表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エデンの園  作者: ありす
3/21

(3)


 それからはリハビリの毎日だった。

 寝返りを打つように、ごろごろ横に転がることから始めて、はいはい、つかまり立ち、その状態から伝い歩き、それから手を引いてもらってゆっくり歩き。

 赤ん坊と同じ課程で体を動かすのを覚えて行った。

 一人で歩けるようになる頃からは、今度は手を使って字を書いたり、ブロックでお城だとか車だとかを作ったりと、かなり恥ずかしかったが、幼稚園児のようなカリキュラムを、こなしていった。

 なかなか思うように行かない時もあり、泣いたりかんしゃくを起こしたりして、感情のほうも幼稚園児みたいで恥ずかしかった。

 

 だが、もっと恥ずかしく抵抗があったのは、言葉遣いのほうだった。


「以前はともかく、今は可愛らしい10代の女の子の体なんですから、それに見合った話し方のほうがいいです。絶対にそうしてください」

「で、でも、しかしですね」

「そんな調子では、社会復帰できませんよ? 社会に出て恥をかくのは、イヴさんです」

「いや、だけど男みたいな乱暴な言葉遣いの女だっているし、それに比べれば私は……」

 自分を“私”と言うのは妥協した。実際、昔働いていた時だって、上司の前や公式な場所では、そう自分のことを言っていたのだから。


「ではそうですね、これからは女の子らしい言葉遣いや話し方が出来なくなるたびに、頭と口に電極をつけて、ショック療法をすることにしましょう」

「そ、それだけはカンベンしてください」


 実際、その東洋医学を応用したとか言う、電気ショック療法をされたことがあった。

 体を動かす練習を始めたばかりの頃、『記録によれば、この方法が一番早く体が動かせるようになることを理論上も、データも示しています』とか言われ、裸で診察台の上に乗せられ、全身に細い針を刺されたり、電極をつけられてビリビリとやられたのだ。

 恥ずかしいやら痛いやらで、いっぺんで懲りた私は、どれだけ辛くて長くかかっても普通のリハビリがんばりますからと、泣いて頼んだのだった。


「では、ダメ押しでこれも見てもらいましょう」


 先生はポータブルタイプの端末を取り出すと、ビデオファイルを再生して見せた。

 画面には、あぐらを書いて鼻くそをほじくっている私の姿だとか、ベッドの上でビデオアーカイブを見ながら、汚い言葉遣いで囃し立てている姿とかが映っていた。


「せ、先生……、こ、こんなの一体、いつ録ったんですか?」

「あなたは大切な人ですから、24時間漏れなくケアしています。体が思うように動かせない人は、自宅の中でさえ不慮の事故で死んでしまう事も多いのです。記録ではそうです」

「は、外してください! 少なくとも部屋の中と、トイレとお風呂のカメラは外して!」

「今更な気もしますが……。ではこうしましょう、あなたが乱暴な言葉遣いをした時だけ、ビデオを残して、それ以外の時は自動的に消していくというのは?」


 私は恐る恐る言った。


「信じて、いいんですか?」

「もちろん」

「本当に?」

「嘘ではありません」

「今までのも、全部消してくれますか?」


 “今までの分全て”、これが一番重要なところだ。

 なぜなら、体がうまく動かせないからと言う理由で、診察はもとより、トイレやお風呂で、部屋のうえのベッドの上でと、醜態を晒しまくっているのが全て記録されているのは、ほぼ間違いないからだ。

 しかも先生は、『医者はこういうのは見慣れていますから』、と言って、恥ずかしがる私を遠慮なく裸にして、体を弄り回されているのだから。


「では、年頃の女の子らしい、可愛いキスをしてくれたら、考えてもいいですよ」


 こ、こんのエロ医者め! とうとう本性現したか!

 

「ほ、ほっぺたでいいですか?」


 背に腹は変えられない。そこまで体は動かせない。


「いいでしょう」


 私は仕方なく、しゃがんだ先生のほっぺたにキスをした。

 恥ずかしくて悔しくて、アタマがフットーしそうだ。


「大変よく出来ました」

「絶対に、約束守ってくださいよ」


 あらためて念押しすると、先生はすまなそうな顔になっていった。


「すみません、約束を破らなくてはなりません。今のキスシーンだけは、残しておきましょう、記念すべき、イヴさんのファーストキスですから」

「せ、先生の嘘つきーっ!!」


 もう頭にきた。私は逃げる先生を走って追い詰めた。リハビリルームは大して広くないし、入り口はひとつしかなく、それは私の背中の方向だ。

 先生の白衣を掴んで押し倒し、馬乗りになって、殴りかかろうとしたら、先生は笑顔で、


「もう、リハビリは終わりですね。こんなに早く走れるようになったのなら、もう充分でしょう。おめでとう」


などと、言いやがった。

 私は『くそ!』と心の中で呟いた。そんな風に笑顔で言われたら、殴りたくても殴れないではないか。


「あとは、定期的に体力の維持……そう、体育の授業が必要ですね。運動着も用意しなくては。ブルマとレオタード、どちらがいいですか?」


 私はふくれっ面をして、先生の額をぺちん!と叩いた。



  ☆彡



「ねぇ、先生ぇ。リハビリが終わったって言うことはぁ、自由に歩き回っても、いいってことでしょぉ?」


 私は語尾を延ばす、少女っぽく媚びる話し方で言ってみた。


 『危ないから』と言う理由で、私は部屋の隣のリハビリルームと、そこに繋がる廊下までしか出させてもらえなかった。

 バスルームとトイレは部屋の中にあるし、食事は先生がどこかから持ってきてくれる。 

 診察は部屋か、リハビリルームにある診察台の上だ。

 今までは歩くのも何とかといったところだったし、それで良かったけれど、まるで籠の中の鳥みたいに、動ける自由が無いのは少々辛い。

 それに、この部屋はコロニーの外殻構造よりはかなり内側にあるようだった。

 部屋の電子窓はいつもモニタカメラを通した星空か、チャンネルを切り替えたとしても環境ビデオしか表示できなかった。

 同じフロアにある廊下とリハビリルームにも、窓はひとつも無い。

 それに廊下の両端の扉はいつもロックされていて、私が開ける事は出来なかった。


「ここは病院です。どこへ行っても、あまり大差ありませんよ?」

「そうじゃなくてぇ、できれば端末に触ってぇ、外のことが知りたいのぉ」

「変に媚びるような話し方は不自然ですよ、イヴさん」


 女の子らしい話し方をしろって言ったのは、オマエじゃないか!


「じゃ、先生。私は自分のことが知りたいんです。私が働いていた、コロニーのメンテナンス会社と連絡が取れれば、私の記録だって残っている筈ですよね?」


 いままではリハビリのことで、精一杯だった。

 それに先生は、部屋の外のことは一切話してくれないし、何よりも自分のことの記憶があまり思い出せないことが、不安で仕方が無かった。

 そしてもっと不思議なことに、いままで入院中に先生以外の人間に会った事すらなかった。

 女の子の体では、男性の医師に診てもらうには、恥ずかしいこともたくさんあるし、『できれば看護婦さんか、女医さんに』とお願いしても、無碍に断られていた。

 『自分があなたの専任だから、責任持って全て面倒を見るから』、と言って。

 確かに、私が少しでも困った時や、寂しくて不安になった時も、先生は文句ひとつ言わずに、直ぐに傍に来てくれたし、そういう意味での不都合は無かった。


 だけどこれじゃ、世界に私たち二人だけしか、いないみたいだ……。


「今は……、とにかくダメです。あなたには……、多分ショックが大きすぎます」

「どうしてですか? 自分の事や外の様子を知ることが、そんなに私にとって辛いことなの? 私はそんなに長い間、死んでいたの?」


「そうですね。あなたを蘇生させるのに、ずいぶんと時間が掛かってしまいました」

「それはどういうことですか? 確か先生は、前にも私みたいな人間を蘇生させた事があるって、言っていましたよね?」

「ええ、あなたの前にも、私たちは何人も、……何十人も蘇生させた事があります」


 “私たち”? やっぱり先生以外にも誰かいるんだ。


「その人たちはどうしたの? 退院できたの?」

「みなさん……、今は亡くなっています」


 そういって先生は目を伏せた。


「私も……それほど長くは生きていられないって、言うことですか?」

「いえ! 違います。少なくとも医学上あなたの体は健康体です。不慮の事故や未知のウィルスに感染して、病気になったりとかしなければ、少なくとも命に別状があるようなことはありません。いえ、そんな事態には絶対にさせません!」

「それが私を、こんな牢獄みたいなところに、閉じ込めておく理由なの?」

「牢獄……ですか? 今の生活は、辛いですか?」

「そうね、私は事実に耐えられるだけの、強さを持ってはいないかもしれないけれど、それでも私は知りたいの。ここが何処で、私が本当は何者で、世界が今どうなっているのかを」


 私は真剣に言った。

 先生はじっと考える様に腕組みをしていたが、なかなかうんとは言ってくれなかった。


「少し、考えさせてください。それまでは、今の生活を続けてください」


 先生はそっけなく言うと、リハビリルームを出て行ってしまった。

 私も追いかけようとしたけれど、先生の足は速く、廊下の端の扉は、私が辿り着く目の前で、ロックされてしまった。


また明日も投稿します。

私のもう一つの小説「星の海で」もよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ