表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エデンの園  作者: ありす
4/21

(4)


 そんなことがあってから、先生はいつも難しい顔をして、まるで退屈な学校の授業をするように、私の社会復帰に向けての訓練を続けた。

 私が年頃の娘が父親にねだるようにも、若い恋人同士がするように誘っても、先生は全く乗ってこなかった。

 その代わりに、部屋に運んでくれた端末から、私が生きていた頃のビデオや書物の類を、データベースを通じてアクセスできるようにしてくれたが、私が知りたいのはそんな過去の他人のことじゃなくて、今現在の私たち以外の人のことだった。

 

「先生、教えてください。今、外の世界はどうなっているんですか? 一度死んでしまった私のことはもういいです。私は生まれ変わったのだと先生が言うのなら、過去の私はもう関係の無いことです。でも先生が私を社会復帰させたいと思っているのなら、今の世界がどうなっているのか、教えてください。私を過去の時間の籠の中から、解放してください」


 先生はしばらく黙っていたが、やがて諦めたように言った。


「このフロアのロックは、全て解除します。でもそれ以外の場所へは、決して行かないでください。約束できますか?」

「約束します」

「では、付いて来て下さい」


 先生はそう言うと、私の手を引いて歩き始めた。

 なんだか冷たい手……。そういえば、私はあまり先生の体温を意識したことが無かった。

 でも、こんなに冷たかったっけ?


 先生に手を引かれ、何時もロックされていて開かないドアの向こう側の通路に出た。

 通路は照明が落とされていて薄暗く、ところどころについている非常灯が頼りなげに光っていた。


「足元に気をつけて。暗いですから。それと私の手を離さないように」

「痛いです、先生」


 私は強く握られた手を上げた。


「すみません、力加減が、良く分からなくて」


 そういえば先生と手を繋いで歩くなんて、初めてだったかも。リハビリ中の頃は、背中か肩に手を回して、体を支えられて歩くか、抱っこされて運ばれるかだったし、最近は先生の後について歩くだけだったから。

 でも、それにしても硬くて冷たい手。誰かの手を握るなんてことが、しばらくなかったせいなのか、奇妙な感じがした。


 通路の両側にはいくつも扉があったが、多分開けたところで何も無いだろう。廊下に面した窓にはカーテンすらなく、中をのぞいても真っ暗で何かがあるようにも見えなかった。

 やがて通路の先に、ガラスで仕切られた明るい部屋が見えてきた。

 辿り着いた場所は、緑で一杯の公園のような場所だった。


「ここは……?」

「オアシス区画です。向こうの方には畑もあります。木々も時期によって果物が生りますし、温室に入れば、また変わった植物が生えていますよ。でも昆虫や小動物たちには気をつけて。この区画には大型の動物はいませんが、それでも身の危険を感じると、刺したり噛み付いたりするのも、いますからね」


 そういえば、私が昔生きていた頃にも、こんな場所があったような記憶がある。

 大きな樹が茂り、見通せないほどの広さのあるこの場所は、所々で花が咲いていて、数は僅かだけれど、虫や小鳥も住んでいる、人工の自然環境。

 アダムとイヴの住む、伝説の楽園……。

 虚空に浮かぶスペースコロニーの、まさにそこは“エデンの園”だった。


「少しは気晴らしになると思います。ここへは気が向いたら、いつ来てもいいです。一定時間毎に昼と夜が繰り返しますが、夜は暗くて危ないので、部屋には戻っていたほうがいいでしょう」

「でも先生、違うんです。私が行きたいのは、こういうところではなくて……」

「前にも言いました。あなたには、知らない方がよい事のほうが多い。この小さな楽園の外は、悲しくて危険なことが一杯です。あなたを危険な目に合わせたり、悲しませたりしたくは無いのです」

「先生、私は……俺は、元は大人の男性です。少しですが、その頃のことも思い出してきています。だから大抵のことには驚かないし、悲しみにだって耐えることが出来ます。先生は少し、過保護に過ぎます。私は、そんなに弱い人間ではありません」


 そう言うと、先生は悲しそうな顔になって言った。


「それでも……」

「“それでも”?」

「それでも、駄目なんです。判ってください」


 そういうと、先生はくるりと背を向けて、出口へ走っていってしまった。

 私は後を追いかけることが出来なかった。


 エデンの園に、私はたった一人、残された。



  ☆彡



 夕食を持ってきた先生は、オアシス区画でのことは、何も無かったかのように明るい声で言った。


「今日はプレゼントがあります」

「プレゼント?」

「はい、これです。開けてみてください」


 どこかのお店で、買ってきたものだろうか?

 ラッピングの施された包みを開けると、中にはピンク色の可愛らしいワンピースが……。

「せ、先生! これ、女の子の服じゃないですか!」

「ええ、いつまでも診察着のままではかわいそうだと思ったので、探すのには苦労しましたが、きっと似合いますよ」

「いや、そうじゃなくて……」


 確かに、この体には似合うかもしれない。

 だから、そうじゃなくて……。


「男物は無かったんですか?」

「なぜです? 」


 そうまじめな顔で言われても困るが、この微妙な私の気持ちもわかって欲しい。


「せめて、男女兼用のとかは、無かったんですか?」

「気に入りませんか?」


 そう落ち込んだ表情をしないでください。私が悪者みたいじゃないですか。


「申し訳ないのですが、下着のほうは……あいにくと今は男性用のものしか用意できなくて……」


 と、別の包みを差し出した。

 いや、逆にそっちはそれで、ちょっと困るかも?

 パンツはともかく、その……胸のほうが、最近不本意にも成長しているようで、歩くと揺れて落ち着かない上に、診察着に先っちょが擦れたりして、痛いのだ。

 恥ずかしくて、とてもそんなことは言えないが、できればこれはなんとかしたかった。あまりかわいく無いやつで。


「プレゼントはありがたく受け取っておきますが、次は自分で選びたいなぁ」


 私は暗に、服を調達してきたであろうお店に連れて行けという意味のことを言ったが、先生には通じなかった様だった。


「今日はもう遅いですが、明日はそれを着て、一緒にオアシス区画へ行きましょう」

「二人でですか?」

「ええ、いけませんか?」

「そんなことは無いですが……。先生、他のお仕事はどうなさっているんですか? ずっと私に、かかりっきりのような気がしますけど」

「私はあなたの専任医師ですからね。他の患者は診ていません」

「はぁ、そうですか……」


 だからこんなにも、過保護なのだろうか?

 体力もだいぶ回復してきたし、日常生活にもほぼ不自由しない。たまには放って置いてくれてもいいような気もするけど。


 その晩、もって来てくれたワンピースに袖を通してみたが、どうにも違和感が拭えない。 体にぴったりとフィットして、ってこれ、体の線が出すぎじゃないのか? 

挿絵(By みてみん)

 下着無しでの診察着の、ゆったりとした着心地も頼りないものがあったが、これはこれで逆に恥ずかしい。胸の部分がある程度抑えられるのはいいが……浮き出た先端を見て、これはタオルか何かを巻いてから着た方がいいと思った。

 だが、本人的意識では男の癖に女装をしている感覚で、しかし鏡を見るとこれはこれで似合っているだけに、余計にたちが悪い。

 そのうち化粧品まで用意してきたりしないだろうな、あの先生は……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ