(7)
朝、不快感とともに目覚めた。どんよりとした気分で、用意してあった生理の手当をして、診察着も新しいのに替えて横になっていると、いつの間にかまた寝てしまったらしい。
ぶり返した痛みにうめいている最中に、先生に何かを飲まされた様な覚えがあるが、はっきりしない。次に目覚めたときは、もう昼食の時間だった。
あまり食欲は無かったが、濃いスープを摂り、薬を飲むと、一時的にだけどうそのように治まる
『薬に頼りすぎるのは体に良くありませんよ』と先生は言うけれど、『辛くて死にそうなの』と、泣きそうな顔で頼むと、しぶしぶながらも薬をくれる。
女の武器を使うのは不本意だが、この痛みが何とかなるのなら、恥も外聞も無い。
やっと落ち着いてベッドに横になると先生が言った。
「何か音楽でも聴きます?」
「私が聞きたいのは、地球のその後と、このコロニーが今どうなっているのかだわ」
「……どうしても、知りたいですか?」
「もう、何を聞いても驚かないわ」
私は全部話してくれない限り、今のこの状況を認めたくは無かった。
「……私では判断できません。知って欲しくないと言うのは私の希望ですが」
「それでも、私は知りたいの」
「判りました。ALICEに聞いてみましょう」
「“アリス”?」
「このコロニー“エデン”のセントラルコンピュータです。イヴさんの時代にはありませんでしたが、今はALICEがこのコロニーの全システムの制御と管理を行なっています。データライブラリには、現存する全ての過去の記録が残っています」
「そこへ行けば、教えてくれるの?」
「その格好では、お嫌でしょう? 新しい服を用意しますね」
しばらくすると、先生は私が初潮の時に汚してしまったのと、全く同じデザインのワンピースを持ってきた。
着替え終わると、先生に連れられて病院区画を抜け、コロニーの全体を貫いている幹線連絡路にまで出た。
そこには、電動車が一台置いてあった。放置されてからかなり永い時間がたっているらしく、埃まみれだった。
先生は電動車に近づき、ドアを開けた。
「これに乗るの?」
「ええ、ちょっと遠いので。でも動くかな?」
「いつも不思議に思っていたんだけど、先生はどこに住んでいるの?」
「……病院区画ですよ」
「ここまで歩いてきたけど、誰にも会わなかったわ。このコロニーには……、世界には私たち二人しかいないの?」
先生はその質問には答えず、助手席側のドアを開けて、私に乗るように促した。
「なんとか動くみたいです。さぁ、乗ってください」
天井の無い電動車は、歩くのよりは少し速い程度の速度で走り出した。
先生はコンソールパネルを見ながら言った。
「バッテリーが駄目になりかけていますね、帰りまで持つかな」
「そうしたら、また似たのを探せばいいし、それに歩いてもいいわ。どうせ、たいした距離じゃないし」
記憶では、このコロニーの最大長は、確か5kmぐらいだった筈。視線を上に向けていくと、地面がせりあがる様に広がり、天頂方向にはこちらと似たような街路が、さかさまになって見えている。ぐるりと見渡すとここはコロニーのほぼ真ん中あたり。と言うことはどこへ行くにも、3kmとない筈だった。
風が長く伸びた髪を乱れさせるので、手で押さえていると、先生がこっちをちらっと見た。
「ふふふ」
「何よ、変な笑いかたして」
「いえ、女の子らしくなったなぁ……と」
「うるさいわね!」
私はちょっとだけカチンと来た。先生の態度が失礼に思えたのだ。
「もう覚悟を決めたのよ! 生理まで来ちゃったんじゃ、もう開き直るしかないし、先生が言うように、この姿で男みたいに振舞うのは確かに変。なんか文句ある?」
「いえ、可愛らしくて、とっても素敵ですよ。恋してしまいそうだ」
「な※√▲◇☆……」
言うに事欠いてなんて事言うんだ!
私はまだそこまでの覚悟は出来ていないっての!
先生と、……男とだなんて……
「ああ、いけないな。やっぱり、もうもたない」
先生は車を止めた。というよりも、力尽きて止まったという感じだった。
「バッテリー切れです。別のに乗り換えましょう」
だが、次の車も目的地に着くまでは持たず、途中途中に何台か放置されていた、同じような程度の電動車に何度か乗り換えながら、ようやく辿り着いた。
「僕が案内できるのはここまでです。この中に入って、案内板の表示どおりに進んでください」
「先生は、一緒に来てくれないの?」
「帰り道用の電動車を探してきます。大丈夫です。危険なものは何もありませんから」
そういって、車からは降りなかった。
先生は行かないというので仕方なく、私は教えられたとおりに薄暗い通路を歩いていくと、大きな空間の中に色とりどりのランプが明滅する、ホールのような部屋に辿り着いた。
「ここが、目的の場所かしら?」
――ようこそ、999番目のイヴ
「え? 誰?」
――私は、All Learned Implementations Computer Equipment、 “ALICE”
どこからとも無く聞こえてくる声に驚いていると、部屋の照明が明るくなった。
中央には塔のような構造物があり、いくつかのモニタと動作状況を表しているのか、暗闇でも明るく光っていた、たくさんのランプが瞬いていた。
「ALICE? あなたが先生の言っていた、このコロニーの管理コンピュータ?」
――そうです。
「ならば教えて! 地球はどうなったの? このコロニーには……ここには、私と先生の二人しかいないの?」
――生命発祥の星、地球には現時点では、全ての種の生命活動は見られない。この区画には、人間は貴女しかいない
「人類は……、地球は絶滅したって言うの?」
――かつての地球環境の一部は、このコロニー“エデン”に再現している
「先生が連れて行ってくれた、あのオアシスのこと? でも人間は? ここに来るまで誰にも会わなかったわ」
――貴女は999番目のイヴ。肉体の再生に成功した、38番目の人類にして、最後の希望
「38番目? 他の人たちは?」
――今はいない。死亡した
「死んだって、どういうこと?」
――自殺してしまった。私が現状と今後の計画について説明すると、皆自ら命を絶ってしまった
「どうして? あなたは一体、何を言ったの?」
――私は、事実しか述べない
「要領を得ないわね。順番に話して。他の再生人間達はどうしたの?」
――1番目のイヴはただの肉の塊。2番目のイヴも肉の塊。3番目のイヴは生ける屍、4番目のイヴは……
「待ってALICE。そう言うことを聞きたいんじゃない。自殺してしまった原因は何? あなたが何を話すと、みんな自殺してしまうというの?」
いまさら、人類が大バカをやって自滅したからと言って、悲観にくれたりはしない。そのことは先生からも聞いた。
確かに、それは情けなくて悲しい事だとは思うけれど、こうして私のように、再生人間でもクローン人間でも人がいる限り、人類の復活だって出来るはず。
――トリガーとなる単語、また必要条件の確定はN/P困難。だが、貴女を死なせるわけには行かない。貴女は最後の希望である
「その“最後の希望”ってどういう意味?」
――再生可能であった最後の遺体を再生した。それが貴女である。今後、同様の遺体が発見できる確率は、10のマイナス24乗分の一以下
「つまり、見込みは無いってことね」
――貴女の安全確保は全てに優先する。しかし貴女自身が自分を害することを防ぐのは不可能
「私は自殺したりなんかしないわ」
――証明を
「“証明”と言われても……。でも約束するから教えて。私の質問に答えて、ALICE」
――約束が守られるという証明を
「約束と言ったら約束。男の約束……って今は体は女だけど、絶対に守る」
ALICEはしばらく何も反応しなかったが、やがて言った。
――今の貴女は、まだ知るべきでない
「どうしてよ? 教えてくれたっていいじゃない!」
――彼がまだ教えるべきではないと言っている。貴女の精神が落ち着くまでは
「彼って、先生のこと?」
――そうだ。彼は貴女の主治医であり、貴女のことを常に把握している。彼の指示には従って欲しい
「コンピュータが、人間の私に命令するの?」
――貴女は私の管理者特権を持っていない
「あ、そう? じゃ誰なら持っているのよ!」
――今は、人間は誰も持っていない
「なら、私が管理者特権を持てばいいんでしょう?」
――IDとパスワードをどうぞ
そんなの知るか!
私はこれ以上、この頑固なコンピュータに詰め寄っても徒労になることを知った。
あらゆるコンピュータは、肝心の部分だけは管理者以外にはアクセスできないのだ。
次回の更新は週末になります。




