(21)
部屋に戻ると、先生が待っていた。
「イヴさん、僕のこと嫌いになりましたか?」
「どうして?」
「先ほど、ALICEから警告が。“調子に乗るな”と」
ほう、一応義理は果たしたというわけね。変なコンピュータ。
「そうね、だから……」
「これ、プレゼントです」
“正しい男女関係について、教育してやる”と言おうとした所で、鼻先に花束を突きつけられた。
「な、何よ……」
「デートしませんか?」
「デート?」
「はい、デートしましょう」
「雰囲気をぶち壊すようなことをしなければ、付き合ってもいいけど?」
受け取った花束の匂いを、わざとらしく確かめながら言った。
色とりどりの花を、これだけそろえるのは大変だったろう。
別に花束に釣られたわけじゃない。
彼がそれなりに誠意を見せるのであれば、それには応えてやろうじゃないか。
「それで、デートって何をするつもり? どこへ行くの?」
「場所は、いつものあのオアシス区画ですけど……」
まぁ、他にデートっぽいことをする場所なんて無いし、廃墟の町を散策では、デートと言うよりも探検だ。
いや、待てよ? 前にも似たようなシチュエーションが……
「先生? また私をずぶ濡れにして、エッチなことしようと企んでいるわけじゃないでしょうね?」
「とんでもない、見せたい物があるんです」
「見せたい物?」
まぁ、他にすることも無いし、何を見せたがっているのかは知らないけど、付き合うことにした。
実はオアシス区画はかなり広い。自分が行った事のあるところはごく一部だ。
気晴らしに散策して歩き回るのは、入り口からほんの100m程度の公園のある範囲だった。
けれど先生はその区画を通り抜け、農地の広がるエリアにまで私を連れてきた。
「こんな奥まで連れてきて、何があるの?」
「ほら、これです。やっと実をつけました」
先生が指を指したのは、人の高さよりもほんの少し大きいぐらいの樹。
そしてその樹には、赤い実がなっていた。
「これは……リンゴ?」
「そうです。イヴさんの蘇生作業が軌道に乗り始めた頃、保存庫から種を取り出してここに植えたんです。やっと実が生りました。この農園で実った、最初のリンゴの実。ぜひイヴさんにお見せして、食べていただきたかったんです」
そういうと、先生はその赤い実をひとつもぎ取り、白衣の袖でごしごしと表面をこすってから、私に手渡した。
「エデンの園に住んでいたアダムとイヴは、リンゴの実を齧って、楽園を追い出されたのよ?」
「知っています。蛇にそそのかされたんですよね?」
「そうよ、先生は蛇になりたいの?」
「細くて長いくねくねしたものなら、ほら、ここに」
と、言ってズボンに手をかけた。
「ばかっ! そんなもの見せようとするな! 第一それはヘビじゃなくてカメだろう!」
「イヤだなぁ、僕はベルトを見せようとしただけですよ?」
先生はニヤニヤと、いやらしい目つきでこちらを見ている。
いかん! ついつられて下品なことを口走ってしまった。
だが、ふと思い出したことがある。
遠い昔の記憶。確か誰かと、こんな風に下品な冗談を言い合い、笑いあっていたことを。
そうだ、それは今よりもずっと昔、まだ自分が男で、同僚のメンテナンス仲間と……。
私は渋い顔をして、先生をにらみつけた。
このバカ、多分アーカイブとやらのどこかから、昔の交信記録を見つけたんだろう。
危険で過酷なEVA作業の最中、俺は同僚達といつもこんな風に、ヘッドセット越しの通話で、下品な冗談や漫才の掛け合いのようなバカ話をして、緊張と恐怖から気を逸らしていた。
先生が、いつもとぼけたことを言ったり、私の感情を高ぶらせるようなことをしたりするのは、もしかして……。
ううん。もういいんだ、そんなことは。
楽しければいいじゃない。
辛いことも悲しいことも、ないわけではないけれど、生きているってのは本当に楽しい。
どんな過去があったとしても、どんな未来が待ち受けているのだとしても。
人生楽しく、やったもん勝ちだ!
優しげに微笑む先生に、私はギュッと抱き付いた。
そして、少しずつ思い出していく過去の私と、先生とALICEと過ごしていくだろう未来の自分に思いを馳せた。
虚空に浮かぶ、小さな楽園に住む人々を守るために、俺たちは命を懸けて働いていた。
いつかまた、たくさんの人々が生活を営む日々が、このコロニーに戻ってくる日が来るだろうか?
ここはエデンの園。
男だった俺が死んでから1300年後。
その遺体を創りかえらえて、私は少女の体で甦った。
先生から受け取ったリンゴを、一口齧った。
真実を知るという、甘酸っぱい智慧の実。
私が完全に過去を思い出したとしても、それでも体は少女のままならば。
これからどうすればいいのかを、この実は教えてくれるのかしら?
☆彡
そして一年後。
私は赤ちゃんを産んだ。
私の卵子と、先生がDNAシンセサイザで作った精子で誕生した、新しい人類第一号。
無事に産まれるまでは、ものすごく不安だったし怖かったけれど、今はこの子を産んで、本当に良かったと思っている。
先生もALICEもすごく喜んでくれた。
名前はこれから先生と、二人で考えようと思う。
私たちはコロニー外殻の、あの放棄されていたメンテナンスルームにいた。
腕には毛布にくるんだ赤ちゃんを抱いて、隣には先生が立っている。
窓の外には漆黒の闇に、瞬く星空。
……って、ここでは星が瞬くわけが無かった。
やがて視界の隅から、赤く荒廃した表面の惑星が昇ってくる。
「だぁー」
赤ちゃんはその星の紅い光を受けて目を覚まし、じっと見つめている。
「あの星がね、いつか私たちが還る、故郷なのよ」
そう、私は信じている。
これから生まれてくるだろう、たくさんの子供達と一緒に、このスペースコロニー・エデンを元通りの楽園に戻そう。
そしていつか必ず、あの星を元の碧い星に戻して、私たちはそこへ還るのだと……。
イラスト:もりや あこ さま
(おわり)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この小説のオリジナルを発表したのは、2015年頃ですが、アイデア自体はもっと昔から温めていたものです。例に漏れず厨二病を患っていたころwで、キリストは聖母マリアの処女懐妊で生まれたとされているのに、旧約聖書のイヴはなぜアダムの肋骨から神が創造したことになっているのか? とか、世界的に見て血統は男系継承が普遍的なのは、封建的な話では全くなく、Y型染色体が男性にしか継承されないという遺伝的事実を、数万年の人類の歴史の中で経験的に得ていたからではないか? とか、そんな思い付きですw
21世紀に入って、ロボティクス/サイバネティクスと、AIを含めた大容量情報処理を機械で実現することが可能になってきたことで、将来出現するであろうアンドロイド(またはサイボーグ)と人類の境界は、極めてあいまいになっているのではないかと思います。




