(16)
目が覚めたとき、私の手はうつむいたまま目を閉じている、先生に握られていた。
前にもこんなことがあったな……と、ぼんやりと記憶を辿っていると、先生も気がついた。
「イヴさん……、心配しましたよ。でも無事で本当に良かった」
「……どうして、私を連れ戻したの?」
見回さなくても判る。ここはいつものあの部屋で、私が使っているベッドの上。
洗濯糊のきいた、少しごわごわとした診察着を着せられていて、見飽きた心配そうな顔が目の前にあった。
柔らかなベッドと毛布、暖かな部屋。安全で退屈な、籠の中。
廃墟のコロニーで、木の実やこわれた空調システムの冷却水をすすり、枯れ草を集めて野宿し、野犬に怯えていたことが、夢のようだった。
「イヴさんは大切な方ですから、いつもそばにいていただかないと、困ります」
「……どうして、私のいる場所がわかったの?」
「コロニーのミラー制御に干渉して、あの区画の温度を下げました。生きていれば体温の高い人間なら、温度差を利用して、広く入り組んだ区画の中でも見つけられると思いました。でも、余り長くは出来ません。植物の生育に影響がありますし、なによりイヴさんが低体温症になってしまっては、大変ですから」
「おかげで風邪を引くかと思ったわ」
「それは、申し訳ありませんでした」
申し訳ないと言っている割には、先生は聞き分けの無い子供をあやす母親のような優しい笑顔で言った。
私はそれがなんだか悔しくてそっぽを向いた。
先生はそんな私の頭にそっと触れたかと思うと、適当に切り散らかした髪を手ですいた。
「髪、切ってしまったんですね。残念です、とても似合ってらしたのに」
「わた……、俺は男なんだ。だからあんな長ったらしい髪なんて邪魔なだけだ」
会話を続けているうちに、段々と思考がはっきりしてきた。
そうだ、俺は弱みを見せたりしちゃいけないんだ。だから……
……だけどそう思って、いきまいた結果がこのざまだった。
「ショートカットもお似合いかとも思いますが、そのままではちょっと……。後でハサミを持ってきますから、綺麗に整えましょう」
「余計なことはしなくていい。起きるから手を離してくれ」
握られたままだった手を振り払い、ベッドから起き上がったとたんに、ぐぅーと腹の虫が泣いた。
「いま、温かいスープを持ってきますね。いきなり重いものだとお腹を壊してしまいます。スープと、足りなければ柔らかいパンとチーズを持ってきますね」
腹が減っては何も出来ない。確かにここ数日ろくなものを食べていなかったせいか、少しめまいがする。
しばらくして、スープとパン、チーズとハムが添えられたトレイを持った奴が入ってきた。
「どうぞ。やけどしないように、スープはぬるめに用意しました。ゆっくり食べてください」
「見られていると食べにくいから、出てて欲しいんだけど」
「いやです」
「え?」
機械の癖に、逆らうのかよ!
「十日ぶりですよ? もっとよく顔を見せてください」
と私の頬に手を触れた。
イラスト:もりや あこ さま
「な、やめてよ」
「いいえ、本当に心配したんですよ、イヴさん」
といって私を抱きしめようとした。
「わかったから! スープがこぼれる」
「スープはこぼれても、また作れます。シーツや服が汚れたなら洗えばいい。でもイヴさんはこの世界でたった一人なんです。どうか、自分を大切にしてください」
「わ、わかったから……」
「本当ですか?」
「ほ、本当よ」
「じゃあ、そばにいてもいいですか?」
「い、……いいわ。好きにすれば?」
あんまり真剣に言うので、ついそう言ってしまった。
しかたなく私は、先生に見つめられながらスープをすすり、パンとチーズをかじった。
久しぶりのまともな食事に、胃がきゅうきゅうといった。
腹を満たすだけでなく、味わう食事がどれほど貴重なものか思い知った。
ここは宇宙空間に切り離された、ほんの小さな世界。
たったこれっぽっちの食事を用意する事だって、本当はものすごく大変なことなのだ。
「はい、これは薬です。体に溜まった毒素を抜く働きもあります。鎮痛剤も要りますか? 生……お腹は痛みませんか?」
“生理中だから薬が必要だろう”と言わないところは、少しは気を使っているのか。
生理……はっとして見られているのも忘れて、パンツを確かめてしまった。
案の定、ちゃんと手当てされていた。
「その……、僕に診られるのがお嫌なのはわかっていますが、この場合は仕方なく……」
「え、ええ、判ってる。判ってるから、それ以上は言わないで……」
まったく、本当に情けない……。




