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エデンの園  作者: ありす
15/21

(15)


 私はいつの間にかあの、廃墟の街にいた。

 長い間放置された、生活感の無い、無人の街。

 急に激しい孤独感に襲われた。

 この世界は、余りに寂しすぎる。

 人間は一人では生きていけない。誰かの支えがなくては、とても一人では生きていけない。

 それなら……?


 “過去のイヴたちは、皆自殺してしまった……”


 ふと、ALICEの言葉が思い出された。

 そうか、それが原因だったんだ。

 この作り物しかないこの世界に、たった一人でいる孤独に耐えられなかったんだ。

 誰からも愛されず、誰も愛することができない、この世界に。

 なら、私も死のうか……?

 私が死ねば、もう再生できる可能性のある遺体は無いと、ALICEは確かそういっていた。

 私が死ねば、この作り物の街に作り物だけが残って、永遠に軌道上を彷徨い続けることになる。

 

 バカみたい……。

 

 自分は今まで、死のうなんて考えたことなかった。

 コロニー外壁のEVA作業で、どんなに厳しく過酷な条件でも、生存確率が一桁しかない状況でも決して諦めずに、自分の生をねじ込んできた。

 スペースデブリに当たって右足を失ったときも、義足で元通りの職場に復帰できた。

 3日間生死の境をさまようほどの大怪我をしたときも、1年かけてリハビリをして職場復帰した。


 こんなことで、こんなことぐらいで、自殺を考えてしまうなんて、負けを認めたみたいで癪だ!

 今の私にはたった一人残された寂しさよりも、自分を騙し、惑わせたあの機械どもに対する怒りのほうが強かった。

 仮に自殺するにしても、あの連中に一泡吹かせてからにしたかった。

 本当に私のこと、バカにして!

 絶対に見返してやるんだから!

 

 怒りに任せて街を歩いているうちに、私は日用品とかを調達するのに使っていた、百貨店の前を通りかかった。

 半分割れて、ほとんどの部分が曇っているショーウィンドウのガラスに、ぼやっとした人影が映った。

 不機嫌そうな少女。背中の中ほどまで伸びた、長い栗色の髪。

 

「はっくしょん!」


 そうだ、さっき池に投げ込まれて、濡れたままだった。

 私は着替えを調達するべく、朽ちかけた百貨店の中に入った。


 動きやすい服がいいなと思い、着れそうな服を選んだ。

 ところどころにひびが入り、こびりついた埃でぼうっと曇った鏡の前に立ち、似合うかどうかを確かめようとして、私ははっとなった。

 濡れたワンピースの代わりに選んだのは、飾り気は無いものの薄緑色のワンピースだった。

 そうだ、私がこんな格好をしているから、いけないんだ。

 こんな女の格好をしているから、あのポンコツが私をからかうんだ。

 私はワンピースを鏡にたたきつけると、着ていたものも全部脱ぎ捨てた。

 そして男性用の服を探し始めた。


 紳士服売り場は、崩れかけた階段を上った3階にあった。

 ほとんど手付かずのまま残されている感じではあったが、埃だらけの上に破れていたり、虫か何かに食われたのか、ボロボロになっていたりするようなものばかりだった。

 婦人服売り場のものは、それほど痛んでいるものが少なかったところを考えると、おそらく過去のイヴたちのために、つい最近まで、細々と製造を続けていたのかもしれない。

 諦めかけたところに、なんとか着れそうな「男性用のシャツとズボン」を見つけることが出来た。

 裸の上にそれを身に着けたが、ごわごわして、やはり下着も無いと駄目なようだった。

 だが、こちらは見る限り全滅だった。


「下着……はどうしようもないか」


 階下に降りて、下着だけは女性用のものの中から、如何にもな刺繍やらレースの付いたものを避け、スポーツ用と思われる、シンプルで柔軟性のあるものを何着か選んだ。


「これでよし。動きやすいし、これなら……」


 近くにあった鏡をのぞいてみたが、そこにはやはり、長い髪を乱れさせた活発そうな少女が映っているだけだった。


「この髪がいけないな、はさみかナイフを探そう」


 期待に反して、ナイフの類は全てボロボロに朽ちていて使い物にならず、セラミック製のはさみが唯一、物を切ることができそうだった。

 それを手に取り、鏡なんか見ずに適当に髪を切り落とした。

 外見なんか、どうだっていい。誰に見られるわけでなし、自分が動きやすければいいのだ。


「こんなものかな……」


 手で探って、短く切り落としたのを確かめていると、遠くに電気自動車の止まる音と、それに続いて足音が聞こえた。


 一瞬、どこかに身を隠すことを考えたけど、そんなことをしても大して意味が無いことに気が付いた。

 どうやっているかは知らないが、自分は常に監視されているのだ。

 おそらくコロニー内の行動範囲内のあちこちに、まだ生きているセンサとかカメラがあるに違いない。だから直ぐに居場所がばれてしまうのだ。

 ならば、こちらから出て行って、はっきりと宣言したほうが良いと言うものだ。


 薄暗闇の中、奴が歩く音が段々と近づいてきて、やがて止まった。


「イヴさん、そこにいるんでしょう? 出てきてくれませんか?」

「わた、俺ならここにいるぞ」


 俺は侮られることの無いように胸を張って、進み出た。


「イヴさん、その髪は……」

「邪魔だから切った。何か文句あるか!」

「ショートカットもお似合いかとも思いますが、いくらなんでもそのままでは……。綺麗に切り揃えましょう、僕がやってあげますよ」

「近づくな! 近づいたら、このハサミ……」


 そこまで言いかけたところで、血相を変えた奴が素早く俺に近づき、俺の腕を掴んでハサミを奪い取ろうとした。


「イヴさん! 駄目です! 止めて下さい! そんなこと止めて下さい!!」

「痛い! 手を離せ!」

「駄目です、イヴさん、自殺なんて!!」

「何を言ってやがる! 俺は自殺なんて……」


 所詮体は少女のもの、ちょっともみ合っただけで、ハサミはあっさりと奪い取られてしまった。


「返せよ! それはまだ使いたいんだ」


 刃物のひとつもなければサバイバル生活なんて出来ない。

 俺はもうあの部屋に戻る気はなかった。


「駄目です! イヴさん! 自殺なんて」

「しねえよ! 誰が自殺なんかするか!」

「しかし、今までの人たちは……」

「俺は自殺なんかしない。してたまるか! お前らを見返すまで、人間のほうがずっと上なんだってことを思い知らせてやるまで、俺は死なない」

「本当ですか? イヴさん」

「俺を“イヴ”なんて呼ぶな! 俺は“ショータ”だ! イヴなんて名前じゃない!」

「判りましたから、落ち着きましょう」

「何が判ったと言うんだ! 俺はもうお前らの人形なんかじゃないぞ! それから俺を女使いするのはやめろ、俺は男なんだ。だから好きだとか、恋しているだとか言うのをやめろ!」

「イヴさん……、僕のことが嫌いなんですか?」

「だいっきらいだ! もう二度と近づくな!」


 そう言い放つと、俺はその場から逃げるように駆け出した。

 奴が乗ってきた電気自動車を奪い、今度は焦って事故らないように気をつけながら、なるべく遠くへ行こうと運転を続けた。


 円筒形のコロニー内壁に広がる。地平線がせりあがって見える廃墟の街。

 頭上には最初に自分がいたと思われる、周りと比較して整った区画が見えた。

 しかし今時分がいる辺りは、荒廃しきった廃墟しかない。

 ALICEの監視網からは外れているのか、あの忌々しいアンドロイドが近くにいる気配もなく、動いている機械などは何一つ見かけなかった。

 

 俺は点在する公園の植物から侵食された、半分森のようになっている一角を、ねぐらにしていた。

 しかし生活は最低。サバイバルなんて言葉が生易しく思えるほど、酷かった。

 水はなんとか確保できたものの、一番の問題は食料だった。

 そもそも1300年間も放置されたままの人工のコロニー内部で、食料が調達できるほうがおかしかった。

 あれはALICEやあのアンドロイド、メンテナンスロボットたちが維持している、小さな世界でだけで得ることが出来るのだということを思い知った。

 小鳥か小動物を捕まえられないかとも思ったが、彼らはすばしっこく、私の小さな手の届く範囲ではなかったし、毒々しい色の昆虫は死んでも食べたくなかった。

 ほとんど一日中歩き回って得られるのは、僅かな食べられる木の実と、名前も知らない植物の柔らかい根の一部だけ。

 それも一度はやはり毒素を含んでいたものを食べてしまったのか、激しい下痢を起こし、何時間も起き上がることすら出来ないこともあった。

 更に悪いことに、昨日からまた生理が始まってしまっていた。下り物と出血で汚してしまった下着とズボンは、今もねぐらの樹に干したままだった。

 おかげで昨夜からここにうずくまったまま、動く気力も湧かなかった。

 腹は減っているようだが、食欲が一切無いのが救いといえば救いだった。

 時計が無いから定かではないが、数日前からミラーパネルの制御がおかしくなったのか、常に夕刻のような薄暗いままで、気温まで低くなっていた。

 時折、弱弱しい虫の鳴き声が聞こえる。

 それ以外、物音ひとつしない寂しい世界。


 一体、何をやっているんだろう。

 俺は枯れ草を敷き詰めた寝床に、野良犬のようにうずくまっていた。

 一人で生きていくと決意したのに、この体たらくだ。


 このまま、野たれ死ぬのかな……。

 “自殺なんかしてたまるか”と大見得を切ったわりに、これじゃ自殺と大してかわりが無い。

 人間は、自分一人じゃ生きていけないんだ。

 野生動物ならば、中には群れを作らず、単独で生きていくことが出来るものもいるというのに、人間とはなんと脆弱な生き物なのだろうか?


 ぼうっとそんなことを考えていると、がさがさと言う音が聞こえた。

 耳を済ませると、まだ近くではないが、風に揺れる草の音とは異なる、何者かかが近づいてくる気配があった。


 これはもしかしたらまずい状況かもしれない。

 人を襲えるほどの大型動物は一度も見たことは無いが、数日前から確かに近くの廃墟を何かが動き回っている気配だけは感じていた。

 だが、見たことが無いというだけで、例えば野犬とかが生き残っていて、獲物を探して徘徊しているのかもしれない。

 獲物を探して?

 ふと、干してあったズボンと下着が目に入る。

 まずい……。まさか血の臭いを嗅ぎつけて、何かが……?

 もし危険な大型動物だったら、今の自分には戦う術が無い。

 足をくじいたときに使っていた、杖代わりの木の枝が一本あるだけだった。

 手を伸ばしてそれを掴もうとしている間に、がさがさと草を掻き分ける音が近づいてきた。

 かろうじて手元に引き寄せ、息を潜めて待ち構えていると、耳をつんざくような警報音とともに、ポリバケツに足が生えたようなロボットが飛び込んできた。


 見つかった!


 ロボットを黙らせて逃げようとしたが、立ち上がりかけたところで気力が尽き、俺はその場に崩れ落ちて意識を失ってしまった。

 薄れ行く意識の中で、先生が必死になって自分を呼ぶ声が聞こえたような気がした。


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