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サハラ砂漠で針探し?

 ウィキペディアによれば、フランスの元大統領ジャック・シラク氏は、大の森伊蔵ファンらしい。

 フランスといえばワインの本場。その国の大統領が認めた焼酎となれば、ワインと同等の価値があるということ。

 森伊蔵は、研究開発費数千万円のトリエステと交換しても惜しくないほどの価値を持つ焼酎。

 きっと、目の玉が飛び出るほどの値段がついている。

 高級ワインの中には、一本数千万円するものもあるらしい。

 森伊蔵一本で数千万円はないだろうが、二、三百万円はするはず。

 今思えば、実にバカげた連想。でも、当時の僕は本気でそんな予想を立てた。

 

 一通りの予備知識を頭に入れたあと、一番上のサイトをクリック。

 一、十、百、千、万と、一の位から順に桁を数えていった僕は、唖然となった。

 どのタイプの森伊蔵も、予想した金額より二桁少ない数字が表示されていたからだ。

 三万円で、おつりがくる? 

 まさか、そんな。

 何かの間違いだ。

 と、そのとき僕の脳裏に、パスワード流失事故のニュースを読み上げていたニュースキャスターの顔が浮かんだ。 

 サイバー攻撃。

 直感的に、そう思った。

 ハッカーの仕業。ハッカーによって、価格が書き換えられている。

 政府機関さえサイバー攻撃を受ける時代。他のサイトも、被害を受けているかもしれない。

 予想通りだった。どのサイトも、同じような価格が表示されていた。

 外国からの攻撃だろうか。

 でも何の目的で?

 庶民の日常生活を引っかき回して、国を混乱させようとしているのだろうか。

 七件目のサイトを開いたところで、肩から力が抜けた。

「なんだよ、もう」

 僕は背もたれに体を預けて、大きくため息をついた。

 サイバー攻撃なんて、何の関係もなかった。

 森伊蔵は、ネット通販でいつでも買えるらしい。

 ただし、定価の十倍ほど支払えば、という条件がついての話だが。

「ねえ、どうだったの。どれぐらいすごいの? 森伊蔵は」

 急かすような声でトリエステが訊いた。

その質問に正直に答えるとしたら、こうなる。

(は虫類のような目をした男にとって、君は三万円以下の価値しかなかったみたいだね)

 でも、トリエステは、今でもトップアイドルのような気分でいるはず。

 僕は、事実が人を傷つけることがあることを知っている。

「もう少し調べてみるよ」

 と言って時間を稼いだ。

 色んなサイトを開いていくうちに、森伊蔵酒造では、毎月電話による予約抽選販売を行っているということが分かった。

 だが、定価で買えるとあって希望者が殺到。時間帯に関係なく予約注文の電話が繋がらないらしい。

 話し中のプープー音さえ聞けない。

「こちらはNTTです。只今おかけになった電話は現在大変込み合っております。しばらくたってからお掛け直しください」

 何度かけ直しても、聞こえてくるのはそのアナウンスだけ。

 夜中の一時から三時まで毎晩電話をかけ続け、やっと予約にこぎつけたとしても、抽選には外れっぱなし。

 嗚呼、幻の焼酎、森伊蔵。お主に会えるのは、いつの日であろうか。

 そんなブログが、いくつもあった。

 くじ運のない僕だったら当選確率は、千に一つどころか、万に一つもないだろうな。

 そこで、あるアイデアが湧いた。 

「あのね」

 と僕は言った。

「電話が繋がる確率と、抽選に当たる確率から割りだされた結果によると、森伊蔵を手に入れるのは、三億円の宝くじを当てるより難しいらしいよ。は虫類男は、それを知っていたんだよ。だから、君と交換したんだよ」

 もちろん、森伊蔵と等価交換されたトリエステのプライドを傷つけないためのでまかせだ。

「何パーセントぐらいなのかしら、森伊蔵が当たる確率は」

 僕はその質問を待っていた。

「サハラ砂漠って知っている?」

「名前だけなら知っているわ。アフリカ大陸の三分の一近くを占めるんでしょ」

 以前ネットで調べたことがある。確かそれぐらいの広さだった。

「そのど真ん中に、飛行機から針を落とすんだ。それも三千メートルくらい上空からね」

「何のために、そんなことをしなくちゃならないの?」

「自分の運を試すためだよ」

 トリエステは何も言わなかった。

「飛行場に着いたらキャラバン隊を組むんだ」

「キャラバン隊?」トリエステは、ビックリしたような声で言った。「キャラバン隊を組めば、落とした針を探し出せるの?」

「無理だろうね」と僕は言った。「つまり、森伊蔵を手に入れるのは、それと同じぐらい難しいことなんだ」

 我ながら強引なこじつけだと思った。でも、トリエステは嬉しそうな声で言った。

「やっぱりそうだったのね。運命の糸だけじゃなかったわけね。森伊蔵のおかげもあったのね。私たちが再会できたのは」

 

 話がそこで終わっていれば、僕は別の人生を歩んでいたと思う。

 そう、僕の人生は、そのあとトリエステが言った一言から、少しずつ方向を変え始めたのだ。 

 でも、アルコールを一滴も受け付けない僕の人生に、幻の焼酎が関わってくるなんて、夢にも思っていなかった。


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