(20)
その翌日、枕元にあるアラームの電子音で目が覚めた。
目覚ましなんてセットしていたかな? と思ってアラームを止めようとスイッチに触ると先生の声がした。これ、インターフォンの機能があったんだ。
『あのう……』
「何よ」
『今、2日後にいるんですけど、お話聞いてもらえます?』
朝っぱら頭痛がしてきた。
確かに昨日、"おととい出直してこい"とは言ったが……。
「それで、私にとっての今日のあなたは、どこにいるのかしら?」
皮肉をこめて聞き返してやると、なんの含みもないかのように返事が返ってきた。
『一昨日の朝に行っていますが?』
深く突っ込むのは止めだ。どうせ内蔵時計を進めて『ほら、この僕は2日後の僕ですよ』とか言うつもりなんだろう。
「それで、何の用?」
『朝食をお持ちしました』
「2日後から?」
『ええ、新鮮ですよ』
新鮮すぎるだろう! それが本当ならな。
「入ってもいいわよ」
いそいそと入ってきた先生が、にっこりと差し出すトレイを黙って受け取り、そのまま食事をした。そして最後に水を飲み干すと先生がトレイを片付け、両手を広げて伺うように上目遣いで私を見る。
ああ、はいはい。ハグしたいのね。
私は黙ったまま目を閉じると、拒否の意思はないとみた先生が、きゅっと私を抱きしめた。
「抱きしめるだけでいいの?」
私が警戒するように訪ねると、先生はにっこりしながら答えた。
「ええ、これで十分ですけど?」
「ああ、そう……。後でオアシス行きたいから迎えに来て」
「わかりました。昼食は?」
「オアシスで摂りたいかも」
「わかりました。そのように準備します」
そういうと、今度は遠慮せずにハグしてきた。
ヒーターを装備したとか言っていながらも、ほんの少しひんやりとしていて、でも私がここにいることを確かめるような、そんなしっかりとしていて優しいハグ。
これはクセになったら困るような、そうでないような……。
ヘンなところ撫でたらぶん殴ってやるっ!!
と思ったがそれはなく、あっさりと私の体を離した。
名残惜しそうな顔なんてしていないよね、私?
「何か?」
「う……、いえ、なんでもないわ」
その日は特に先生が迫ってくるなどということも無く、以前のリハビリ中の頃の様に、少し私を気遣うような、そんな一日を過ごした。
私としては有難いが、何かまた企んでいるんじゃないかと、少し不安になる。
☆彡
そんな日が2,3日続いた。
でも朝と昼と晩に、少なくとも一度ずつ私をハグするのは、もうそれが決まりごとの様になっていて、私もいちいち躊躇いがちに体を預けたりなんかしない。
でもこれって、恋人同士の習慣というよりは、家族のするそれだよね?
それはそれで安心するけど、なんかこう物足りないというか、愛しているとか言っておきながらキスもしないなんて……って、なに考えてんだ私は!
そんなこと期待しているわけ無いだろ!
けどなんなんだ、このなんか胸の奥が少しざわつくような……?
もしかしたら、これが揺れ動く乙女心って奴か?
いやいやいやいやいや、そうじゃないだろ!
「どうかしましたか? 顔が赤いですよ? 平熱の範囲だったと思いますが」
「ああ、いや、なんでもない! 気に、しないで……。その、変なとこ撫でたりとか、そのアレをしようとか言い出すんじゃないかと思ったの」
な、なに口走ってんだ私はっ!
でも先生はにっこりと微笑みながら言った。
「イヴさんが嫌がると思うのでしませんよ。でもそうですね。20日前か、5日後ならさせていただけると、うれしいです」
といって、部屋を出て行った。
ほっとすると同時に、妙な言い方をするなと、首をかしげた。
前回“おととい出直して来い”と言ったことを、まだ気にしているんだろうか?
しかし20日前はともかく、5日後って何だ?
その期待しているような、思わせぶりな言い方は?
5日後なら、私が赦すとでも思っているのかな?
赦すって何をだ! ああ、いかんいかん、今日の私はヘンだ。
さっきあんなことを口走ってしまったしな。
先生は熱は無いとは言っていたが……。
……ん、待てよ? 20日前で、5日後……? 熱は、無い?
って、あの野郎!
もしかして、毎日毎日朝昼晩私を抱きしめていたのは、ワタシの体温を測るためだったってのか!
妊娠可能な時期を調べるために……?
頭きた! これは一度、親分のほうに文句を言っておかないといけないな。
オギノ先生も余計な事をしてくれたものだ!
私はそうっと廊下を伺い、先生の姿が見えないことを確かめてから、病院区画を出てALICEのいるセントラルルームへ向かった。
☆彡
「……というわけなんだけど、最近調子に乗りすぎでしょう? 何とかしなさいよ」
――“なんとか”とは?
「だから調子に乗りすぎだから、もう少し自重するように。元をたどせば、あんたが制御しているんでしょう?」
――彼は既に私とは独立した自律ユニットである。私の制御管理下には無い
「あんたがけしかけているんじゃないの? その……私に子供を産ませろって」
――そんなことはしていない。彼は、彼の独自の判断で行動している
「つまりバカでスケベなのは、アイツ自身の問題ってこと?」
――そうさせたのは、貴女である
「なんでよ! 私はあのバカにスケベでいろなんて、言った覚えは無いわ!」
――彼の行動及び貴女の反応からすると、彼はアーカイブから重要な情報を得て、それを基に行動していると考えられる。
「重要な情報?」
――“イヤヨ イヤヨモ スキノウチ”
「ふざけんなっ! このバカコンピュータ!」
がんっ! とALICEの筐体にケリをかましたが、当然ながら痛いのはこっちだけだ。
ちょこっと外板の一部がヘコんだみたいだけど、そんなのコイツにとっては、大した意味は無いだろう。
――彼は彼なりに、貴女のことを考えて行動している。それは理解してやって欲しい
「ふうん、アンタも意外に人間くさいことを言うのね」
――それもまた、私が貴女から学習したことである
「言ってなさいよ。いいわ、それならそれで、自分で何とかするわ。教育してやるっ!」
少々下品な仕草だが、私は中指を立ててそう宣言して、セントラルルームを出た。
静寂に戻ったセントラルルーム。
聞く者がいないにもかかわらず、ALICEは音声合成によって呟いた。
――貴女は本当にすばらしい。貴女を蘇生して正解であった。
荻野久作博士が発表したのは避妊法ではなくて、不妊治療のためだそうです(^_^;)




