(6)
「良かった、気がつきましたか?」
薄ぼんやりとした視界を、先生の顔が占めていた。
「先生……、ここは……?」
「イブさんの部屋です。もう大丈夫ですよ。心配はありません」
「そうだ、血が。私はどうなったんですか?」
「おめでとうございます。と言うべきでしょう。イヴさんの体の再生は完全でした。ちゃんと女性の体になっています」
「……意味が、よくわかりません。下半身から出血したってことは、内臓のどこかが駄目になったってことじゃ……」
「その心配には及びません、イヴさんは女性の機能を回復したと言うことです」
「え?」
先生の言っていることが良くわからなくて、私は先生に支えられながら体を起こした。
「初潮です。イヴさんは初潮を迎えたのです。お祝いしなくてはなりませんね、記録によれば……」
「しょ、初潮って! せ、生理になったって事? あの、女の人が月に一度なるって言う……」
「はい。やはり今度の肉体蘇生は大成功です! おめでとうございます、イヴさん」
「初潮……? この、私が……生理に……? うーん」
今度こそ本当にショックだった。男だった俺が、いや、体は女の子になってしまっていたが、まさか初潮とは、ありえないことではないが、今の自分にとっては、人類絶滅よりも深刻かつショックが……。
「ああ、イヴさん、しっかりしてください」
また失神するかとも思ったが、今度は何とか耐えられた。
「やはりショックでしたか? 地球があんなことになってしまっていたことが……」
「いや、それもそうなんだけど……」
ふっと私は今の自分の服装が気になった。洗濯糊の効いた、いつもの診察着を着ている……。
「あの、着替えは、先生が……?」
「ええ、そうですけど。汚れはきれいに拭き取って、手当てもしてあります。ワンピースは残念でしたが、ご心配なく。又新しいのをご用意しますよ」
「いや、そうじゃなくて。見たんですか?」
「診ましたよ。医者ですから」
と、笑顔で言った。
「で、出てって下さい」
「え? どうしたんですか、イヴさん?」
「いいから出て行って! 今すぐ! 出てけーっ!」
私の剣幕に恐れをなしたのか、先生はあわてて部屋から出て行った。
私は叫んだこともあって息が荒れたが、原因はそれだけじゃない。
なんて恥ずかしいことをしてくれたんだ、あの医者は!
大体こういうのは、看護婦か女医の役目だろう!
男性が女の生理の手当てをするなんて……いやいや、私はそもそも男だったんだから……、違う、そうじゃない。私に生理があること自体が……蘇生された体が完全なら、おかしくは無いのだろうけど……。
じゃなくて! とにかく患者への気遣いって言うものがあるはずで、私の同意もなく勝手に、こんなこと……。
恐る恐る診察着に手を突っ込むと、下着も穿かされていて、これは……多分生理用品だろうな、股間に当たっている、このごわごわするのは……。
私はベッドに突っ伏してしまった。
死にたくなるほど恥ずかしかった。こんな辱めを受けたことは、生まれて初めてだと思った。
先生は医者だし、自分を蘇生してくれた人だから、裸を見られるのは仕方が無いのだとしても、男性の医者だったら、仮にも女性の患者に手を出してはいけない領域と言うものが、あっていい筈だと思った。もう少し気を使って欲しかった。
そしてこの時ほど、自分が女性になってしまっていることを、強く意識したことはなかった。
☆彡
それから一時間ほどすると、とんとん、とドアがノックされた。
「入ってもいいですか?」
遠慮がちな先生の声がドア越しに聞こえた。
黙っていると、再びノックの音とともに、先生が言った。
「イヴさん? 起きているなら返事してもらえませんか?」
「……どうぞ」
しぶしぶそう言うと、先生は頭を掻きながら、遠慮がちに部屋に入ってきた。
「そろそろ夕食の時間ですが、食べられます? 持って来ましたけど?」
「……いまは食欲が無い」
「そうですか、でも少しだけでもいいから食べたほうがいいですよ? 特に鉄分は少し摂ったほうがいい」
鉄分? 月経で出血したから鉄分を摂れと? どこまでデリカシーがないんだ、この医者は!
「……いらない」
「イヴさん……」
しばらく沈黙が続いた後、口を開いたのはやっぱり先生のほうだった。
「生理痛の薬も持ってきました。胃が荒れやすい薬なので、せめてスープだけは飲んで欲しいのですけど」
ちらっと見ると、トレイの上にはスープの入ったカップと、小さなハンバーグにミニサラダとパンが載っていた。スプーンの脇にある白い包みが、その生理痛とやらの薬だろう。
「地球があんなことになっていた事を、悲しむ気持ちは判ります。初潮のこともイヴさんにはショックだったかもしれません。けど、医者としては、イヴさんの健康状態には責任があります。せめて、スープと薬だけでも摂ってもらえませんか?」
そういえは、今日は朝食にパンをひと欠けと、野菜ジュースぐらいしか口にしていなかった。昼食はあのごたごたで食べ損ねた。
あまり食欲は無いが、薬を飲むのなら、少しは我慢しなくてはならないだろう。
今は生理痛も少しだけ落ち着いているが、またあんな痛みで苦しむのは、ちょっといただけない。
「“ショータ”」
「え?」
「私の本当の名前、“ショータ”っていうの」
メンテナンスルームで思い出した。私の本当の名前。
まだ私が男だった頃の、1300年前の、本当の私の名前……。
「そうですか。ではこれからは、そうお呼びしたほうがいいですか?」
「……イヴのままでいい」
私はスープを一口飲んで、冷めかけたハンバーグも肉の臭いと味にちょっと辟易しながら一口だけかじり、サラダは全部食べた。
その間、先生はずっと黙ったまま椅子に座って私の事を見ていた。
見られているとなんとなく、食べづらいものがあったが、心配そうな表情をしているのを見ると、どこかへ行っていろとは言えなかった。
そして、最後に差し出された水と一緒に薬を飲むと、先生はほっとした表情でため息をつき、私のひざの上のトレイを片付けた。
そして何も言わずに部屋を出て行こうとした。
「何か、言うことは無いの?」
「食事をしてくれてありがとう。私からは、今はそれだけです。ショックなことが多くて気が滅入っているでしょうが、今は気分を落ち着けて安静にしていて欲しいです。おやすみなさい」
そういって先生は部屋の明かりを消した。
空腹が癒されたのか、薬が効いてきたのか、私は段々と眠くなってきた。
なんだか私の一日の大半は、寝ているか、気を失っているかみたいだ。
そういえば先生に尋ねたことがある。
『どうして、私は何時もこんなに眠いの?』
『ミドルティーンの女性の体だとはいえ、覚醒してまだ1ヶ月に満たないですからね。体が疲れやすいんです。赤ちゃんだって生まれてまもなくのうちは、一日の大半を寝てすごします。記録ではそうなっています』
『その『記録では』っていうの、口癖? なんだか変な言い方だわ』
『そうですか? でも、私自身が体験したことではないので……』
『まぁ、赤ん坊の頃の記憶なんて、誰だって無いけどね』
『そういう意味ではないのですが……』
先生の赤ん坊の頃って、どんなだったんだろう?
なんだか……あまり……想像できないな……
先生との会話を思い出しているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。
☆彡
朝、目が覚めると何時ものように、先生がベッドの脇に座っていた。
どうしてこの人は私が起きる頃になると、いつもベッドの脇にいるんだろう?
だらしない寝顔を、何時も見られているのかと思うと、気が滅入る。
差し出されたトレイには、いつもの野菜ジュースとクラッカー、それと日替わりの卵料理が載っている。 今日はスクランブルエッグのようだ。
黙ったまま食事を終え、生理痛の薬を飲んだ。
食器を片付けるために、部屋を出ようとする先生の腕を掴んで押しとどめた。
「先生、教えて下さい。1300年前のこと。私が死んだのも、その時のことが原因なんでしょう?」
「イヴさんのオリジナルの体の死因は、外傷が原因だったことは間違いありませんが、詳しくはわかりません。アーカイブの記録をたどってみましたが、記録が不完全で再現不能でした」
「それじゃ、地球がその後どうなったのか、このコロニーが今どうなっているのか教えて下さい」
「それは、お答えできません」
「どうして?」
「今は……とにかくダメです。まだその……お腹が痛いのでしょう? 今日は一日、安静にしていましょう。私もずっと傍で付き添っていますから」
「でも私は……」
「あ、そうだ、忘れていました。これを……」
といって、白い包みを差し出した。
「何? これ」
「開けてみればわかります。その、今の貴女に必要なものです。中に説明書が入っていますので、使ってください」
言われて開けてみると、これって生理用品?
そっか、始まってるんだよね……。
ふと、見上げると、先生が少し顔を紅くして、視線をそらしている。
「ぼ、僕は部屋の外に出ていますので、終わったら呼んでください」
ふーん。一応は気を使うようになったのね。
包みには下着の替えも入っていた。
できれば診察着も替えたいな、と思いつつ説明書を読んで、下着ごと生理用品を換えた。
あまり見ないようにして、なんとか説明書の通りにやってみたけど、これでいいのかな?
やっぱり女の人に、一度診てもらいたいのだけど。




