最終段階の始まり?
「この指先の感じ、とってもいい」とトリエステは言った。「なんか癒やされるって感じ。あなたには分かるでしょ、私の気持ち」
トリエステの言うことが本当なら、僕にはマッサージのセンスがあったのかもしれない。 しかし、今ごろ気づいても何にもならない。
それに、僕はまだ自分の指先がどこにあるのか分からなかった。
「そんなことより」と僕は言った。「つまり、その火花が電気エネルギーに変換されるってわけ?」
「そう。でもまだまだ足りない」
残された時間が気になった僕は「あとどれくらいかかりそう?」と訊いた。
「それは、私にも分からないわ」トリエステは、申し訳なさそうな声で言った。「なにしろ初めてのことだから」
要するに、時間短縮の鍵は僕が握っているらしい。
「分かった。あとは任せて」
と言った僕は、反射的に強く息を吸った。
そうすれば、強い火花が飛ぶ。電気がはやく貯まる。時間の節約にもなる。
と思ったのだが、その行為は逆効果だったらしい。トリエステは、何かにむせたように咳き込んだ。
「気持ちはよく分かるけど」呼吸を整えたトリエステは、言い聞かせるような声でつづけた。「強い弱いは関係ないと思うの。お互いのリズムを合わせることが大切かもしれないわね」
深呼吸を再開してどれくらい経ったころなのか分からない。
ふと、気づいたことがあった。
自分のまわりが温かくなっているような気がしてきたのだ。障子越しにさし込む春の日差しのような、やわらかなあたたかさだった。
祖母の家の縁側で、うつらうつらしている幼い頃の自分の姿が脳裏に浮かんできた。
ひょっとすると、僕の身体の輪郭が戻ったのかもしれない。自分の鼻先が見えるようになったのかも……
だが、思い直した。気のせいだと思うことにした。
いま目を開けると、トリエステの体内に貯まりかけた電気が、一瞬にしてどこかに流れ出てしまうような気がしたからだ。
そのときがきたら、トリエステが教えてくれるはず。それまでは何も考えずに、深呼吸に専念することにした。
自分の指先に違和感を覚えたのと、トリエステの呼びかけは、ほとんど同時だった。
「ねえ」とトリエステは言った。「何か感じない?」
僕は深呼吸を続けながら、小さな声で答えた。
「指先がチリチリするみたい」
すると、安堵感と緊張感の混ざったような声が返ってきた。
「これからは、あなたの指先に意識を集中してね」
どうやら、ここでの最終段階が始まるらしい。
元の世界に戻れるチャンスは一回だけ。失敗は許されない。
僕は念のために訊ねた。
「深呼吸は、どうするの?」
「今まで通りでいいと思うけど」と言ったところで言葉を切ったトリエステは、すこし時間を置いてから答えた。「そこは自分で考えて」
ここからが一番大事なところだよ。命令口調で言ってよ、
と言おうとしたが、やめた。きっとトリエステも気持ちが一杯一杯なのだろう。
「分かった」と僕は言った。「今まで通りにする」
最初の息を吸うと同時に、僕の指先から何かが入ってくるのを感じた。




