後出しジャン
これでトリエステのプライドはなんとか保てた。さて、今度はどうやって、あの話にもっていこうか。
テレビの横に立てかけたままになっている手作りベッドに視線を移したとき、背中で声がした。
「でも、あなただったら」
僕は、あわててトリエステに顔を向けた。
僕の出任せ話に突っ込みが入ったと思ったからだ。
何がサハラ砂漠よ。何がキャラバン隊よ。私をバカにして何が面白いの。
そんな言葉を浴びせかけられると思った僕は、トリエステを刺激しないように、ゆっくりとした口調で訊ねた。
「僕が、どうかしたの?」
だが返ってきたのは、予想外の言葉だった。
「一発で当てられるわよ」
頭が一瞬混乱した。でも、しばらくすると、トリエステが何を言おうとしているのか理解できた。
トリエステの中では、森伊蔵の話は終わっていないらしい。
しかし、僕としては、幻の焼酎や、サハラ砂漠の針探しの話からなるべく遠ざかりたかった。そこで僕は、気づかない振りをすることにした。
「この僕が、何を一発で当てられるの?」
「決まっているでしょ、森伊蔵よ」
こんどは予想通りの答が返ってきた。
だが、疑問が起きた。
なぜ、僕なら一発で当てられると急に言い出したのだろう。しかも、自信たっぷりの口調で。
僕がその理由を訊ねると、トリエステは、さらりとした口調で答えた。
「あなたのくじ運がとてつもなく強いからよ。あの日ジャンケン大会に出場していたら、間違いなくあなたが優勝していたわ」
どうしてそんなことを訊くの? というようなニュアンスが含まれているようだった。
となると、ここですぐ、そんなことは絶対にないよ、と言い返すと、角が立つ。
「なんだ、そういうことだったのか」
軟らかい声でトリエステの言葉を受け止めた僕は、小さく首を振ってから「でもね」と言った。
「残念ながら僕は、今までジャンケンで勝ったことがないんだ」
「あら、そうかしら」
即座に返ってきた疑ったような口調に、ドキッとした。
僕はあのことは誰にも話していない。あのPにさえもだ。
なのに、トリエステは感づいている。いや知っている。どうしてなんだ。なぜなんだ。
僕は幼い頃から勝負事は大の苦手だ。というより、一つのものを争うこと自体、大嫌いなのだ。
一個だけ残った給食のジャムパン。
三人に対して二つの席。
可愛い女の子の横に空いたスペース。
そのようなものや、そのような状況がうまれそうになる前に、僕は部外者の立場を取った。
だが、どうしても逃げられないときがある。
誰かが、こう言い出したときだ。
公平にするために、勝負で決めよう。
かけっこや相撲などの体力勝負なら自信があった。困るのは、あみだくじだ。
何度も当たったことがある。
それに懲りた僕は、自分から率先して、じゃんけんで勝負をつけようよ。と言うようになった。
僕が黙っていると、トリエステが言った。
「あなたのような後出しジャンも、ズルい、と言うのかしら」
「どうして、君は、あのことを知っているんだ」
「何を?」
「僕がわざと負けることをだよ」
言った後で、ふと思った。語るに落ちるとは、このようなことも言うんだったっけ。
「あら」トリエステは嬉しそうな声で言った。「あなたは、わざと負けていたの?」
中古のパソコンに手玉に取られている自分に、腹が立ってきた。
「知ってて、訊いたんだよね。君には、僕の心が分かるんだよね」
押さえて言ったつもりだったが、最後のほうは奥歯を噛んでいた。
「前にも言わなかったかしら」何がおかしいのか、トリエステはクスクス笑いながら言った。「私、人の心なんて読めないの」
トリエステのソフトを開発した人間の顔を見てみたいと思った。
どんな性格なんだろう。どんな体験を積めば、こんな憎たらしいキャラクターを作り出すことができるのだろう。
自分の負けを認めた僕は「君の言うとおりだ」と言った。「確かに後出しジャンだよ。でも、ズルくはないと思うよ。相手に勝つためじゃないからね」
しかし、トリエステは、そのことには触れなかった。その代わり、はっきりとした口調で念を押すように言った。
「あなたの心は読めないけど、これだけは分かるの。あなたは、とてつもなく、くじ運がつよい。覚えておいてね」
でも僕にとって、そんなことはどうでもよかった。仮に幻の焼酎が当たったとしても、猫に小判。豚に真珠。
しかし、ここで森伊蔵の話をやめると、ベッドの件が切り出せなくなりそうな気がした。
となれば、話をつづけるしかない。
「くじ運が強いだなんて、全然信じられないね。だって僕は、鉛筆一本当たったことがないんだからね」
すると、トリエステは、意外なことを口にした。
「当たらなかったんじゃないの。あなたが外していただけ。後出しジャンと同じようにね」
トリエステは、そこで言葉を切ってからつづけた。
「嘘だと思うのなら、試してみればいいんじゃない?」




