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素朴な疑問

ゴキブリは暖かいところを好むという。

 この部屋で暖かいところといえば、ガスコンロの裏か、風呂の焚き口。

 しかし、その二カ所は寒暖の差が激し過ぎる。余熱を楽しんでいるところにいきなり再点火されると、焼け死んでしまう恐れがある。

 となると、彼らにとっての一等地は、どこだろう。

 ゴキブリ退治をテーマにした特番を見たことがある。

 一般住宅での隠れ家ベストテン(隠れるのは、もちろんゴキブリ)は、屋外のプランター、クーラーの室外機。ストックしておいた段ボールの隙間。

 そこまで思い出したところで、背筋に冷たいものが走った。

 冷蔵庫の裏側も、ベストテンの中にランクインしていた。

 ワモンゴキブリが消えたのも冷蔵庫。寝転んでいる僕のすぐ横にある。僕との間はわずか二十センチといったところ。

 今気づいたが、コンプレッサーを回すモーター音が、はっきり聞こえている。

 常に熱を帯びたモーター周辺は、ゴキブリにとって常夏のハワイか、タヒチに匹敵するほどの場所なのだろう。

 一等地に陣取るのは、権力者か一族の長老とたいてい決まっている。

 あのワモンゴキブリは、その両方を兼ねそろえていたように思う。

 しかし、よく考えてみると、あの時点で片目のジャックが年老いていたとは限らない。

 人間で言えば、二十歳そこそこだった可能性がある。羽の破れは、何かと戦ったときに生じたものかもしれない。

 あれから二年経つが、ワモンゴキブリの平均寿命の範囲内だ。

 片目のジャックは今、大勢の部下を従えて、冷蔵庫の暗がりで僕の様子をうかがっているのではないだろうか。

「時は熟した。者どもかかれ」

 その命令が下った瞬間、勝負は決まる。

「くすぐったーい、やめてくれー」も言えないまま、僕は絶命。

 僕の死骸は『人類史上初めてゴキブリにくすぐられて死亡した人間』として、どこかの博物館の片隅に飾られる。

 冗談じゃない。

 こんな状態で、この世にさよならするわけにはいかない。

 徹底的に戦ってやる。

 だが現実的に、それは無理。体を動かすだけのエネルギーがない。

 しかし、蜂蜜を一口なめることができれば、何とかなるかもしれない。

 首だけ動かして、蜂蜜の瓶に目をやった。

 だが、ざんねん。取りだしたときとまったく変わりなし。シベリアの永久凍土のように瓶の底に張り付いている。

 どれぐらい時間が経ったのだろう。

 視線を壁時計に向けた。だが、なぜか、針がぼやけてよく見えない。

 エネルギー不足の影響が視力にも及んでいるのだろうか。

 返事はもらえないと思ったが、トリエステに呼びかけるしかない。

「今何時?」

 やはり返事はなかった。

 スリープモードに入ったのだろうか。

 いや、少し黙ると言ったが、眠るとは言わなかった。

 それにしてもトリエステは、どうして急にあんな口調になったのだろう。

 今考えると、冗談を仕掛けている感じではなかった。いつものような余裕のある話し方でもなかった。どちらかというと、しどろもどろ。息が続かないような感じだった。

 僕に気を使ったのだろうか。会話による無駄なエネルギーを防ごうと考えたのだろうか。

 だったら、どうしてはっきりそう言わなかったのだろう。言えない理由でもあったのだろうか。

 思案するうちに、素朴な疑問にぶち当たった。

 トリエステのエネルギー源は、何だろう。

 ノートパソコンには、リチウムイオンバッテリーかニッケル水素バッテリーが使われているらしい。二種類のバッテリーにどんな違いがあるのか分からないが、僕でも知っていることがある。

 バッテリーの残量が少なくなったら、充電しなければならない。

 だが、僕は一度も充電をしていない。

 玄関の新聞受けに一部、土間に二部の新聞があった。そこから推測すると、僕は三日ほど記憶を失っていたらしい。つまり、トリエステと出会ってから一週間近く経っているということになる。

 その間の記憶の有る無しにかかわらず、充電していないのは立証できる。

 トリエステには充電用のアダプターが付属していなかった。仮にあったとしても、本体のどこにも充電用の端子がなかった。

 なのに、トリエステと僕は、少なくとも三日間会話ができた。

 トリエステのバッテリー容量が多いのだろうか。一回充電すれば、無限に使えるのだろうか。

 いや、そんなことはない。

 十年前にそんな技術が開発されていたのなら、今のノートパソコンや携帯電話にもそのバッテリー方式が採用されているはず。

 トリエステが置いてあったのは、パソピアのショーケースだった。でも販売用として展示してあったわけではない。売れ残った古いノートパソコンの中の一台だった。

 お婆さんも言っていた。

『 バッテリーはゼロだけど、専用の電源コードが残っているのもあるんだ。それを使ってごらん。動くはずだよ』

 しかし、電源コードはなかった。何もしないのにトリエステは反応した。

 僕たちは、まるで人間同士が話すようにおしゃべりできた。

 スリープモードを解除するキーワードを教えてくれたのも、トリエステだった。

 ふと、頭の隅に浮かんできた言葉があった。

 光エネルギー。


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