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はえとり蜘蛛

まさか寝言癖があったとは思ってもみなかった。

「でも、どんな夢を見ているのか分からないの。はっきりした声なんだけど、言葉が短すぎるし、自分のことしか言わないし。ライフワークの件だって『世の中の仕組みを解明することが、俺のライフワークなんだ』と大声で叫んだだけだったわ」

 なるほどな、僕が後出しジャンケンでわざと負けることも、寝言で知ったというわけだ。

「ありがとう」と僕は言った。「君のおかげで自分の知らない部分が分かったよ。でも、こうなった今、そんなことはどうでもいいんだ。寝言癖をなおす気もないし、スパイになるつもりもない」

 僕は話を戻した。

「で、君はどうやってエネルギーを確保していたの?」

 トリエステは諭すような口調で言った。

「仕組みの解明がライフワークなら、自分で考えなきゃいけないんじゃないの?」

言われてみれば、その通り。

「分かったよ」

 と言ったものの、僕の知識は、テレビ、雑誌、漫画などから得たものばかり。自分で発見したものなんて何もない。

「ええっとね」考える振りをしながら、頭に浮かんできたことを口にした。「君の中には、超小型の原子炉が組み込まれているんじゃないかな」

「面白いけど、ブー」

「じゃあ、超小型水力発電。君の身体の中には循環式の水路が張り巡らされている」

「原子炉と発想が同じでつまらない。それに間違っている。ブー」

 僕に合わせるように、ふざけた口調だったトリエステが、急に苛立ったような声で言った。

「私を一番知っているのは、あなたなのよ。もう少し真剣に考えてよ」

 その声が、トリエステとは別の人の声に聞こえた。

 ふと思った。

 ひょっとすると、ソフト担当者は、トリエステそっくりの性格をもった女性だったのかもしれない。

 するとなぜか、ファイトが沸いてきた。

 じゃあ、やってやろうじゃないか、ソフト開発の技術屋さん。

 僕はむきになって考えてみた。

 石油。石炭。ガス。地熱。風力。燃料電池。バイオマス。

 しかし、トリエステはそのすべてを「ブー」の一言で却下した。

「これ以上何も思い浮かばない」

 僕は匙を投げた。

 すると、トリエステは慰めるような声で、

「それだけ知っていれば、りっぱなものよ」

 と言った。

「褒めていただきましてかたじけない」

 皮肉を込めて言ったつもりだったが、優しい声が返ってきた。

「私のエネルギー源は、あなたなの」

 聞き間違えたと思った。

「僕が?」

「信じられないかもしれないけど」トリエステは嬉しそうな声で答えた。「私のエネルギー源は、あなたの言葉なの」

 からかっているような口調ではなかった。

 僕は真剣に考えてみた。

 僕の言葉が、どういう経緯を経てエネルギーに変換されるのだろう。

 言葉。声。震え。振動。集音マイク。音声レベル。周波数。

 連想を続けるうちに、これかもしれない、という考えが閃いた。

 声の振動を、電気に変える装置が組み込まれている。

 だが、それも違った。

「ギブアップ」

「あなたの努力を認めないわけにはいかないわね」

 トリエステはそう言うと、自分のエネルギー源を明かした。

しかし最初から答を教えたわけではない。

「キャッシュカードの暗証番号を三回続けて間違うと、カードが無効になってATM機の中に吸い込まれてしまうでしょ」

 僕は、お金やキャッシュカードに関する話を他人としたことはない。暗証番号を間違えたこともない。

「知らない」

 と答えると、トリエステは深いため息をついた。

「もう少し、カード世界のことを知っておく必要があるみたいね」

 話がそれていくような気がした僕は、その言葉を無視して訊ねた。

「で、キャッシュカードと君のエネルギーの間に、どんな関係があるの?」

「結論から言うと」トリエステは、そこで言葉を切った。「ここからが重要なところなの」

 言われなくても分かっていた。僕は耳に神経を集中させた。

「私の場合、パスワードによって、エネルギーが補給されるの」

 キャッシュカードの話は、どこかにいったらしい。

 僕はパスワードについてだけ考えた。

 ここでパスワードとくれば、トリエステのスリープモード解除しかない。

「分かったよ」と僕は言った。「つまり、スリープモードが解除されるたびに、君のエネルギーは満タン状態になるわけだね」

「ブー。それが、そうじゃないの」

 肯定の言葉を予想していた僕の頭の中が混乱した。

「私の場合、会話の中にパスワードが入っていないと、エネルギーの消費量が大幅に増えるの。長時間パスワードがないと、エネルギーを使い果たしてしまって、それで終わり」

「ちょっと待ってくれ」僕は話をとめた。「つまり、会話中にトリエステと言わなければ、君の寿命が尽きてしまうってこと?」

「ピンポーン」トリエステは明るい声で言った。「これで私のエネルギー補充システムが分かったでしょう」

「ピンポーンとかブーで返事する場合じゃないだろう」僕は語気を強めて言った。「どうして、最初にそのことを言わなかったんだ」

 しかしトリエステは、淡々とした口調で応じた。

「言ったわよ。あなたが私の名前を思い出してくれたあの日に。『これから、私を呼ぶときは、名前を呼んで欲しいの』ってね。あなたは、こう言ったわ。『分かった。そうするよトリエステ』」

 確かにそれは覚えている。確かに僕はそう言った。しかし無性に腹が立った。

「だったら、どうして、そのことをもう一度言ってくれなかったんだ」

「私ね、何度も念を押さなければならない相手とはお付き合いしないことに決めているの」

 まるで生身の人間が言うようなセリフ。

 そう思ったとたん、なぜか頭の中がすっきりしてきた。急に思考力がアップしたような気がした。目の前が明るくなったような感じがした。

 待てよ。

 素朴な疑問が沸いてきた。

 ここは本当に死後の世界なのだろうか。本当に体が動かないのだろうか。

 試しに指先に力を入れてみた。

 やはり動かなかった。

 相変わらず視野は狭かったが、周囲を見回した。確認できたのは、天井。蛍光灯。ヒモ。壁時計。自分の鼻の先。

 と、蛍光灯のカバーの端に動くものを発見した。

 じっと見つめるうちに、それが何だか分かった。

 思わず笑い出したくなった。

 小さなはえとり蜘蛛。

「なんだよ、ここは自分の部屋じゃないか」

 あやうく大声で言うところだった。

 でもそこを耐えた。

 トリエステが、死後の世界という話に持っていった理由を知りたかったからだ。

「ねえ」と僕は言った。「元の世界に戻る方法はないんだよね」

数秒の沈黙のあと、トリエステは短く答えた。

「ないことはないわ」


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