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トリエステの情報源

 頭が一瞬混乱した。

 しかし、光がエネルギー源ではないと言われたからではない。 

 エネルギー源、という言葉をトリエステが使ったからだ。しかも、ご丁寧に、私のエネルギー源と言った。

 口が滑ったのだろうか。それとも、自分がパソコンだということを、暗に伝えたかったのだろうか。だとすると、理由が分からない。トリエステは、それをさっき否定したばかり。

 そのことを追求してみようかと思ったが、話の流れが途切れてしまう。

 僕は、角度を変えてアプローチすることにした。

「光でなければ、どういう仕組みで、エネルギーを生み出しているの?」

「少しは自分で考えてみてよ。あなたのライフワークでしょ」

 短い言葉の中に、強く引っかかる部分があった。

「ライフワークって、どういう意味?」

「あらいやだ、忘れたの」トリエステは少し驚いたような声で言った。「あなたのライフワークは、世の中の仕組みを知ることだったでしょ」

 背中がゾクッとした。

 どうしてそのことを知っているんだ。このことは、誰にも話していない。母親はもちろん、Pにだって言っていない。

 僕が黙っていると、意味ありげな口調でトリエステが言った。

「どうして、この私がそのことを知っていると思う?」

 僕はしばらく考えてから口を開いた。

「僕が寝ている間に、脳波を調べたんじゃないの」

 もちろん冗談だ。だが、トリエステは意外な反応を示した。

「ああ、惜しいな惜しい、もうちょっとなんだけど」

 もうちょっとの言葉で、真剣に考えることにした。

 どこがどういうふうに、もうちょっとなんだろう。

 しばらく考えているうちに、古い映画の題名を思い出した。

 ミクロの決死圏。

脳内出血を起こして意識不明となった科学者の命を救うために、医療チームを乗せた潜航艇が、人体に潜り込んでいくシーンがあった。

「僕の体の中に入りこんできた君が、僕の脳のどこかをいじったんだね」

 これも冗談。しかし、それを真に受けたのか、トリエステはからかうような口調で、

「あなたの場合、そんな仰々しいことはしなくてもいいの」

 と言った。

 軽く見られたような気がして、カチンときたが、すぐ気を取り直した。

「ヒントはないの?」

 何がおかしいのか、トリエステはクスクス笑いながら、意味不明のことを言った。

「ヒントは、あなたに一番不向きな仕事」

 無職になってから、やりたい仕事が見つからなくて、ずっと悩んでいた。でもやりたくない仕事ならいくつもあった。

「金儲け第一主義の商売の、すべてかな?」

 僕はかねがね思っていたことを、疑問符付きで口にした。

「それもあるかもしれないけど、他にもあるでしょ。よく考えてみてよ」

 考えろ、と言われても他に何も考えつかなかった。自分に適した職業を言えと言われるより、こっちの方がはるかに難しいかもしれない。

 いつまで待っても答が出てこないと思ったのか、トリエステは焦れたような声で「じゃあ、教えて上げる」と言ったあと、滑舌の訓練でもするような声で付けくわえた。

「ス・パ・イ」

 予想もしていなかった。その手の映画は好きだが、スパイに憧れたことは一度もない。

「それって、いわゆる秘密情報部員? 007?」

「ピンポーン」

 相変わらずふざけた返事。

「僕には情報収集能力が欠けているということ? それとも体力? 語学?」

「それが全部兼ね備わっていたとしても、あなたにスパイは務まらない」

 隠れている能力を引き出してもらえるのならともかく、一番不向きな仕事を教えてもらったところで何の役にも立たない。

 もういいよ、と言いたかった。でも、ライフワークにしようと決めていたことを知っていた理由を突き止めたかった。情報源を知りたかった。

 僕は苛立ちを隠して訊いた。

「どうして、僕はスパイに向かないの?」

「秘密を守れないから」

 あまりにもあっさり言われて、怒る気にもなれなかった。

「ちょっと、待ってくれ」と僕は言った。「僕は秘密だけは守る男なんだ。たとえ目の前に何億円の現金を積まれたとしても、秘密を守る自信はある」

「確かにそうかもしれないわね」トリエステは簡単に僕の主張を認めてくれた。だが、ありがとうと言おうとしたとき、クスクス笑いだした。

「でもあなたは、ペラぺらしゃべる」

 いくらなんでもこれは無視できない。僕は低い声で言った。

「そのクスクス笑いはやめてくれないかな。最初のうちは心地よかったんだけど、なんだかむかつくんだ」

「分かったわ」と言ったが、それでもトリエステは笑いをやめなかった。「人間には二面性があるって知っている?」

 また話が飛んだ。

 手が動けば、指先でトリエステをパチンと弾きたいところだ。

「僕には裏の顔と表の顔があるって言いたいの?」

「ちょっと、違う」

 トリエステは、そこで黙った。

 たぶん僕の反応を待っている。ぎゃふんと言わせるようなセリフがないか考えてみた。しかし適当な言葉は何も浮かんでこなかった。

 しばらくすると、トリエステが反省したような声で言った。

「私の言い方がまずかったみたいね。起きているときと、寝ているとき。こう言えば分かってもらえるかしら」

 確かにそれも二面性といえるかもしれない。僕はトリエステの言葉を頭の中で繰り返してみた。しかしいくら考えても、その中にスパイにつながるようなものを発見することはできなかった。

「分からない」

 と言うと、トリエステは、

「ICレコーダーって知っている?」

 と言った。

 また話が飛びそうな気がした。

「知っているけど、そんなことより結論から先に言ってくれないかな。さっきからいらいらしているんだ」

「いいわよ」

 トリエステは即座に答えた。

「あなたの寝言、ものすごいの。まるで世界中の人を相手に演説しているみたいなの」


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