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】しらを切りましょ。切りましょ、しらを

 カチリ。

 金属音のような微かな音。

 一瞬、異次元の世界に電話が繋がったのかと思ったが、聞こえてきたのは、予約受付の音声ガイダンスだった。

 電話予約はとても簡単だった。音声案内を聞いているだけで、電話番号が自動的に登録されるようになっているらしい。

 通話を終えた僕は、このあと、どのような順番で話を進めれば良いかを考えてみた。

 偶然とはいえ、トリエステが言った通りに電話が繋がった。

 抽選に当たった訳ではないが、トリエステの面目は保てている。

 だとすると、今の電話を無駄にしてはならない。僕のくじ運に関する話はここで打ち止めにしよう。

 僕はベッドの横に胡座をかいた。

「すごいね、君の勘は」

 と褒めたあと、思いついたでたらめを口にした。

「統計によると、森伊蔵を当てるより、電話予約をするほうが、ずっとずっと難しいらしいんだ。君のおかげで、自分のくじ運の強さを確認できたよ。ありがとう」

「あら、私、何もしていないわよ」

 謙遜気味に言ったトリエステは、考え事をするようにすこし間を置いてから、

「で、いつ届くの? 森伊蔵は」

 と言った。

 僕の言い方が悪かったらしい。

「あのね」僕は携帯を振って見せた。「今のは、予約だけなんだ」

 それから電話予約のシステムを説明した。

 予約期間は、15日から25日まで。

 抽選結果は翌月の1日から14日までに、予約した電話機を使って問い合わせる。

 当選していた場合、店頭受け取りか、発送のどちらかを選ぶ。

 森伊蔵が届くのは、約二ヶ月後。

「でも、幻の焼酎なんてどうでもいいんだ」と僕は声を強めて言った。「大事なことは、電話が通じたということだけなんだ」

「ホントよね。繋がるまで大変だったもんね」

 とトリエステは嬉しそうな声で言った。

 これで話は一段落したと思ったが、続きがあった。

「それで、その森伊蔵はどうするの。誰かにあげるの?」

「あのさあ」

 僕は大きく息を吐いてから言った。

「僕が抽選に当たると本気で思っているの?」

「もちろんよ。電話が通じたっていうことは、そういうことでしょ」

 この調子でいくと、無駄な会話が延々と続くだけ。僕は強引に話を変えた。

「君の好きな色は何?」

「何のためにそんなことを訊くの?」

 とトリエステは怪訝そうな声で訊いた。

「参考のためだよ」

 何も考えずにそう答えた。

「私、色にこだわったことなんかないの」

 その方がありがたかった。ピンクだ、紫だと言い出されたら困るところだった。

 僕はベッドの下の収納ケースを引っ張り出した。そして一番上にあった白いタオルケットを四つ折りにして、左手に持った。

「ちょっと失礼」

 右手で毛布をはねのけると同時に、左手のタオルケットをトリエステにかぶせた。

「ねえ」とトリエステが言った。「何のために、こんなことをするの?」

 僕はそれには答えず、ソファの横に隠しておいた手作りベッドを取りに行った。

 そして、それをトリエステが寝ているベッドの横に置くと、何も言わずにタオルケットごとトリエステを持ち上げた。

 きゃー、何するの!

 なんて声は聞こえなかった。

 安心したと同時に拍子抜けした。

 手作りベッドの上に、そっとトリエステを移した僕は、驚かせたかもしれないという反省も込めて、優しい声で、

「今日から君は、こっちで寝るんだよ」

 と言った。

サイズは目見当で決めたわけだが、バランス的にはちょうどだった。

「ねえ」と僕は声をかけた。「寝心地はどう?」

 しかし返事はなかった。

 三分待ってから、もう一度呼びかけた。

「もしかして、怒っているの?」

 的外れな答が返ってくるまでに十秒ほどかかった。

「見てみたいものがあるんだけど、無理かもしれないわねぇ……」

 語尾を濁したところをみると、なにやら企みがあるようだ。

 次の言葉を言いやすいように、僕はわざと大きな声で、

「何を見てみたいの?」

 と言った。

「あなたの頭の中」

 思った通りの言葉が返ってきた。

「残念ながら」と僕は言った。「最新式のMRIを使っても、僕の頭の中を見ることはできないと思うよ」

 僕はそこで言葉を切ってから、つづけた。

「どうしてだと思う?」

「中身が空っぽだからでしょう」

 自分で言うつもりだったセリフを、間髪入れずに返されると、何も言えない。しかもそのあとトリエステは、僕がさっき言った言葉を、そのまま返した。

「もしかして、怒っているの?」

 すっかり相手のペースにはまってしまったようだ。悔しくて口も聞きたくないが、ここで返事をしないと負けを認めたも同然。

「いや」と僕は言った。「力が抜けただけだよ」

「よかった」トリエステは、ほっとしたような声で言ったあと、確認を取るような口調でたたみかけてきた。

「昨夜あなたは、こう言ったわよね。君をただのパソコンとして扱うつもりだったんだけど、これまで通り、ひとりの女性として扱うことにしたって。あの言葉、今でも覚えているんでしょうね」

 もちろん覚えているよ。

 と言おうとして、言葉を飲み込んだ。

 どうして、電話予約が成立したこのタイミングで昨夜のことを持ち出してきたのだろう。

 僕が強引に話を変えたからだろうか。

 そういえばトリエステは、あのあと謎めいたことを言っていた。

『私は人間の女性でもなければ、パソコンでもないのよ』

 あの言葉と、今の質問は繋がっているのかもしれない。

 僕はしばらくそのことについて考えたあと、しらを切ることに決めた。


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