医者は先生しかいないの?」

「……ええ、私だけです」

「ALICEのところへ行くまで、そして今この帰り道にだって、私たちのほかに誰も見かけなかったわ。本当は、このコロニーにいるのは、私たちだけなんじゃないの?」

「……隠し通すことは、無理のようですね。その通りです」

「そうなんだ……」


 私は、シートの上で膝を抱えた。

 そう、本当はなんとなく、そうじゃないかって思っていた。

 このコロニーの寂れようは、ただ事じゃない。

 でも、先生と二人きりしかこのコロニーにいないのだとすれば、それも納得できる。

 地球はあんなだし、コロニーはこの“エデン”ひとつだけ。月面の基地や静止軌道にある宇宙ステーションはどうだったかしら……? ううん、いずれも人が長期間生活できるような設備は無い。大規模な水のリサイクル設備や大気調整プラントに、食料まで生産できる場所は、ここ以外には無い筈。

 でも、一人ぼっちじゃないだけ、まだ良かった。

 運転席の先生を見つめると、先生は車を止めて私を見つめ返した。


「どうか、しましたか?」

「世界に私たち二人っきりかぁ、って思ったの……」

「寂しいですか?」

「そうね。でも、私が生き返るまでは、先生一人きりだったんでしょう?」

「そうですね」


 先生はたった一人になってもがんばって、そして私を蘇生してくれたんだもの。

 寂しくて辛いなんて、いっていられない。

 だからこれからは、先生と二人でこのコロニーを、世界を守っていかなきゃ。


 この時の私は、ALICEや先生の言葉の意味を、まだ正確には理解していなかった。



  ☆彡



 午後、私はぼんやりと部屋のベッドで、昔の本を読んでいた。

 ALICEからの帰り道、偶然通りかかった朽ちかけた本屋で見つけた本。

 何か昔のことがわからないかと思って、週刊誌のように見えたそれを拾ってきたのだった。

 本当なら、こんなところで悶々としていないで、外へ出て探索の手を広げたい。

 けれど生理がまだ終わらなくて、薬を飲んでいても時々痛むのだ。

 あーあ、ホント、何でこんな体にしてくれたんだろう?

 慣れない下腹部の痛みに滅入っていると、先生が入ってきた。


「恋をしませんか? 私と」

「はいー?」


 唐突な先生の言葉に、私は間抜けな声を出してしまった。


「恋をしましょう」

「誰と?」

「僕と」

「誰が?」

「イヴさんです」

「私と?!」

「そうです」

「だ、だ、誰と?」

「僕とです。お嫌ですか?」

「わ、私は今はこんなだけど、男だったのよ? せ、先生と恋だなんて、オ、オトコ同士で……」


 うろたえている私の隣に、先生が腰掛けた。


「イヴさんこの前言っていたじゃないですか、“女になる覚悟を決めた”って」

「い、イや、そんなこと……言った気がするけど、そういう意味じゃない!」

「この世界に僕たち二人きり。僕はあなたに恋をします。イヴさんも私に、恋してくれませんか?」

「や、やめろ! 手を握るな。その、キモチワルイ……」

「生理痛ですか? 診ましょうか?」


 だから、そのデリカシーの無さを何とかしてくれ!


「い、いや、大丈夫だから、寝てれば治る。さっき耳鳴りがして、聞こえてはいけないものが聞こえた気がするけど、痛みのせいだと思うから……」


 私は読んでいた本を閉じて、毛布を被った。

 

 私の調子がすぐれないのを見て取ったのか、その日は一日なんとかごまかせた。

 しかし、その翌日以降も先生のモーションは続くのだった。


 先生と二人で世界を守っていくと決めたけれど、私が思っていたのはそういうことじゃないんだけどなぁ……。



  ☆彡



「イヴさん、良くなったのなら出かけましょう。デートしましょう」


 生理痛を理由に、先生のアプローチをごまかし続けていたが、さすがに一週間も経つとそうも言えない。

 第一、ずっと寝てばかりじゃ、こっちも参ってしまう。

 デート、と言うのには引っかかるが、気晴らしついでにコロニー内を探索するのは悪くない。


「判ったわ。それで出かけるって、どこへ出かけるのよ?」

「まず、イヴさんに可愛い服に着替えてもらいます」


 まぁ診察着のままじゃ、確かにおかしいわな。


「それで?」

「二人で映画を見ます」

「映画って、この部屋で?」


 先生が回線を引いてくれたおかげで昔のデータライブラリ、つまり映画のビデオなんかもこの部屋の端末で見ることができる。


「実は、まだ稼動する映画館を見つけたのです。そこへ行ってみます」

「うん、それで?」

「ウィンドウショッピングをします」

「あの廃墟の街で? まぁいいけど」


 今のところ、先生がどこからか持ってきてくれるので、最低限の日用品に困ることは無いが、何か役に立ちそうなものを見つけられるかもしれない。


「次に公園へ行きます」

「ああ、オアシス区画のことね。それで?」

「芝生の上でランチにします」

「誰がお弁当を用意するのかは、置いておくとして、それで?」

「木の下で愛を語り合って、ムードを盛り上げます」


 公園へは行かずに、まっすぐ帰ったほうがよさそうだな。


「それで盛り上がったところで、突然の雷雨に驚いて、ホテルに逃げ込みます」


 聞いてねぇよ。ピクピクッとこめかみに痛みを感じながらも、話の続きを促す。


「濡れて冷えた体を温め、そして二人は結ばれます」

「ほうー」


 誰と誰が結ばれるって? よくも言ってくれたな、このエロ医者め!


「どうです? イヴさんとの初デート、とても楽しみです。さぁ、早く着替えましょう」


 生理痛も未経験の苦しい痛みだったが、今感じている頭痛も相当なものの様な気がした。


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