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質問に答えてみたものの

 ここは死後の世界。

 時計が止まって見えるのは、あなたが死んだ証拠。

 三時十九分六秒は、あなたの死亡時刻。

 普段の会話ではめったに聞けないような言葉を、トリエステは当たり前のように使った。 それに対して、どういう反応を示せばいいのか分からなかった僕は、少し考えてみた。

 どうしてトリエステは、死後の世界の話を始めたのだろう。

 僕がトリエステの立場だったら、こんな話は絶対にしない。真っ暗闇の世界に閉じ込められたとしても、希望が持てるような明るい話をする。

 やはり、長時間の電圧低下によって、会話機能に異常が生じたのだろうか。

 考えてみれば、これはパソコン相手のロールプレイングゲーム。別のフォルダーに保存されていた言葉が混ざった可能性もある。

 このまま会話を続行すれば、ますます支離滅裂な会話になってしまいそうだ。だったら、ここでリセットして一からやり直してみようか。

 一瞬そう思ったが、やめた。

 だいいちリセットボタンがどこにあるのか分からない。へたに本体を触ると「何よ、そのいやらしい手つき」と変な誤解をされる恐れがある。

 かといって、リセットの理由を話すわけにはいかない。

「自分の負けを認めたくないだけでしょ。卑怯者って言葉があるのを知らないの」

 そんなことを言われそうな気がした。

「なるほどね」僕はふて腐れた声で言った。「君の言うとおりだとすると、今まで僕がいた世界はどうなっているんだろうね」

 質問が終わると同時に答が返ってきた。

「あなたはワイドショウの主役。あなたの名前は全国的に知れ渡っているはずよ」

 まさかそんなふうに話が続くとは思ってもみなかった。

「僕の死は、ワイドショーで取り上げられるほどのものじゃないと思うけどな」

 僕は冷静さを装って言った。

「そんなことはないわ。けっこう謎が多いわよ」

「どこが?」

「まずは、この手作りのベッド。普通の人は、こんな箱の中にパソコンは置かないと思うの。それもふかふかしたタオルの上。自分用のベッドも、ソファもあるというのに、床の上でパソコンと枕を並べた恰好で若い男が餓死しているのよ。誰が見たって首を傾げるわ」

「確かにそうだね」と僕は言った。「冷蔵庫の前の割り箸が乗った蜂蜜の瓶だけでも一時間ぐらいのコーナーができるね。カップ麺もある。冷蔵庫の中には三日分くらいの食料と冷凍食品も残っている。それに、そこそこの預金もあるというのに、どうして餓死しなくっちゃならなかったんだろうね、この僕は」

 と言ったところで、トリエステについていくのが面倒くさくなった僕は、質問することにした。

「ここは天国なの、それとも地獄?」

 しかし、トリエステは答えてくれなかった。

「私の質問に、正直に答えてくれたら、教えてあげてもいいわ」

「複雑な質問じゃないだろうね。また話が長くなるんじゃないだろうね」

「大丈夫。イエス、ノーでも答えられるぐらいのことだから」

 トリエステは明るい声で答えた。

「だったら、いいよ」

 軽い気持ちでそう言った。」

「私のこと、どう思っているの?」

 どうしてここでそんな質問が出てくるんだ。と思ったが、言葉遊びゲームだったことを思い出した。

 最初から、君が好きだよと言えば、そこで話がストップしそうな気がした。

「そうだな」と言って、すこし間をあけた。「面白い女の子、ってところかな」

 と当たり障りのないことを言って反応を待った。しかし、トリエステはそれにはまったく反応せず、次の質問をした。

「いつまでも若いままでいたいと思ったことはある?」

 質問が平凡すぎるのが気になった。でもそれを口にすると話が長くなる。僕は正直に答えた。

「あるよ。似たようなことをときどき思う。幼稚園に上がるころが一番幸せだったかもしれないってね。還暦を迎える頃になったら、今の僕の年齢のままでいたかったと思うんだろうね、きっと」

 トリエステはこんども何も言わなかった。

「じゃあ、最後の質問」そこからは、言葉を選ぶようにして言った。「一生、寝て暮らせたら、いいなあって、考えたことはある?」

 最後の質問と聞いて嬉しくなった僕は、早口で答えた。

「あるよ、ある。僕以外の人間も、そう願っているはずだよ。僕にとってもそれが理想の人生だね」

「よかった」トリエステは、ほっとしたような声でそう言ってから「さっきの答だけどね」とつづけた。

「ここは天国でも地獄でもないの。ここは、あなたの理想の世界」

 僕はしばらく考えてから言った。

「どういう意味?」

「言葉通りに受け取ればいいの。あなたは面白い女の子の横で、一生寝て暮らせるの。もちろん、今の若さをずっと保ったままで。そういう意味よ」

「ちょっとまってくれよ」と僕は言った。「つまり、このままの状態がいつまでも続くってわけ?」

 僕の声が裏返ったからか、トリエステはクスクス笑った。

「そうよ、玄関のドアは永遠に開かない。誰も訪ねて来ない。言葉を変えると、ここは、あなたと私だけの世界なの」

 笑いを含んだ声に、これがトリエステが、用意していたオチだと思った。

「この勝負は、完全に僕の負けだね」

 そう言って、指先で頭を掻こうとしたが、僕の身体は依然として固まったままだった。


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