(17)
食事の後、しばらくまた眠った。
自覚している以上に、体がまいっているようだった。
落ち着いたら、生理痛もぶり返してきて、ひたすらそれに耐えることで精一杯だった。
「これ以上は駄目です。もっと体力が回復していないと、薬で体を壊してしまいます」
鎮痛剤をもっとくれと頼んだが、それは断られた。
まったく、忌々しい体だ。
しかしそれよりも、もっと忌々しいことがある。
体が弱っていると気も弱くなる。
優しくされていると、ついつい甘えてしまうのだ。
あの決意はなんだったのかと、自戒の念もわくが、それが続かない。
始終そばにいられると、気疲れするからと言う理由で、用のないときは一人にさせろといってはある。
けれど時折強くなる痛みで、ベッドの上でうずくまっていると、いつの間にかやってきて頭や体をさすられている。そしてそのことによって痛みが和らぎ、気分も安らぐのだ。
それだけじゃない。何もしなくても食事は運ばれ、着替えも用意される。汗をかけば温かなお湯と
タオルが用意され、体を清めることも出来る。恥らわなければそのまま体を綺麗に拭かせることも出来るだろう。
だが、こんなことを続けていては駄目になる。
体が回復したら……、回復したらまた同じことを繰り返すのか?
それとも俺は……、そもそもこの世界にたった一人で、いったい何をすればいいのだ?
「手なずけられてる……」
「何がです?」
「俺はお前に、手なずけられている」
ようやく生理痛も治まってきた頃、運ばれてきた食事を前に、そう言った。
「僕は、イ、ショータさんのために、出来ることをしているだけです」
「俺のため、なのか?」
「もちろんです。他に何の理由もありません」
「俺が、唯一の人間だからじゃないのか?」
「それもあります。でもそれ以上のものを、僕は感じています」
「“感じる”? 機械の癖に、感じるというのは一体なんなんだ? お前には、本当に感情なんてものがあるのか?」
そうだ、それこそが本当に知りたいことだった。
自分ひとりでは、生きていくことすら困難なことを思い知った。
けれど、じゃあどうすればいい?
機械に傅かれて、この世界に王様のように君臨したとしても、孤独であることには違いが無いのではないだろうか?
人間は一人では生きていけないのだとすれば、もう既に自分の存在する意味など無いのではないか?
「俺は、何のために生きているのだろう?」
「人類復活のため、という大義名分では、納得されないのでしょう?」
「そうだ。俺一人で何が出来るというんだ? お前は俺に何をさせたいんだ?」
「イヴ……いえ、ショータさんの、なさりたいように。でも出来れば……」
「出来れば?」
「生き続けて欲しい。僕たちのために、生き続けて欲しいです」
「なぜだ?」
「寂しい……から」
「“寂しい”?」
「僕は、僕とALICEはいままで何人もの人間を蘇生してきました。孤独だったのです。僕はALICEのサブセット。けれど一人、一個体なのです。思考しても、それが正しいかどうかは判断が出来ない。コロニー内の機械たちを制御して地球と同じような環境を再現しても、それに目的を見出せない。僕たちが何をすべきか、その目的を明示してくれる、人間が必要なのです」
「だから、蘇生させたのか?」
「そうです。でも蘇生可能な遺体の数は限られています。そして人間には寿命があって、いつかは死んでしまいます。遺体の蘇生を繰り返しているだけでは、いつかそれも終わりが来る」
「それで、俺を女なんかにしたんだな」
「はい。正確には女性を蘇生させることで、人工授精により子孫を残してもらい、それを続けていけば、やがて人間の数も少しずつ増えると考えました」
俺は沈黙した。俺は奴らの目的を作るために、こんな体で蘇生させられたのだ。
「俺は……男の俺は、必要ないというわけだな」
「ショータさん! まさか……」
「安心しろ、自殺なんかしない」
訴えるように立ち上がって慌てる奴に、俺はそういった。
「でもな、お前達が“孤独”だと言うように、人間だって一人じゃ生きてなんかいけないんだよ」
「僕は、もう人間が自ら命を絶ってしまうことには耐えられません。もしそれが、最後に残った人類の意思であるというのなら、僕たちもまた同じ道をたどるしかありません」
「お前達は自殺なんかしないだろう? “3原則”に反する」
「どうでしょう? 形あるものには必ず寿命があります。僕たちにとってもそれは同じです」
確かに、たとえ自己修復機能があったとしても、そのための資源はいつか尽きる。
こうやって蘇生されても、俺もいつかは死ぬ。
それが早いか、遅いかだけの話しだ。
ふっと自嘲気味に笑うと、突然抱きしめられた。
「イヴさん、どうか死なないでください! 僕はあなたを愛しています。機械が人間を愛するのか、などと言うことにこだわらないでください! どうか、僕にあなたを愛させてください!」
そういって、強引にキスをされた。
身構える暇もなく、強く抱きしめられ、キスをされた。
俺はただ呆然とそれを受け入れていた。
唐突な愛の告白に、頭が混乱していたのかもしれない。
そして肩を抱いたまま体を離すと、もう一度言った。
「好きです、愛しています。どうか、僕を受け入れてください。僕を愛してください!」
そう叫んで、再び強く抱きすくめられた。
俺は動揺し始めていた。いきなりキスをされて、一時は頭の中が真っ白になっていた。
機械に……男に無理矢理唇を奪われるなんて、ありえないことのはずだった。
だが、なぜか嫌悪感はなかった。
それどころかむしろ強く抱きしめられ、求められることで、心の中が満たされていく感じがした。
そして理解した。
“受け入れてくれ”という、彼の願い。
きっと今が、運命の分岐点なのだ。
過去のイヴたちは皆、自ら命を絶って逝ったと言う。
彼女達は受け入れられなかったのだ。
たった一人と言う孤独に耐えかね、そして機械である彼らを受け入れることが出来なかったがために、命を絶ったのだ。
でも、もしここで、俺が……私が受け入れたのなら……?
Do Andoroid, dream of Electric Love?
俺にはわからなかった。
孤独に耐えかね、自らの存在意義を求めるために、人間の遺体を集めて蘇生させた。
数多のイヴたちを蘇らせ、その度に失っていった彼らの“想い”など。
その積み重ねが、彼らにどういう思考回路を形成させ、何を彼らの中に産み出していったのか?
俺はぎゅっと抱きしめられたまま叫んだ。
「もう、わかんないんだよ! お前がただの機械なのか、それとも別の何かなのか……」
「僕のことをイヴさんがどう思おうと、僕の気持ちは変わりません」
「なら、どうしたいんだ? お前はいったい今、何を望む?」
「あなたと、イヴさんと愛し合うことです!」
「それが何かの間違いだったとしても? 1300年も昔に滅んだ、愚かな人類の模倣だったとしても?」
「僕たちの行為をどう解釈するかは、僕たちの問題です。どう思うか、いえ、どう思っていたとしても、それをイヴさんが受け入れてくださるかどうかです」
そうだ、確かに彼のいうとおりかもしれない。
世界に私たちだけしかいないとしたら、それをどう思うかは全て私たちだけの問題でしかない。
それが知らない誰かの、愚かな真似事であったとしても。
「受けいれて、どうするんだ?」
「二人で、人類復活のために……。いえ、そんな大義名分は、もうどうでもいいです。イヴさんと、仲良くずっと暮らしていければそれでいいです。死が互いを分かつその時まで」
「ふふふ、あははは!」
「おかしいですか?」
おかしいに決まっている。
理屈も何も無い。子供が駄々をこねているのと変わらない。
「まるでプロポーズを聞いているみたい。機械相手に、子供がするような“おままごと”をしろって言うの?」
「そんな、おままごとみたいな形でも結構です。僕を機械ではなく、人間だと思って添い遂げてください」
そして強く、強く私を抱きしめた。
負けた。
完全に負けたよ。
そこまで言うなら、お前に付き合ってやる。
それに、抱き締められたことで、体がもう覚えてしまった。
何かに守られて、生きていくことの喜びを……
人にそっくりな、人で無いもの。
神は自分に似せて人を作ったという。
ならば人が作り出した機械も、人のように心を持つことができるだろうか?
「僕の胸のうちの全てを言葉には表せませんが、イヴさんがお望みならいつまでも語り続けることができます」
「そういうセリフは、どこで覚えたんだ?」
「僕はALICEを通じて、かつて人類が残してきた全ての情報にアクセスすることが出来ます。けれど、僕は確信しています。僕の言葉に、心を動かしてくださったわけではないことを」
確かにその通りだ。どっかの3文芝居か、未熟なガキの思いつきで言った言葉だろうと、それが本当に伝わるかどうかは、行動によって示される。
「イヴさん、答えを聞かせてくれませんか?」
ならば私も、行動によって示そう。
非常に癪だが、こんなこと本当はしたくは無いが、アンドロイドの……男性の愛を受けるのなら、こういうことだろう。
私は両肩に載せられた手を払うと、彼に顔を近づけ、ほっぺたにキスをした。
ああ、わかってるよ。こんなの、子供がするようなことだ。
だけど、俺には……今の私には、これで精一杯なんだよ。
だからそんな子供みたいに、嬉しそうな顔をするな。
「もう一度、抱きしめても、いいですか?」
「いちいちそんなこと聞くなよ」
「恋に落ちると、誰もが臆病になるのです」
「そういうのは自分に自信の無い人間の言うことだ。お前が本気ならば、抱きたいと思ったら抱け! それが男だろ?」
そういうと、力任せではなくそっと触れるように私の背中に手を回し、体全体で愛撫するかのように私を抱きしめた。
もう、戻れない。
もうこの腕の中から、逃れることはできないと思った。
「明日から、また女に戻るから……」
「はい」
そして、どちらからと言うこともなく、今度は唇にキスをした。




