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エデンの園  作者: ありす
6/21

(6)


「良かった、気がつきましたか?」


 薄ぼんやりとした視界を、先生の顔が占めていた。


「先生……、ここは……?」

「イブさんの部屋です。もう大丈夫ですよ。心配はありません」

「そうだ、血が。私はどうなったんですか?」

「おめでとうございます。と言うべきでしょう。イヴさんの体の再生は完全でした。ちゃんと女性の体になっています」

「……意味が、よくわかりません。下半身から出血したってことは、内臓のどこかが駄目になったってことじゃ……」

「その心配には及びません、イヴさんは女性の機能を回復したと言うことです」

「え?」


 先生の言っていることが良くわからなくて、私は先生に支えられながら体を起こした。

 

「初潮です。イヴさんは初潮を迎えたのです。お祝いしなくてはなりませんね、記録によれば……」

「しょ、初潮って! せ、生理になったって事? あの、女の人が月に一度なるって言う……」

「はい。やはり今度の肉体蘇生は大成功です! おめでとうございます、イヴさん」

「初潮……? この、私が……生理に……? うーん」


 今度こそ本当にショックだった。男だった俺が、いや、体は女の子になってしまっていたが、まさか初潮とは、ありえないことではないが、今の自分にとっては、人類絶滅よりも深刻かつショックが……。


「ああ、イヴさん、しっかりしてください」


 また失神するかとも思ったが、今度は何とか耐えられた。


「やはりショックでしたか? 地球があんなことになってしまっていたことが……」

「いや、それもそうなんだけど……」


 ふっと私は今の自分の服装が気になった。洗濯糊の効いた、いつもの診察着を着ている……。


「あの、着替えは、先生が……?」

「ええ、そうですけど。汚れはきれいに拭き取って、手当てもしてあります。ワンピースは残念でしたが、ご心配なく。又新しいのをご用意しますよ」

「いや、そうじゃなくて。見たんですか?」

「診ましたよ。医者ですから」


 と、笑顔で言った。


「で、出てって下さい」

「え? どうしたんですか、イヴさん?」

「いいから出て行って! 今すぐ! 出てけーっ!」


 私の剣幕に恐れをなしたのか、先生はあわてて部屋から出て行った。

 私は叫んだこともあって息が荒れたが、原因はそれだけじゃない。

 なんて恥ずかしいことをしてくれたんだ、あの医者は!

 大体こういうのは、看護婦か女医の役目だろう!

 男性が女の生理の手当てをするなんて……いやいや、私はそもそも男だったんだから……、違う、そうじゃない。私に生理があること自体が……蘇生された体が完全なら、おかしくは無いのだろうけど……。

 じゃなくて! とにかく患者への気遣いって言うものがあるはずで、私の同意もなく勝手に、こんなこと……。

 恐る恐る診察着に手を突っ込むと、下着も穿かされていて、これは……多分生理用品だろうな、股間に当たっている、このごわごわするのは……。

 私はベッドに突っ伏してしまった。

 死にたくなるほど恥ずかしかった。こんな辱めを受けたことは、生まれて初めてだと思った。

 先生は医者だし、自分を蘇生してくれた人だから、裸を見られるのは仕方が無いのだとしても、男性の医者だったら、仮にも女性の患者に手を出してはいけない領域と言うものが、あっていい筈だと思った。もう少し気を使って欲しかった。

 そしてこの時ほど、自分が女性になってしまっていることを、強く意識したことはなかった。



  ☆彡



 それから一時間ほどすると、とんとん、とドアがノックされた。


「入ってもいいですか?」


 遠慮がちな先生の声がドア越しに聞こえた。

 黙っていると、再びノックの音とともに、先生が言った。


「イヴさん? 起きているなら返事してもらえませんか?」

「……どうぞ」


 しぶしぶそう言うと、先生は頭を掻きながら、遠慮がちに部屋に入ってきた。


「そろそろ夕食の時間ですが、食べられます? 持って来ましたけど?」

「……いまは食欲が無い」

「そうですか、でも少しだけでもいいから食べたほうがいいですよ? 特に鉄分は少し摂ったほうがいい」


 鉄分? 月経で出血したから鉄分を摂れと? どこまでデリカシーがないんだ、この医者は!


「……いらない」

「イヴさん……」


 しばらく沈黙が続いた後、口を開いたのはやっぱり先生のほうだった。


「生理痛の薬も持ってきました。胃が荒れやすい薬なので、せめてスープだけは飲んで欲しいのですけど」


 ちらっと見ると、トレイの上にはスープの入ったカップと、小さなハンバーグにミニサラダとパンが載っていた。スプーンの脇にある白い包みが、その生理痛とやらの薬だろう。


「地球があんなことになっていた事を、悲しむ気持ちは判ります。初潮のこともイヴさんにはショックだったかもしれません。けど、医者としては、イヴさんの健康状態には責任があります。せめて、スープと薬だけでも摂ってもらえませんか?」


 そういえは、今日は朝食にパンをひと欠けと、野菜ジュースぐらいしか口にしていなかった。昼食はあのごたごたで食べ損ねた。

 あまり食欲は無いが、薬を飲むのなら、少しは我慢しなくてはならないだろう。

 今は生理痛も少しだけ落ち着いているが、またあんな痛みで苦しむのは、ちょっといただけない。


「“ショータ”」

「え?」

「私の本当の名前、“ショータ”っていうの」


 メンテナンスルームで思い出した。私の本当の名前。

 まだ私が男だった頃の、1300年前の、本当の私の名前……。


「そうですか。ではこれからは、そうお呼びしたほうがいいですか?」

「……イヴのままでいい」


 私はスープを一口飲んで、冷めかけたハンバーグも肉の臭いと味にちょっと辟易しながら一口だけかじり、サラダは全部食べた。

 その間、先生はずっと黙ったまま椅子に座って私の事を見ていた。

 見られているとなんとなく、食べづらいものがあったが、心配そうな表情をしているのを見ると、どこかへ行っていろとは言えなかった。

 そして、最後に差し出された水と一緒に薬を飲むと、先生はほっとした表情でため息をつき、私のひざの上のトレイを片付けた。

 そして何も言わずに部屋を出て行こうとした。


「何か、言うことは無いの?」

「食事をしてくれてありがとう。私からは、今はそれだけです。ショックなことが多くて気が滅入っているでしょうが、今は気分を落ち着けて安静にしていて欲しいです。おやすみなさい」


 そういって先生は部屋の明かりを消した。

 空腹が癒されたのか、薬が効いてきたのか、私は段々と眠くなってきた。

 なんだか私の一日の大半は、寝ているか、気を失っているかみたいだ。


 そういえば先生に尋ねたことがある。


 『どうして、私は何時もこんなに眠いの?』

 『ミドルティーンの女性の体だとはいえ、覚醒してまだ1ヶ月に満たないですからね。体が疲れやすいんです。赤ちゃんだって生まれてまもなくのうちは、一日の大半を寝てすごします。記録ではそうなっています』

 『その『記録では』っていうの、口癖? なんだか変な言い方だわ』

 『そうですか? でも、私自身が体験したことではないので……』

 『まぁ、赤ん坊の頃の記憶なんて、誰だって無いけどね』

 『そういう意味ではないのですが……』

 

 先生の赤ん坊の頃って、どんなだったんだろう?

 なんだか……あまり……想像できないな……


 先生との会話を思い出しているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。



  ☆彡



 朝、目が覚めると何時ものように、先生がベッドの脇に座っていた。

 どうしてこの人は私が起きる頃になると、いつもベッドの脇にいるんだろう?

 だらしない寝顔を、何時も見られているのかと思うと、気が滅入る。

 差し出されたトレイには、いつもの野菜ジュースとクラッカー、それと日替わりの卵料理が載っている。 今日はスクランブルエッグのようだ。

 黙ったまま食事を終え、生理痛の薬を飲んだ。

 食器を片付けるために、部屋を出ようとする先生の腕を掴んで押しとどめた。


「先生、教えて下さい。1300年前のこと。私が死んだのも、その時のことが原因なんでしょう?」

「イヴさんのオリジナルの体の死因は、外傷が原因だったことは間違いありませんが、詳しくはわかりません。アーカイブの記録をたどってみましたが、記録が不完全で再現不能でした」

「それじゃ、地球がその後どうなったのか、このコロニーが今どうなっているのか教えて下さい」

「それは、お答えできません」

「どうして?」

「今は……とにかくダメです。まだその……お腹が痛いのでしょう? 今日は一日、安静にしていましょう。私もずっと傍で付き添っていますから」

「でも私は……」

「あ、そうだ、忘れていました。これを……」


 といって、白い包みを差し出した。


「何? これ」

「開けてみればわかります。その、今の貴女に必要なものです。中に説明書が入っていますので、使ってください」


 言われて開けてみると、これって生理用品?

 そっか、始まってるんだよね……。

 ふと、見上げると、先生が少し顔を紅くして、視線をそらしている。


「ぼ、僕は部屋の外に出ていますので、終わったら呼んでください」


 ふーん。一応は気を使うようになったのね。

 包みには下着の替えも入っていた。

 できれば診察着も替えたいな、と思いつつ説明書を読んで、下着ごと生理用品を換えた。

 あまり見ないようにして、なんとか説明書の通りにやってみたけど、これでいいのかな?

 やっぱり女の人に、一度診てもらいたいのだけど。

 

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