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ただ一人の生き証人

 実に子供じみた疑問が沸いてきた。

 やめようかと思ったが、質問することにした。

「君は、焼酎とも会話ができるの?」

 トリエステだったら、それが可能かもしれないと思ったから訊いたのだ。

 ところが返ってきたのは、小馬鹿にしたような声。

「見ればわかるでしょ。杜氏とうじじゃないのよ、私」

 当たり前だろ、そんなこと。見なくても分かる。

 と言い返したかった。でもここは、押さえなければならない。

 僕は大きく息を吐いて、胸の中を空っぽにした。そして、気の利いた切り返しの言葉を考えてみた。

 しかし、頭に血が上った状態では無理だった。

「君は、森伊蔵に助けてもらったって言ったよね」

 出てきたのは、子供同士の口喧嘩レベル。そんなことしか言えない自分に苛立ちを感じた僕は、語気を強めてつづけた。

「人の名前だったら、最初から言ってくれよ。紛らわしい」

 すると、トリエステがあわてたような口調で答えた。

「違う、違うの。人の名前じゃないの。1・8リットル入りの焼酎のことなの」

 そして、反省するように声を弱めた。

「あ、そうかそうか、私の言い方がおかしかったみたいね」

 それから少し間を置いた。

「でも、こんなとき、どう言えばいいのかしら……」

 と言ったところで、トリエステは黙り込んでしまった。

 言葉に詰まったらしい。

 これまでのパターンだと、意味不明の言葉が出てくる確率が高い。

 たとえ支離滅裂のセリフが返ってきても、ガツンと打ち返してやる。ぎゃふんと言わせてやる。 

 手ぐすね引いて二分待った。

 だが、何の反応もなかった。

 不安になってきた。

相手が古いパソコンだということを思い出した。

 僕の突っ込みで、システムエラーを起こしたのかもしれない。データーが飛んでしまった可能性もある。

「悪かった」

 僕は様子を見るために、まず謝った。

「君の話しやすいようにしゃべっていいよ。分からないところがあったら、最後に訊くからさ」

 しばらくしてトリエステが言った。

「分かったわ」

 その次の言葉は、ありがとうか、ごめんなさいの意味を含んだものだと思っていた。

 だが、大間違いだった。

「私の話は、あなたには難しすぎるみたいね。レベルを落として話すことにするわ」

 相手はパソコン。相手はパソコン。胸の中で繰り返した。

 でも、むかっ腹が立った。

「ちょっと、待ってて欲しい」

 と言って、僕は台所に向かった。

 もちろん、気を静めるために今日四本目となるコーラを取りにいくためだ。


 トリエステが、パソピアのショーケースに収まるまでの経緯を調べるには、当時の店長かスタッフに訊けばいい。

 だが、あのパソコンショップは今はない。オープンから三年も経たないうちに店仕舞いをしてしまった。県外資本の大型パソコンショップの攻勢に負けたのだ。 

 となると、僕が店を出た後の話は、トリエステから聞くしかない。

 客観性に欠けたものになりそうだなと思いながら聞いた。

 だが、あまりにも片寄り過ぎていた。

 というわけで、ここからの話は、トリエステから聞いたものに僕が注釈をつけるという形で進めていく。


「次の日から私、アイドル女優になったような気分だったわ。ほとんどの人が、私の前で立ち止まるの。私を触ろうとして、手を伸ばしてくる人も大勢いたわ。でも、ざんねん。私の周りには見えないバリアが張り巡らされていたの」

 トリエステは透明のアクリルケースに入れられて、店の真正面にあった陳列台に飾られていたらしい。

「一番多かった言葉は『すごいなぁ』その次が『欲しいけど、無理』で、その次が『必要ない』」

 陳列台のアクリルケースの横には、性能表の他に、音声認識、指紋認証、完全防水、プロトタイプといったような文字。それと、研究開発費なども書かれていたようだ。

「ところが一ヶ月ほど後、とんでもないことが起こったの」

「事件?」

「そう、大事件」

 その事件が起きたのは、たぶんオープン記念セールの最終日だ。

 僕は確認のために訊ねた。

「どんな事件だったの?」

 トリエステは、すこし自慢げな口調で答えた。

「私を巡る争奪戦。私、あなた以外の人に貰われていくところだったの」


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