幻の焼酎
「私が結ばれるのは、最初に出会った人。そんな思いが、どこかにあったの」
その言葉で始まったトリエステの話は、次のように続いた。
「気がついたら、目の前にあなたがいたの」
「でも、第一印象は最悪だった。だっていきなり『誰が、君を買うんだろうね。そんな物好きは、なかなかいないよ』だったでしょう。泣きたくなったわ」
「でも、あなたが悪い人じゃないってことは、すぐ分かったの。だってとても、優しい目をしていたんだもん」
「運命の人だと確信したのは、あのセリフ。『君が売れ残ったら、僕が迎えに来てあげるよ。でも、数千万円はとても無理だけどね』ぶっきらぼうだったけど、心がこもっていたわ。だからあの後、私の身体に猛毒が塗ってあるとか、健康被害が、と言われても全然気にならなかった」
僕はコーラを飲みながら聞いた。
そしてその話を、自分が納得できるような形に組みたて直した。
トリエステの言う、運命の人とは、最初に本体に触れた人間のことを言うのだろう。
僕の人差し指が触れた瞬間、電源が入ったのだ。そして指紋認証ソフト、音声認識ソフトの順に立ち上がった。
しかし技術が未熟だったため、認識できたのは僕の声だけ。
トリエステの声が、パソピアのお婆さんや集荷係の耳に届かなかったのは、それが関係していたのかもしれない。
トリエステには、メーカー名も製造番号もない。製品化されなかった試作品と断定していいだろう。
トリエステは、パソコンショップの客寄せパンダ的役割を担っていた。
そんなふうに考えると、僕の言動とトリエステの話がぴったり符合する。
僕は、この推測に自信を持っていた。
でも、伝えなかった。それを言うと否定の声が聞こえてきそうだったし、話が別のほうに逸れていきそうな気がしたからだ。
だが、僕の推測はそこまで。そのあとのことになると、些細なアイデアさえも浮かんでこなかった。
なにしろあの日僕がトリエステの前にいたのは、三分ほど。それに、僕があのパソコンショップを訪れたのは、あの日が最後だった。
「君はどうやってパソピアまでやってきたの。あそこに僕が現れることを知っていたの?」
僕は単刀直入に訊いた。
ふふふ、
トリエステは小さく笑った。
「残念ながら、私には予知能力なんていうものはないの。それに、自分で動くこともできないの」
「でも君は言ったよね。『迎えに来るって言ったから、今まで待っていたのよ』って。ということは、僕が来ることを知っていたってことになるんじゃないかな」
「言われてみれば確かにそうね」トリエステは僕の考えに同意を示した。「でも、私の意志で行ったわけじゃないの。色々な人に助けられた結果なの」
「つまり危機一髪のとき、いつも助っ人が現れたってこと?」
「そうなるわね」
助っ人で連想したのは、プロ野球の外国人選手。でも、今の話とは繋がりそうもない。 危機一髪を救ってくれるのは、ウルトラマン。身分を隠して人助けをしてくれるのが足長おじさん。
いい加減な発想だと言われそうだが、僕はこういった種類の連想は苦手なのだ。
どうでもいいようなことを考えていたとき、パソピアのお婆さんの顔が浮かんだ。
と、閃きが走った。
僕はそれを言葉にした。
「パソピアの創業者が、君を見つけたんじゃないの?」
自信があった。これも脳サーチのおかげだと思った。
でも、違った。
「惜しいわね」とトリエステは言った。「それは、ずっと後のことなの」
そう言われると、もう他に何も考えつかなかった。僕は残り少なくなったコーラをちびちび飲みながら考えるふりをした。
「モリイゾウって知ってる?」
いきなりの質問に、戸惑った。
森の象?
アフリカのジャングルで、新種の象が見つかったのかと思った。
それとトリエステが、どこでどう結びつくのだろう。
真剣に考え込んだ僕に、トリエステが言った。
「あ、そうか、アルコールが駄目だったのよね、あなたは」
僕の友人なら誰でも知っていることだ。でも、トリエステに、そのことを話した記憶はない。
なぜ知っているのだろう。どうやって調べたのだろう。
頭をひねっていると、脳裏に漢字三文字が浮かんできた。
森伊蔵。
アルコールを受け付けない僕でも知っている焼酎だった。
助っ人と焼酎は何の関係もないと思ったが、間を持たせるために、あえて訊ねた。
「君が言っているのは、幻の焼酎のことじゃないよね……」
自信がなかったから語尾を濁した。
だが、正解だった。
「ピンポーン」
電子音のような声のあとに、トリエステは付けくわえた。
「私たちが再会できたのは、森伊蔵のおかげもあるの」




