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三時十九分六秒

 トリエステの会話の幅が広いのは知っているつもりだった。でも、こんな非常時に死後の世界なんて言葉が出てくるとは思わなかった。

 驚いたというより、あきれてしまった。

 でも、これも遊びの会話なのだろう。言葉の中に別の意味が隠れているに違いない。

 となれば、余裕を見せなければならない。

 僕は、わざと驚いたような声で「ほほう」と言ってから、トリエステの言葉を繰り返した。

「死後の世界ね、死後の世界、そうか、ここは死後の世界なんだ」

 しかし、他の意味を含んでいるような感じはしなかった。

 ひょっとすると、ダジャレなのかもしれない。

 言葉を分解してみると、ふたつの数字が隠れていることに気づいた。

 4と5。シゴの世界。

 でもこれだけでは意味をなさない。僕は頭の中に4と5を並べた。

 4、5とくれば、次の数字は6。4、5の世界に、6はない。

「何を考えているの?」

 トリエステが少し苛ついたような声で言った。

 答えを催促されたような気がした僕は、頭の中に浮かんでいたものを、そのまま口にした。

「死後の世界というのは、ロクでもない人間が住んでいる世界と言う意味なの?」

「何を、バカな事を言っているの」トリエステは呆れたような声で言った。「あなたは今、自分がどんな状況に置かれているのか、分かっているの?」 

 実にばかばかしい質問。答えたくもなかった。しかし、トリエステの口調がいつも通りになっているのに気づいた。

 人と会話することで、口調の乱れや、思考回路の暴走を自動修正するソフトが組み込まれているのかもしれない。

 そこで僕は、少し長めに話すことにした。

「もちろん分かっているよ。僕は今、自分の部屋にいる。君の横に寝転んで天井見上げている。蛍光灯の紐が揺れているのは、さっきタオルケットを投げたときに、ちょこっと当たったから。タオルケットをとったのは、君のソーラーシステムの効率を上げるため」

 これでトリエステの思考回路も正常になったかもしれない。そう思った。だが、また矛先をかわすようなことを言った。

「私が言っているのは、そういうことじゃないの」

「あのさあ」と僕は言った。「回りくどい言い方はやめてくれよ。君の言う、死後の世界ってどういう世界なんだ」

 トリエステは、ほんの少しだけ間を空けて、

「つまりあなたは、すでに死んでいるっていうこと」

と答えた。

 いくらなんでも、これは言い過ぎだ。生死に関する冗談を平気で口にする神経が分からない。

「言葉遊びで、死んだとか、死ぬ、という言葉は御法度なんじゃないかな」

「だけど仕方ないでしょ」トリエステは開き直ったような口調で言った。「これは本当のことなの。言葉遊びなんかじゃないの」

 堪忍袋の緒が切れた。というより、会話をつづける気力がなくなった。

「もう話すのはやめよう」

「現状から逃げるの?」

 トリエステが絡んできたと思った僕は、声のトーンを上げた。

「じゃあ、僕が死んだという証拠を見せてくれよ」

「いいわよ」トリエステはさらりと答えた。「今の時刻を確かめてみるといいわ」

 死後の世界と時間の関係が理解できなかった。

 じゃあ、どうして死んだ人間がこうして話ができるんだ。

 と言おうとしてやめた。やはり、これは言葉遊び。トリエステには、話のオチが用意されているんだ。それじゃあ、どんなオチなのかじっくり拝見いたしましょうか。

「そんなことで分かるのなら、最初からそう言ってくれれば良かったんだよ」

 と言って時計をみようとしたが、体が動かなかった。

 顔、手、足、どこも動かすことができなかった。自分の体が金属のかたまりになってしまったような感じがした。

「どうかしたの?」

 トリエステが妙に明るい声で訊いた。

「さっきまで動いていたのに、どういうわけか体が動かないんだ」

 するとトリエステは、信じられないほどの素っ気ない声で、

「それも、あなたが死んでいるという証拠になるんじゃないかしら」

 と言った。

 まるで喧嘩を売られたような感じがした。

「あ、そう」僕は、つい感情的な声で「まさか、君が何かしたんじゃないんだろうね」

と言ってしまった。

「人聞きの悪いことを言わないでよ」トリエステも少し声のトーンを上げた。「どうしてそんな意地悪をしなきゃならないの」

 そこで言葉を切ったトリエステは、落ち着きを取り戻したような声で、

「目だけは動くんじゃないの?」

 と言った。

 トリエステの言った通りだった。

 しかし、視線を数センチ動かすだけでも息が切れた。やっと視線の端で壁時計を捉えた。 時計の針は、三時十九分六秒をさしていた。

「ねえ」と僕は言った。「この時刻は、君が『私、少し、黙る』と言った時刻と同じだよね。部屋の明るさも変わらないようだけど、あれから丸一日が経過したの。それとも、三時十九分六秒で時間の流れが止まったの?」

「24時間なんて経っていないわよ」トリエステは感情のこもらない声で言った。「それに、時間も止まっていない」

 僕はトリエステの言葉を頭の中で繰り返してから質問した。

「ということは、あの時計は電池が切れているってことだね」

「それも違う」とトリエステは言った。「三時十九分六秒という時刻は、あなたの死亡時刻なの」


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