第7章 隠しカメラ
翌日の日曜日は、北木刑事が奈美の部屋を訪れた。
「北木さん、わざわざありがとうございます」
「いいの。それより、予定とかあったんちゃう?」
「いやぁ、今はあんまり外出もしたくなくって、友達も心配して、昨日から泊ってくれてるんで」
北木は玄関に見たことがない、黒のスニーカーが脱ぎ置かれていることに気づいていた。そのサイズから女性だということも解っていた。
「お客さんがいるのに、お邪魔して大丈夫?」
「はい、紹介します。親友の恵美莉です」
「こんちわ、川崎恵美莉です」
「ええ、こんにちわ。お邪魔します。城西署の北木です」
「刑事さんすか? かっけー」
「ほな、これ取り付けたら、すぐ帰るさかい」
北木は、留守中に室内を録画できる小型監視カメラを持参していた。昨日、自宅侵入の被疑者が3人いることを聞いた東出警部補が、本格捜査に乗り出す指示をしたからだった。南刑事は、少し離れた路上に停めた捜査車両から、不審者の見張りをしていた。
「この辺がええかな?」
北木はリビングのサッシの側に置かれたキャビネットの中に、カメラを置いた。
「ここやったら、そう簡単には見つからへんし、入口から真っ直ぐと和室も大体カバーできると思うわ」
つまり部屋に異変があれば、必ず撮影できそうなポジションだった。
「それと、ここに姿見を移してくれへん? そしたら、死角の窓側も鏡に映るし」
「スゴイ。刑事さんスゴイね!」
興奮気味に恵美莉が言った。
「カメラはこのスイッチでスタンバイ。モノが動いたら検知して、自動的に撮影開始するさかい、外出の前にスイッチONやで。忘れたらアカンで」
PPPPPPPP.PPPPPPPP.PPP・・・・・・北木のスマホが鳴った。
「もしもし? 南くん?」
[先輩。また205号室の小田が、外階段をウロウロしてます。あ、ベランダを覗き込んでますね。今、踊り場にいます]
それを聞いた北木は、サッとカーテンを開けた。すると小田は咄嗟に隠れて、2階に上がっていった。
[怪しいです。やっぱり、井上さんの部屋に執着してますね]
「井上さん。今205号室の小田が、またこの部屋を見てたそうや。いつも怪しい行動に気づかへんかった?」
奈美は、困惑した表情になって、
「ええー? たまに出会うくらいで、ちゃんと挨拶したこともないから」
「気ぃつけてや。完全に狙われてるわ」
「マジッ!? あたし、奈美がまた、大げさに心配してるだけかって思ってたのに」
「だから違うって言ったじゃん! 恵美莉、今夜も泊まってってよー」
「そうしようか?」
「そんなんできるん? 川崎さん仕事は?」
「あたし学生だし、大丈夫です」
「じゃ、そうしてあげてくれる?」
しかしその日、日曜の晩はストーカーも休みのようである。何事もなかったようだ。その日から恵美莉は、奈美の部屋に住み込みを続けることにしたのだった。
それから数日間、奈美の部屋に異変が起きることはなかった。監視カメラが付くと、何事も起こらないものである。南刑事は毎日、足しげくアパートを訪れ、奈美を勇気づけた。
北木刑事の勘では、郵便局の大原は渉外活動中(外回りの仕事中)に、奈美のアパートに立ち寄ると見込んでいた。また、奈美が出勤中に恵美莉が在宅している場合でも、何者かが留守と見込んで侵入してくることも考えられるため、恵美莉には、部屋にいる間は、音楽を鳴らし続けるようにさせていた。一方、郵便局に現れる中居の面(めん=顔のこと)は取れていなかったので、奈美に隠し撮りをお願いしておいたら、窓口に来たところを、まんまとスマホの動画で撮影に成功した。
これで3人のストーカー候補は、捜査の対象としてマークされた。そして結末はあっけなく訪れた。
その日、奈美は郵便局に出勤し、恵美莉も大学へ登校していた。日中は留守にした状態で、晩に二人一緒に帰宅して、いつもの通り、監視カメラの映像を確認したところ、そこには玄関から鍵を開けて侵入してきた、小田の姿が記録されていた。二人はとてつもない恐怖にかられながら、その動画を確認した。
それで終わりではない、その2時間後、今度は中居が、鍵を開けて侵入してくる様子が映し出された。まさかの二人目に、奈美と恵美莉は声も出なかった。
更にさらにその3時間後、今度は大原までも、鍵を開けて入ってきていたのだった。二人はこの上ない恐怖を覚えた。まさか3人すべてが侵入犯だったとは。
その日から奈美は暫く実家に戻った。
以降、城西署の捜査チームは、容疑者が3人もいた事実により、一人ずつの現行犯逮捕ではなく、3人同時に逮捕する必要があると考えた。そして、念入りに3人を尾行し、奈美のアパートを訪れる様子は、すべて動画に記録され、証拠固めが行われた。職場から普段とは違う方角の、実家に帰る奈美をつける、中居の姿も確認された。またアパートの部屋に設置された隠しカメラの映像も、北木が日々回収し、容疑者らの部屋内での行動もまた、詳細に把握された。それには筆舌し難い、とても情けない内容が映し出されていた。東出警部補は、容疑者3人が連携しているのではなく、別々に行動している事実を確認し、遂に3人のストーカーの逮捕状が別々に請求された。
・大原の取り調べ調書より
郵便局の女子ロッカーで、被害者のカバンを物色し、鍵を盗み合鍵を作っていた。
外回り仕事の途中、被害者の留守を知る中、何度もアパートを訪れ、合鍵を使って侵入を繰り返していた。
台所の摺りガラスから、内部に男の姿を目撃したこともあると証言。それにより被害者に交際相手がいるものと疑っていた。その人影は小田だったことが、他の取り調べで判明している。
・小田の取り調べ調書より
アパートの205号の住人。駐輪場に被害者の自転車が無いことを確認して、当初は留守中にベランダ伝いに侵入。何度も室内への侵入を試みたが、窓が施錠されており断念。
窓から内部を覗いたある日、中に見知らぬ男(後に中居と判明)がいるのを目撃している。それで交際相手がいるものと思っていたが、最近よく部屋に訪れる南刑事を、浮気相手と勘違いしていた。
たまたま窓の鍵が閉め忘れられていた日に室内へ入り、玄関の5段トレーに置かれていたスペアキーで合鍵を作成し、以後、玄関からの侵入を繰り返した。
・中居の取り調べ調書から
アパートの管理会社が契約している、鍵の交換業者だった。業務上入手できる合鍵で侵入を繰り返していた。
風呂場の換気扇に小型カメラも仕掛けており、押収したPC内に保存されていた動画には、奈美のあられもない姿が写っていたが、別ファイルには、その他二人の侵入者も撮影できており、大原が排水溝に溜まった髪の毛を、集める姿も写っていた。
それにより、大原と小田の二人の存在は、被害者がそれぞれと二股をかけているのだと思っていた。
事件は一件落着し、お茶を飲みながら、南刑事は北木刑事ともに東出警部補に報告した。
「井上さんの証言の、部屋に不審なことがあったのは、すべてこの3人の犯行日時と一致します」
「はじめは、お箸盗まれた言うて、勘違いから始まったのに、それ無かったら今頃、えらいことになっとったかもやんな」
「ホントだな。しかし、容疑者3人とも、何も盗ってなかったんだな」
東出は何とも怪訝そうに首を振った。
「はい、井上さんの証言通り、盗まれた物は無いようです」
「ただ侵入し、部屋内を物色しては欲望のまま楽しんで、元通りにして去っていたわけか」
「まさにストーカーやね。やることが変態的愉快犯、倒錯の世界やわ」
北木も呆れた表情で話した。
「でも3人とも別の容疑者を目撃していて、それぞれを交際相手と思ってたんですね」
「それで余計に嫉妬心から、3人それぞれが犯行を繰り返してたわけか」
「そんなん思われとったと聞いたら、井上さん、怒るやろなぁ」
「まったくですよ! そんな娘じゃないのに!」
「おお南、お前、すっかり彼女に入れ込んでるだろ。それ知ってたら、捜査から外してたところだぞ!」
「やめてくださいよ。そんなんじゃないですよ(笑)」
「ははははは、ストーカーを三股にかけるくらいやし、あの子、結構やり手なんちゃう? 知らんけど」




